急に立ち止まった財前君がこぼすように呟いた言葉を、私は聞き逃さなかった。先輩。だれか、大学の先輩でもいたのだろうか。財前君の視線の先を追いかける。
そこには女の人がいた。私は知らない人。きれいな人だ。その人もまた財前君を見て、目をまんまるくしている。

「うちの大学の人?」
「……いや、高校の」

部活の先輩、と財前君が続けている間にその女の人がこちらへやって来る。近くで見るとこれまた一段と美人さんだ。ぽかんとしてその人を見ていると、ぺこっと会釈に笑顔のセットをいただいたので、私も慌ててお辞儀をした。

「久しぶりだねぇ。びっくりしたよ」
「俺も、びびりました。……待ち合わせっすか」
「そうそう。さっき東京駅ついたって連絡あったから、もう来ると思うけど。光も会ってく?」
「遠慮しときますわ」
「そ? 光に会いたがると思うけどなあ」
「まあ、またそのうち」
「……そうだね、今日は、だめだよね」

ぽんぽん飛び交うやり取りの最後に、女の人がニヒッと笑った。美人さんからはあんまり想像出来ない笑い方だったので、ちょっと面食らった。

私は、もしかしてこのままプチ同窓会へっていう流れになるのかもしれないと思うと、そうなったら少し……いーやだいぶ、悲しいなあ。
なんて思っていた。でも財前君は、今日のお誘いはきっぱりとお断りしてくれた。申し訳ない気持ちと、やっぱり嬉しい気持ちとで挟まれる。

そうやって私の気持ちを上へ下へといそがしく動かして、もっと驚くことに、財前君は突然私の手首をつかんだのだ。

「…………えっ、なっ、え!?」

これは、何事だろう。
私の手首をつかむその手を凝視してみる。見たままだ。財前君がつかんでいる。手を。

「ほんならまた」
「うん。じゃあねー。彼女さんもまたねー」
「え!? やっ! あの! あっ失礼します!」

財前君が歩き出し、私も手を引っ張られて着いていく。きちんと挨拶出来なかったけれど、美人さんはあははと笑いながら、見えなくなるまでしばらく手を振ってくれていた。でもあの、彼女さんでは、ないんですけど……! 心の中で訂正をしておいた。財前君は、彼女さんだと誤解されてしまってどう思っただろう。……私は、嬉しかった。ムズムズにやける顔を抑えきれないくらい。


駅を抜けて目指すところは、周りの人達も同じらしい。楽しみだね、と私の後ろにいるカップルが話している。街には明るい曲調の讃美歌が流れていて、相変わらずつかまれている手首から伝わる温度はあったかくて、お陰さまで私の足取りはとても軽い。

「財前君」

呼び掛けると、財前君が振り返ってくれた。なんや、と言ってまた前を向いてしまったけれど。

「さっきの人、いい先輩だったね」
「……まあ、せやな」
「財前君、高校楽しかったんだ?」
「なんやそれ」
「そんな顔してるって思って」

いいなあ、高校生の財前君。会ってみたいなあ。
そんなことを私が口にする頃、イルミネーションで着飾られた大通りへ出た。このきらびやかな色はシャンパンゴールドっていうらしい。豪華絢爛という言葉がぴったりだ。

「わあ、すごい」

もっとマシな感想を言えたら良かったんだけど、こんな子ども染みた感嘆しか出てこなかった。財前君は何て言うだろう、と待ってみても特にコメントは無いらしい。
変わりに財前君は、

「お前が高校におったら困る」

なんて言った。

「なんで!?」
「賑やかな人らばっかりやったのに、もう一人賑やかなヤツが増えたら困る。手に負えへん」
「えええひどい。……でも、うん、やっぱり楽しそう。いいな」

高校生の財前君もきっと素敵だ。日直だからって理由をつけて放課後の教室に残って、修学旅行で同じ班になれるかなって期待して、運動会でたぶんそれなりに本気で走る財前君を見て、部活の応援なんてしちゃったりして。私はきっと財前君を好きになる。財前君も、誰かを好きになったりしただろうか。三年間を一緒に過ごせた人たちが羨ましいなあ。
だけど、今財前君はここにいて、それが今の全てだとも思うから。今と、これからとを一緒にいられたらいいなって思ってるよ。

「ねえ、財前君」

私の手首をつかんでいる彼の手に、つかまれていない方の手をのせて力をこめる。財前君はほんの少しだけ目を見開いて、足を止めてくれた。

「好きだよ」

言葉がするりと喉を通って出ていく。緊張するどころか、好きだと言えたことに私はほっとしていた。気持ちを伝えたいと、心のどこかで思っていたのかもしれない。

そんな風に、どこかスッキリしているのは私だけみたいだ。

「…………あのー、財前君?」

反応がない。確かに今目と目がばっちり合っていて、手にも触れていて。その上直球を投げ込んだつもり、だったのだけど。
ほとんど無表情のまま、ふっと財前君は顔をそらした。そしてその顔がだんだん、決まり悪そうなものに変わっていく。

「……なんで今言うねん」
「え? あっ、そっか、ツリーの前とかがベストだったかな」
「……そうやなくて……まあ、ええわ」

財前君が、はあ、とため息をひとつ吐く。それが不思議と全くいやじゃない。むしろ、今のやれやれと言わんばかりのため息もまた、好きだと思えた。

「みょうじ」
「うん」

手首から財前君の手がはなれる。けれどその手はすぐに、指と指とがからまって、もう一度つながった。

「ほんまは、俺から言おうと思っててんけど」

なんでだろう。好きだって言った時にはこんなに緊張しなかったのに。
胸なのか喉なのか、どこだかよくわからないところがぎゅっと詰まってしまう。だからって聞き逃してしまうことがないように、私は息をひそめて財前君を待った。

「……俺も、みょうじが好きや」

そうして財前君がくれた言葉が、私を満たして、なんだか泣きそうになってしまった。

その時、イルミネーションの色が変わった。シャンパンゴールド一色から、いくつもの色へ。いつか財前君が拾ってくれたビー玉のように、それはとても鮮やかに私の目に映った。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -