大失敗


意識がすうっと浮上したのは、なんだか暑いなあと思ったからだ。多分ぼうぼうと音がするほど頑張ってくれているエアコンのせいだろうけど、私、あんなに暖房を強めていただろうか。確かに今週は寒い日が続いたけれど。

目は覚めた。でも、目を開けたくない。まだこのやわらかな布団の中で惰眠を貪っていたい。

「うー……暑い」

だけどこのままエアコンに頑張られては、心地よい眠りは得られそうになかった。布団から腕だけを出して、いつも枕元に置いているエアコンのリモコンを探す。かたくなに目を閉じたまま、シーツの上に手を滑らせていると、私が触ったのは無機質なリモコンではなく温かな人の体だった。

「……え?」

びっくりして、上半身を起こしてそちらを見る。私の隣にはよく知っている後輩、財前光がいた。自分の腕を枕にして、意外とあどけない顔で眠るのだなと、本人が聞いたら眉をしかめそうなことを思う。
……いやいや。寝顔とか、そんな感想は今は置いておこうよ私。もっと大事なところに目を向けようよ私。

「……なんで……?」

寝起きの頭がちっとも働いてくれない。なんで、財前と同じ布団に入ってるの。この布団も私の家のものじゃない。そりゃそうだ。だって、私の部屋じゃない。ここは何度かユウジとお邪魔させてもらった、財前の部屋だ。もうひとつ気になるのが、布団の中ですりあわせた自分の足が生身だということ。……よーし。落ち着こう。
ズボンの類は残念ながらはいていないけれど、下着は上下ともつけている。そして今着ているこのシャツは……なにこれ。私のじゃない。頭が痛くなってきた。
とにかく、財前を起こそう。正直怖くはあるけれど、そうするしかない。そう決心をして財前の方へ再び振り向こうとしたところで、腕を引っ張られて布団に引きずり込まれてしまった。そして財前が抱きついてくる。何事だ。

「ちょっ、ざ、財前……!」
「……寒い……」
「あ、ごめん……」

同じ布団に入っている私が起き上がったから布団が捲れてしまって、財前は寒かったらしい。それは申し訳なかった……じゃなくて。
財前の胸元に顔がぴったりくっついてしまう。背中にまわされた腕にがっちりと捕まっている。額の上あたりに、すうすうと、財前の寝息を感じる。部屋も身体もあつくてたまらない。なんだろうこれ。どういう状況なの。思い出せ私。


ーー昨日は、学部の基礎クラスの打ち上げだった。二年の後期最後の授業を終えて解散になる基礎クラス。三年からのゼミでまた一緒になる予定の子も一部いるけれど、男女問わず仲良くまとまっていたクラスだったので、誰からともなく打ち上げの話が出て、授業後にそのまま飲みに行ったのだ。
一次会は先生もいたから、みんな気持ち大人しく、だけど楽しく飲んでいた。何より私は二十歳になったばかり。初めてお酒を飲むということもあり、無理せずちびちびとやっていた。ビールは恐ろしいほど苦くて全然飲めたものじゃないしね。
先生がお帰りになったあとの二次会は、ひどかった。実はお前のことが好きだったなんて皆の前で女友達に告白する男の子がいて、めでたくカップル誕生したのは良いことだ。だけど妙にハイな雰囲気になったのはあの告白がきっかけだ。私もなんだかノリに乗せられて、チューハイだかカクテルだか何だか、わからないまま次々飲んでしまった。
それで、どうしたんだっけ。

終電になんとか乗って、それで……何故か自分の家の最寄り駅じゃないところで、財前の家の近くの駅で降りたんだ。まっすぐ財前の部屋へ向かって、たしか、インターホンを何度も押した気がする。うわあ迷惑な人だな私……。
財前もよくこんな先輩を家に上げてくれたなあ。実は面倒見がいいよね財前。

……それで?

そこから今に至るまでの道のりを誰か、出来るだけマイルドな言葉で教えてくださいな。

「……先輩」
「あ、起きた……?」

うん。ううん。んー。どれとも分からない。もごもごと呻いたと思えば、財前は私を抱え直すようにぎゅうと抱き締めてくる。

「っ、」

さっきよりも密着した拍子に財前の唇が私の額に触れる。わざとじゃないと思うけれど、どうしたって緊張してしまう。
これはいけない。もう、耐えられない。

「財前、起きて」
「…………いやや」
「起きてよー」
「……はいはい」

少し声量を大きくして身体を離そうと試みると、思ったよりもあっさりと財前は腕をほどいて私を解放してくれた。横になったまま、くあ、と気の抜けた欠伸を一つする財前を私は何故かまじまじと見ていた。

「なんすか」
「え、や、べつに」

こんな十センチも無いほど間近で見つめていれば、そりゃあバッチリ目が合うというもの。なんすか、とぶっきらぼうに言われてしまったけれど、私が狼狽えると財前は可笑しそうにわらった。
よかった。いつも見ている財前だ。こんな間近で見たことはなかったけれど、この表情の財前は私の知っている財前だ。部活の合間なんかでちょっかいをかけてきたり、小バカにしたりする、あの。

私はなんだか安心して、はーあ、とため息をついた。実はちょっと、心配していたから。

「……先輩」
「ん?」
「昨日のこと、覚えとります?」
「……昨日」
「昨日の夜のこと」

何か、大失敗をしてしまったんじゃないかって。



2019/02/28


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