当たり障りのない話


「ユージー」
「んー」
「ユウジさーん」
「なんやねん鬱陶しい」

トレーを手に、休憩が少しだけ重なるユウジに絡むと冷たくあしらわれてしまった。だけど根は冷たい人じゃないと分かっているので、構わず隣の席に座る。スタッフルームは狭く、机も二人並んでトレーを置くので精一杯の小ささだ。知らない人とこの距離で食事をとるのは些か緊張するけれど、ユウジなら何の問題もない。
ここは食事の提供もしているカフェで、バイトは賄いをいただける。一人暮らしの学生にはありがたーい特典だ。まあ、賄いと言っても休憩前に自分で調理するんだけどね。今日はつい最近新しくメニューに加わったパスタを選んで作ったら、ユウジも同じものを食べていた。

中高と一緒のユウジ。大学は違うけれど彼も東京に出て来ていて、しかもそれが私や財前の通う大学と近いこともあり、今も深く交流のあるうちの一人だ。小春ちゃんも東京勢なのだけど、彼は大学で勉強や勉強や勉強や勉強に励んでいるのでなかなか会えていない。多分小春ちゃんを追いかけて上京を決めたのだろうユウジは、意外にも会えない会えないと嘆くことはなく、大人しく過ごしているようだった。その静けさが不気味だと財前がぼやいていたっけ。

「……あのさ」
「おう」
「……私の友達の話なんだけど」

まさか自分と財前のことなんだけどこの前酔った勢いでしちゃったみたいなんだよねエヘヘ、なんて言えるはずがない。自分のこととして口にする勇気が私には無かった。
だから事のあらましをユウジに説明するにあたり、私は慎重に言葉を選んだ。ユウジはテニス部の中で一番、他人の変化に鋭いから。

「ーーそれで、もう今までとおんなじようには見れそうにないって、その友達は思ってるんだけど」

だけど、財前は、気にしなくていいと言った。そのまま忘れてくれてええです、と。
忘れられるわけがない。いや覚えてはないんだけど。何事もなかったように振る舞えるわけがないじゃないか。

「……男の子って、その、一回くらいのこと、重く考えないものかな……?」

財前が何を考えているのか、わからなくなってしまった。
元々謙也や金ちゃんのように分かりやすく表情を変えたり気持ちを言葉にしたりする人ではないし、その、男女のあれこれについて語り合ったことがあるわけではないから、私の思う財前の考えなんてどこまでいっても私の想像でしかないけれど。そういうことはきちんと、大事に考えてくれる人なんじゃないかって、思っていたのだ。

「そら、そういう男もおるんとちゃう」
「……うん」
「そいつがそういう男なんかは知らんけどな。苗字はそいつと知り合いなん?」
「えーと、そうだね、友達の友達かな」
「ほんなら聞いてみたったらええやんけ」
「ええ?」
「どういうつもりか本人に聞かへんと分からんやろ」

ユウジは壁時計を見てから、そろそろ戻るわ、と席を立つ。彼の休憩が明ける時間だった。

ユウジの言うことは最もだ。私があれこれ勝手に想像して悩んで落ち込むよりも、さっさと財前に聞いてしまった方がいいに決まっている。だけど出来ないから参っているんですユウジさん。
私もユウジくらいどストレートに行けたらなあ。……いやちょっと待って、ユウジがもし女の子だとして同じ場面で今言った通りに本人に聞ける? 女の子ならやっぱり、難しいでしょ?
なんて、どうしようもないことを思いながらようやく手につけたパスタは当然冷めていて、あまり美味しくなかった。


私も休憩からホールに戻り、お客さんの入りもまばらになってきた店内で適度にゆったりしながら仕事を続けた。このお店はお昼前から昼過ぎ、夕方にかけてはミッシリお客さんが入って満席になるけれど、夜ご飯の時間が来ると極端に人が減る。お店の周りに飲食店がズラリと並んでいるので、量は少ないのに値段は高めのうちのカフェを選んで夜ご飯にしようという人は少ないようだ。私だって、ここの店員じゃなくて割引が効かない一般のお客さんだったらきっとここで食事はしない。ランチセットならまだしも……なんて思っていると、お客様入店の控えめなチャイムが鳴った。反射で笑顔をつくって入り口へ顔を向ける。

「いらっしゃいませ、」

せ、の口で私が固まったのは、お客さんが財前だったからだ。財前は私と目があうと、どーも、と目だけで言って、すぐにレジにいるユウジのところに向かった。
そうだった。財前が来る時間だ。

財前は時々営業終わり近くの時間にやって来ては、売り上げに貢献しに来ましたとかなんとか言って、ユウジにご飯を奢ってもらっている。頻度はまちまちだけど、週1、2回くらいだろうか。ユウジがいない時は私の社員カードで割引を効かせるのだけど、お金は自分ではらうと言っていつも譲らない。可愛い後輩に私だって奢ってあげたいと主張しても聞く耳を持ってもらえない。女性に奢らせないとか、そういうポリシーでもあるんだろうか。

それにしても、あんなことの後ですぐ来るなんて、財前は本当に気にしてないのかな。涼しげな横顔を盗み見てちくりと胸が痛むのを、私も気にしてはいけないのかな。
……だめだ、今は仕事中だ。あと30分。しっかりしないと食器を落として割ったりなんてしたら大変だ。がんばれ私。

そうして気持ちを仕切り直してバイトを終えた後にはまた悩ましい時間がやってきた。
財前がうちのお店でご飯を食べる日はいつも、一緒にお店を出て、歩いて帰るのだ。私達とユウジとでは家が反対方向なのでここからは二人になってしまう。

「そーだ、これから飲まない!?」
「あかん。今日は小春と電話する日や」
「あ、そっか……それは、だめだね。うん」
「おう。またな」
「うん。小春ちゃんによろしくね」
「ご馳走さんでした」
「おー、財前お前ほんまいつか俺に奢れよ」

ほな、と去っていくユウジはご機嫌で、引き留めるなんてできなかった。

「酒禁止やって言うたやろ」

ユウジの背中を見送りながら、隣に立っている財前が低い声でぼそりと言う。う、そうだった、ごめん。気まずいけれど一応目を見て返事をすると、財前はまたあっさりといつもの財前に戻る。

「帰りましょ」
「うん」
「思うんですけど」
「ん?」
「あの新しいメニュー、いまいちパッとせえへん」
「そうだよね……私もそう思う。パンチが足りないっていうかさ」

当たり障りのない話。いつもの私達のとりとめのない話と同じようで、多分違う。

「塩が足りてないのかな」
「多分」

私達は時間をかけて軌道修正するんだろうか。絡まってしまって綺麗にほどけない糸みたいに、一ヶ所のぐしゃぐしゃなところを放っておいて、こんな味付け談義でさらさらと流して何もなかったみたいな顔をして過ごすんだろうか。

2019/03/03


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