いつから、なんて思い出せない。自覚するずっと前から気になっていたと思う。
でも自覚したところで、俺はあの人に自分の気持ちを伝えることは出来なかった。それまでの、仲の良い先輩と後輩という関係をぶち壊すのも嫌だったし、何より、あの人には好きな男がいた。これが両思いで尚且つ男の方もまた俺の世話を焼いてくれる先輩というのだから、もう、俺の出る幕なんてない。自覚した途端に終わってしまった、そんな恋だった。

先輩が卒業して大学も離れ、気持ちは、思い出は、色褪せていくはずだった。まるで流行りの歌みたいに。新しいものに出会えばきっと口ずさむこともなくなる。

なのにここまで引きずるなんて。ちっとも終わってやいない。
むしろ、思い出す瞬間が増えたような気さえする。例えばみょうじのつくる表情の一つ一つに、あ、似とる、ふとそう思うとき。やめてくれと、俺は思った。身勝手な話や。

それがいつの頃からか、あいつの顔を面白いと思うようになった。似てはいるけど、ハッキリと違うものだとわかったから。それもあるし、単純に絆されて、自分でもひくくらい、あいつを見ていたいと思うようになったから。これもまた身勝手な話ではあるけど。


「財前おはよー」
「はよ」
「っす」
「今日はまた一段と寒いねぇ。病み上がりにはこたえるわ」

防寒具でガチガチに装備した赤坂さんが、きばってこー、と抑揚なく言う。先週いっぱい風邪で寝込んでいたこの人は、これでもクリスマス会を楽しみにしている一人で、気合いで治して来たそうだ。

「今日は無理して酒飲まないでくださいね」
「いやいや何言ってんの不二クンそりゃ無理よ」

不二と赤坂さんの話をぼんやり聞きながら、スマホで時間を確認した。集合時間まであと10分。

「もう来る頃かねぇ」

誰が、とは言わずに、赤坂さんが駅の方を見る。まさにその時到着した電車から、みょうじが飛び出てきた。何をそんなに急いでいるのか、あいつは跳ねるように走ってやって来る。
自称、みょうじに風邪をうつされた赤坂さんは、元気なこった、と呆れたように笑った。まったくだ。結局みょうじが大学を休んだのはあの一日だけで、次の日からは発熱していたなんて嘘みたいな顔で講義に出てきた。

「おはよー! 部長もおはようございまーす!」

ぶんぶん手を振って笑うみょうじには、今日のような、街も人も浮き足立っている日がよく似合う。
冷え冷えとしているがよく晴れたクリスマスの朝、空には雲ひとつ無い。





「えー、改めまして、お疲れさんでしたぁ。ここもう時間やべーから、とりあえず外いけ外ぉ。あー……すみませんねお兄さん」

浴びるほど酒を飲んで顔を真っ赤にした赤坂さんがそう言う横で、店員の男が苦笑していた。

ゾロゾロと店を後にする最後尾に不二がいて、店の中に誰かの忘れ物が有りはしないか確認している。それに倣って、俺たちも店を出た。外の気温は吐く息が白くなる程度には低いはずだが、酒のおかげで体はあたたかい。

「よーし、じゃー、二次会行けるやつ行くぞー。行けない人らはここで解散なー」

そうしてまた、赤坂さんの呼び掛けでそれぞれ動き出す。ほとんどのメンバーが二次会に行くらしかった。家庭の事情とやらで、不二は参加せえへんらしいけど。

何人か挟んだ向こうにみょうじがいて、四年の女の先輩と話している。このざわめきの中で声は聞こえないが、頭を下げて手を振ったところを見ると、別れの挨拶だと分かる。切りの良さそうなところで、俺はみょうじに近寄った。

「みょうじ」
「あっ、うん、じゃあ……行こっか……!」

声をかけるとたちまち顔がほころぶのは、まあ、悪い気はしない。自分の表情の乏しさが今は有難いなんて思いながら、みょうじが隣に来たのを横目で見て歩き出す。
一次会は付き合いやし出ようかと二人で決めていた。その後どこへ行くかはちっとも話してなくて、とりあえずこの飲み屋街を出た方がええか、と進む。

「財前君今日どうだった?楽しかった!?」
「まあ、それなりには」
「それなりかー! よかったー!」

上機嫌やなこいつ。確か誕生日がまだ来てないとかで、酒は飲んでへんはずやのに。

「財前君財前君」
「なんや」
「駅の向こう側にね、おっきいツリーとかイルミネーションとかがあるの。知ってた? そこ行こうよ」
「……混んどるやろ」
「そうかな? 行けばわかるよー」

いや行かへんでもわかる。テレビでも特集されとったし。……そう言うのは止めておいた。

そこへ行くには目の前の駅を迂回するか、駅の地下を通るかやけど、なんとなく周りの流れに乗って駅まで来たからこのまま地下を行くことにする。駅もまた人で溢れかえっていて、みょうじがちゃんと俺の横にいるか、俺はちらちら確認しながら歩くことになった。

やから、その人と目が合ったのは、ほんまに偶然やった。

「…………光?」
「……先輩……」

そこには、懐かしい人がいた。


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