女の子に囲まれている彼氏、なんていうのはとっても嬉しい!と思う光景ではないけれど、流石にもう慣れたものだ。前はこんなところを見る度にもやもやと不穏なモノをお腹に抱えていた私も、随分大人になった。

「今年もすごいねえ」

くまちゃんが感心したように言うのを聞きながら、お昼ご飯のパンを頬張る。去年より今年の方がクラスまで来る女の子が多い気がする、という晴奈の言葉には一つ頷いておいた。廊下から教室の壁を突き破って、きゃあきゃあと黄色い声が届く。
先輩お誕生日おめでとうございます!ときれいにハモった言葉に、中学三年の春、 四天宝寺へ転入したばかりで初めて迎えた白石蔵ノ介の誕生日を思い出していた。



何度目に花の雨が降る




「うわ……すご」
「あー。毎年こうやねん」

お弁当を食べる手がとまってしまう。次から次へとやって来る女の子。色んなサイズのプレゼント。ホールケーキが入っていそうな大きな箱を渡している子も何人かいて、あれは全部食べきれるんだろうか。
教室の入り口をぽかんとして見ている私をヨソに、白石の席に座っている忍足くんはさっさとお昼を食べ終えていた。この人、もうちょっとよく噛んで食べた方がいいと思う。

「どこの学校にも一人はいるものだね」
「ほーん。前の学校にもおったん?」
「うん。イケメン大富豪がいてさ。あっ跡部もテニス部だよ。知ってる?」
「跡部て、あの跡部か?」

忍足くんがこちらへ身を乗り出して尋ねてくる。あの跡部。

「苗字て氷帝やったん?」
「そう。忍足くん東京の学校に詳しいの?」
「詳しいっちゅーか、」

ドサッと私の机にいくつもの紙袋が置かれて、忍足くんの顔が見えなくなった。顔を上げると少し疲れた顔の白石がいて、ふうとため息をついた。初対面から一週間と数日、爽やかな笑顔とスマートな振舞いばかり見てきたので今の表情は新鮮だ。
私の隣の席の椅子を引いて腰かけ、やっと食べられる……とは言わないけれど気持ちそんな顔で自分のお弁当を広げ始めた。お昼休みはもう半分終わっている。私もハッとしてお箸を持ち直した。

「今年は弁当のプレゼントは無いんや」
「去年全部断ったからな」
「意外……。白石、プレゼント断ったりするんだ」
「流石に弁当はなあ。受け取っても食べきれへんし、誰かのを一つ選んで貰うんもアカンやろ?」
「そっか。そうかも」
「折角作ってくれたのに申し訳ないけどな」
「彼女でもいれば断りやすいだろうけどねえ」
「はー!ゼータクな話やでほんま」

口を尖らせて忍足くんがそう言って、白石は苦笑いで返した。

白石に忍足くん、ねえ。あの頃は確かにそう呼んでいたけれど今となっては不思議な響きだ。特に忍足くんなんて呼び方をしていたのはあの4月までで、いつの間にか呼び方も呼ばれ方も変わっていった。その忍足くんは今放送室でお昼のラジオコーナーを担当している。お昼の放送のラインナップの中ではダントツ人気のコーナーで私も好きだけど、今日ばかりは、どうしても廊下側へ耳を澄ましてしまった。

高校に上がってすぐの蔵ノ介の誕生日は、クラスが違うこともあって遠いところの出来事のように感じた。同じクラスの女の子達が連れ立っておめでとうを言いにいくのを横目に、くまちゃんと食堂に行ったっけ。謙也とのジャンケンに負けてテニス部のマネージャーになる前だったから、学校の中では本当に接点が無かった。

去年の誕生日は彼と付き合い始めて最初に迎える誕生日だった。プレゼントはどうしようと悩んでテニス部の皆にこっそり聞いて回ったら、それを後日千歳が蔵ノ介に言っちゃって、……あれはとても恥ずかしかった。許すまじ千歳。
プレゼントは小春ちゃんのアドバイスを受けてスポーツブランドのTシャツにした。どんな生地、どんなデザインのものにしようか。何軒もショップを見て回ってようやくこれだと決めたものなので、気に入ってもらえて安心したなあ。

「家宝にするわ……」
「え。普段使いしてほしいな」

Tシャツを大事に抱き締めるその姿にはちょっと驚いたけれど。


部活を終えて、我らが部長の生誕パーティも片付いて皆が帰ったあと。「それで」と蔵ノ介が寄ってきた。ニコニコとニヤニヤの間の顔。
今日までの三度の誕生日を振り返って、私は気付いたことがある。誕生日おめでとう。その言葉に乗せる自分の気持ちがずいぶんと変わった。あたたかで、優しくって、こんな風にお祝いできる私の方がたぶん幸せだ。

「誕生日おめでとう、蔵ノ介」
「ん。ありがとう」
「これからもお祝いさせてくれると嬉しいな」

心から零れた思いだった。だから真っ直ぐ彼の目を見て言った。すると蔵ノ介は目を丸くして固まってしまう。
なに。どうしたの。言いかけたところで腕を引っ張られて、すぐ目の前の蔵ノ介の胸に鼻がぶつかる。後頭部と腰に回された手でがっちりホールドされて、鼻を胸に押し付けたまま、くぐもる声で名前を呼んだ。返事が無いから二回、三回と。

「蔵ノ介」
「蔵ノ介くん」
「白石先輩?」

ふふ、と小さな笑い声が届く。

「白石先輩くるしいです」
「堪忍な。けどもうちょい待って」

もぞもぞ身体を動かして、蔵ノ介にされているように後頭部に手をまわしてみる。触れた首がとても熱くて少し躊躇ったけれど、やっぱりそこに触れていたくて。するりと指をすべらせたら熱が私の指先へ染みていく。

「煽ってる?」
「え?」

いいえそういうつもりでは。言葉を返す前に素早く唇を塞がれた。それから鼻、頬、まぶた、おでこ。あちこちにキスをするからどうしていいか分からず、ぎゅうと目をつむる。最後にちゅ、と唇にまたキスをして、ようやく腕の力が緩んだ。

「名前」
「なあに」
「ずっと言ってな」
「うん?」
「誕生日おめでとうって」
「うん。言うよ」
「ずっとやで」

やわらかい蔵ノ介の声が私をつつむ。
言うよ。ずっと言う。
誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。こんなに近くでお祝いさせてくれてありがとう。

こちらこそ、もしよければ、ずっとこの距離でいさせてね。


2019/04/14
まほら


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -