ばかもの



「えーと……」
「ここに来たのは?」
「お、覚えてる……けどそこからあんまり……」
「……まあ、あんた酔っぱらってましたからね」
「スミマセン」
「二日酔いは?」
「あ、それは大丈夫っぽい」

二日酔いになったことがないのでどんなものか知らないけれど、身体におかしいところはなさそうだ。おかしいのはこの状況ときみの手だよ、財前光くん。

「あのさ、」
「はい」

どうして私の頬に手を乗せるの。……と聞くのはやめた。財前の目力になんとなく、気圧されてしまった。

「……私がここに来た時、財前起きてた?」
「そこっすか、聞くの」

財前が呆れたような表情をする。だって、いきなり直球で核心に迫ることは聞けないじゃないか。

「寝てましたけど、ピンポンピンポン喧しいから」
「……ほんとごめん」

それから財前は昨晩のことを簡単に、でも私が頭から布団を被りたくなるほどのエピソードを話してくれた。

財前宅へ押し掛けた私は、近くのコンビニで買ったのか手に缶チューハイを2本持っていたらしい。それを私が飲みきるまで、財前はお茶を飲みながら話相手をしてくれたらしい。ここは大分嫌味を込めながら説明されたけど私が悪いことには違いないので、全部受け止めるしかない。
チューハイを飲み終えた私は、「暑い! シャワー!」と言って財前宅のお風呂をお借りしたそうだ。お風呂上がりに着る服として財前が貸してくれたのがこのTシャツ。ハーフパンツも出してくれたらしいけれど、Tシャツが大きいからこれ1枚でいいと私が言ったんだって。何言ってくれてんの私。
そしてこのひどい酔っぱらいこと私は、勝手に財前のベッドに上がり込んで、自分から、財前を誘ったらしい。

「…………何、それ」

財前の嫌みならいくらでも受け止められるけど、昨晩の話の最後の部分は特に、私の器では受け止められない大きな爆弾だった。人様のベッドに上がり込んで自分から誘うって、どういうこと。

「思い出しました?」
「全然、まったく……」

自分が信じられない。お酒が入っているからって、そんなこと。
それに、万が一私が誘ったからって、財前が応えるのも変な話じゃないか。女子力がないだのなんだのと昔から散々バカにするし、金ちゃんと同列に扱われることもあった。それなのに。

「先輩」
「っ、はい」

親指でこするように頬を撫でるから、私はびっくりしてしまって、思わずハイなんて返事をした。財前はそれを笑いはしなかった。代わりにじっと私を見ている。その黒い瞳が、やけに熱を帯びていた。
何か言うべきか、何て言ったらいいのか。悩んで口を閉ざしていると、財前がついと目をそらす。

「……風呂入ってくるんで、その間に着替えてください」
「えっ、ああ、うん」
「水出しとくからそれも飲んでくださいね」
「うん……?」
「酒抜かんと」
「あ、そっか」
「あと酒は当分禁止ですよ先輩」
「……ハイ」

急に緊張の糸が切れて助かったような、拍子抜けするような。財前の態度の変化に私はついていけない。さっきの、彼の眼差しや手つきが頭から離れない。

布団から出た財前は上から下まできちんと服を着ていたので、それだけは安心した。生身の上半身くらいならテニス部の時に目にすることもあったけど、今日もし見てしまったら……生々しすぎる。
グラスに水を注いでテーブルに置いてくれてから、財前は浴室に向かった。時折見せる世話焼きな一面を、今まではお兄ちゃんみたいだって思っていた。まあ、私にはお兄ちゃんがいないので、いたらこんな感じなのかなという想像でしかない。でもきっとお兄ちゃんとはこんな風に朝を迎えたりしないはずだ。ただの部活の後輩とも違う。財前を友達と呼んでいいのかも分からない。

……友達じゃあない。こんなことして、友達のままでいられない
私の馬鹿。大馬鹿者。





土曜のお昼に自宅に帰り、ぼうっと過ごしていたら日曜日も終わっていた。月曜もぼんやりしながら授業を受けて、夕方からのバイトに向かう。バイト先のカフェは大学から二駅離れた場所にあって、授業後にのんびり散歩がてら向かうにはちょうどいい距離だった。

「苗字入りまーす」
「お前時間ギリギリやぞアホ」

スタッフルームに入るなり、いきなりユウジに突っ込まれる。ユウジはここのカフェの制服に着替えて、鏡を見ながら伸びた前髪をピンでとめているところだった。このバイトのドレスコードは結構厳しくて、私も着替えたら髪を結わないといけない。

「……ユウジー」
「景気悪い顔しとんなぁ。なんやねん」
「うー、あとで話聞いて」
「ヘイヘイ」

ユウジが部屋を出て行って、私も着替えを始める。シャツと黒いパンツにタイを締めて、黒いソムリエエプロンの紐を結ぶ。最初は着慣れなかったこのエプロンも、一年も勤めれば馴染んだもの。最後に靴をパンプスからローファーに履き替えて、さっと髪を一つにまとめたら完璧だ。

ここのバイトはユウジが紹介してくれた。紹介してくれたと言うより、先にここで働き始めたユウジに人手が足りないからと頼まれて引っ張り込まれたと言う方が正しい気もするけれど、仕事もスタッフさん達も好きなのでまあいい。
サークルに入っていない私は他のスタッフさんに比べてかなり時間の融通が利くからか、店長にとっては有難いようだった。まるで孫のように可愛がってもらっている。私は私で特に用事が無ければ積極的に来たいと思っているので、しっかりシフトに入れてもらえるのは有り難かった。

サークルには、入れなかった。
部活も同じだ。入る気になれない。
忘れられない大事なものがあって、結局私は、新しい場所に踏み込めなかったのだ。


2019/03/02


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