ほんものの夢の中

沸騰してぼうっとする頭を冷やそうと、いつもよりシャワーの温度を下げた。ぬるい湯を、勢いだけは強くして浴びる。水圧に興奮が押し流されてくれればいいのに、そう上手くいかない。

先輩が俺を好きだと言ってくれた。
少し前から気づいてはいた。思い違いではない自信もあった。でも、あくまでも俺の予想でしかない。先輩の口から聞くと、それもあんな、本当に好きになってくれたんだと伝わる声で言われると、どうしようもなくなる。ずっと欲しかったものを差し出されて、先輩から手を伸ばしてくれて。夢やったらどうしようとか、触ったら消えるんちゃうかとか、アホみたいなことを思った。そんなんやから、先輩を抱き寄せるのも恐る恐るになってしまって、自分が情けない。

でも、これ、夢やないらしい。
さっき寄ったコンビニで先輩が買った、シャンプーやら何やらの小さいボトルがシャワーラックに並んでいる。そいつらは妙に存在感があった。部屋には先輩がいて、テレビを見るかスマホをいじるかして過ごしている。風呂上がりで、俺の服を着て。

……あかん。
童貞の中高生か俺は。舞い上がりすぎや。
無心になれと自分に言い聞かせながらシャワーを済ませて、風呂を出る。服を着て髪を乾かす間テレビからバカみたいな笑い声が聞こえて、それに混じって先輩がちょっと笑てるのも扉越しに届いた。


「何見とったんですか」
「ん? あれだよ……名前ど忘れしたけど、あっこの人。この人の名前がついてるバラエティ」
「ああ」
俺が部屋に戻った時には番組はもう終わっていて、深夜ドラマが始まったところだった。CMにちょうど出てきたタレントを指差して、今日のトークテーマはこれでね、ゲストはあの人でね、と話す先輩。明るく話しているけど、緊張が伝わった。ベッドを背もたれにして隣に座っているのにこちらを見ようともしないし、声が微妙に上ずっている。
意識しすぎやって、笑ってやりたい。けど全然笑えない。

多分俺の視線には気が付いていて、それでも先輩がテレビだけを見ようとするから、机の上のリモコンでテレビの電源を落とした。反射で先輩がこっちに向くのを逃さず抱き締める。
テレビの音が無くなって自分の心音が大きく感じた。先輩に聴こえてたら嫌や。でもそれ以上に近付きたい気持ちが勝って、先輩の腰と後頭部にまわした手でさらに抱き寄せた。前に寝惚けた振りをして先輩を抱き締めた時とは全然違う。こそばゆくて、満たされる。……満たされるのにもっと欲しい。
手はそのままに少しだけ体を離して、顔を近づける。唇で先輩の唇にふれる。それはほんの瞬く間の口づけだったのに、信じられないくらい柔らかく、甘やかで、俺の心がぐずぐずになるには十分だった。ふれる。今度はさっきより長く。口づける。少しずつ角度を変えて繰り返し何度も。
「……ん、っ……」
先輩の吐息に煽られて、このまま押し倒したくなる。でも頭の片隅に僅かばかり残っていた冷静さが俺の性急な行動を止めた。

「先輩」
「……なに?」
「今日はシてもええですか?」

しっかり目を合わせながら聞くと、赤らんでいた先輩の顔がこれ以上ないくらい真っ赤になった。

いちいち確認を取らずに、キスした流れでしてしまった方がスマートだったかもしれない。別に先輩だって初めてってわけじゃないやろ。ムカつくけど、半年くらい付き合ってたっちゅう男としたんちゃうん。ほんま童貞みたいやな俺。だっさいわ。……それでも、先輩の口から聞いてみたかった。ちゃんと受け入れてもらっていると分かってから、進みたかった。

「……うん。いいよ」

先輩が言う。ほとんど泣きそうな声が俺の鼓膜を震わせる。

夢じゃない。確信を得るために、温度を、肌を、吐息を、逃さず手に入れるために、その口に出来るだけ優しく噛みついた。



2019/05/27
エナメル


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