20120720 | ナノ


▼ ばかばかしいこと −全速力−

先輩らの卒業式の翌日、部活が休みになった。顧問が不在やと部活したらあかんて決まりがあるらしい。知らんかった。やってあの人、部活の日もふっつーに競馬行くし。……ちゅうか、あのぐうたらな顧問が出張なんてもんに行く日が来るとは。あれでも一応教師やってんな。
一日まるっとオフになったのは久しぶりで、なんとなく、手持無沙汰や。いつもより少し遅い朝飯をとってから、自分の部屋に戻ってパソコンの電源を入れる。新着の動画をチェックして、ええなと思ったらマイリスに登録して。それをしばらく続けとるうち、なんや物足りんくなって、パソコンを閉じた。

先輩らはどうしとるんやろう。ふと、そんな事を考え始めた自分に気付いて、情けなくなる。先輩らが卒業してったのは昨日の今日やで、俺。
そう思った時、玄関のチャイムが鳴った。オカンが出るやろと思って放っておくと、下からでかい声で呼ばれる。オカン地声がでかいんやから、そない腹から声出さんくても二階まで声届いとるって、何回言うたら分かるんや。

「ひかるー! お客さんやでー!」
「聞こえとるわ」

玄関に向かうと、オカンと来客がにこにこしてこっちを見る。なんやねん。

「聞こえとるなら返事しなさい!」
「はいはい」
「ハイは一回!」

俺とオカンのやり取りに、来客がぶはっと噴出した。


ちょっと付き合えよと言われ、一か月ほど前と同じように、自転車の荷台に乗せられる。どこに行くんか知らんけど、別にどこでもええ。どうせ暇やったんやし。
ゆるゆる自転車を漕ぐ名前先輩。春風がゆっくり通り過ぎる。

「白石たちはねぇ」

名前先輩が喋りだした。
「高校のテニス部に行ったよ。もう練習に参加しちゃっていいんだって」
「そっスか」
「うん。光も、あと一年だね」

一年。この人が言うと、えらく短く聞こえるなと思った。昨日の別れの挨拶はなんやったんやろう。やけに湿っぽかった昨日の自分が恥ずかしい。あかん。あれは思い出したらあかん。
ゆるやかに続く坂をのぼり始めた自転車。高校の制服がどうとか、謙也さんの従妹がどうとか、ずっと話し続ける名前先輩。マシンガントークとは言わんまでも、ぺらぺらと、先輩はよく口を動かした。
でも、そろそろ限界なんやろう。言葉が途切れ途切れになる。あと少し。

「大丈夫っスか」
「もち、ろん」
「ふーん」
「俺様の、脚力に、酔いな!」

うわ。なにそのセリフ。
俺が顔を顰めた時、てっぺんに着く。丘の上、眼前に広がった街と、すっきり晴れた3月の空。名前先輩が「うおー!」と声を出す。

「先輩、もうちょいかわええ反応出来んのですか」
「うっさい。……よーし、光、掴まっときなよ」
「は?」

がくん、と重力に従って体が名前先輩の方に倒れる。ゆるやかな上り坂の後は、えらく急な下り坂で。そやのに名前先輩は、思いっきりペダルを踏み込んで、全速力で坂を駆け下りる。信じられへん。この人、何さらしてくれとんのや。自分の体重が分からんくなる。ぬるい筈の春風が冷たい。

「ちょ、先輩、ブレーキ……!」
「アハハハハ! なあに? 全然聞こえなーい!」
「……貧乳」
「おい」

速度はそのままに、先輩が怒った顔をして振り返った。俺と目が合うとその表情はみるみるほどけて、口や目が笑いをこらえきれんと訴え、先輩はようやく前を向く。名前先輩は声を出して笑った。

「そんな怖がらないでよ! もー、かわいい奴め!」

楽しそうに笑う運転手。かわいいと言われて反撃の言葉が出そうになったけど、先輩がほんまに楽しそうやから、つられて俺も笑ってしまった。ぺらぺらと先輩が喋り続けとった理由が、分かる気がした。

不思議と、アホみたいな速さが、もう気にならん。坂道は終わる。


2012/08/04



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