――あかん、めっちゃそわそわする。

昇降口を過ぎて教室へと向か道すがら、俺は今にも飛び出してまいそうなほどに熱く跳ね上がる鼓動に頭を抱えかけとる。なんとしても教室に着くまでには、冷静にならなかんのに。

俺の内心を今こないに騒がせとる原因は他でもない。隣の席の苗字さんが、今日誕生日を迎えたことや。

前から気になっとった苗字さんへの思いがはっきり恋と呼べるものになったきっかけは、先の席替えで苗字さんと隣同士の席になったこと。

それまで話をする機会もあんまり得られんかった苗字さんと毎朝挨拶を交わしたり、授業でのグループワークが一緒になったりと、より近くで苗字さんを見ているうちに初めは淡かった俺の思いはどんどん強なって…でも今はまだ、友達の初期段階くらいの関係性のままやった。

せやから誕生日のこともこの前苗字さんと女子の友達が話しているのが漏れ聞こえたときに偶然知ったわけで、いきなりプレゼントを渡したりするんはいくらなんでも躊躇われた。
それでもやっぱり“おめでとう”と一言伝えるくらいはしたいと思うんは、当然の感情やろ。
そうは思いつつも、改まってそないなことを言うんはなんや気恥ずかしいもんで、俺は今朝から…いや苗字さんの誕生日を知ったそのときから、ずっとそわそわしっぱなしになっとった。

せやけど現実っちゅうもんは俺の事情なんてお構いなく無慈悲に迫ってくるもんで、気づけば俺は教室の前に辿り着いとった。まだ覚悟しきれてへんけど…どう足掻いたってここまで来たらもう、行くしかない。
すう、と気を落ち着けるように深呼吸した俺は思い切って教室の扉に手をかけた――そのとき。

俺が今まさに開けようと思っとった扉がいきなり内側から開かれて、教室の中から飛び出してきた影が勢いよく俺の胸にぶつかってきた。
その影が後ろに倒れ込むすんでのところでなんとか抱き留めた俺は、不意に鼻腔を擽ったシャンプーのような香りにはっとする。

「…苗字、さん?」
「ご、ごめんね白石くん、大丈夫だった…って、」

訝るような調子での問いかけに返された声に、俺はかっと身体の熱が上がるのを感じる。
更に俺の胸の辺りにきていた顔がゆっくり上げられて、俺はその声の主…つまり苗字さんと、至近距離で見つめ合う恰好になる。

「っ…、」

真っ直ぐ結びつけられた視線にお互いの身体がぴたりと固まったのも束の間、かあっと頬に熱を上らせた苗字さんが素早く俺から身を離した。しゃあないことやけど…なんやちょっと寂しい。

「ほ、本当ごめんね、私急いでて…!」
「あ、ああ、別に気にせんでええよ。急いどるんやったらはよ行ってき」

真っ赤になった顔を伏しがちにしてあわあわと狼狽える苗字さんの姿は不謹慎かもしれんけど、めっちゃ可愛え。
ほんの数瞬抱き留めたときに感じた温もりをも思い出せば今にも走り出しそうな程に騒ぐ心臓を抑えながら俺がそう言うと、苗字さんはありがとう、ごめんね、と頭を下げて廊下へと飛び出して行った。

「…苗字さん!」

ところが俺は既に廊下に身を躍らせとった苗字さんを無意識のうちに呼び止めとった。
言うなら、今しかない。隣の席なんやから後でだって言う機会はあるはずなのに、俺はどうしてもその直感を無視しきれんかった。

驚いた様子でこっちを振り向いた苗字さんの頬にはまだ赤味が残っとって、いつもより少しだけ目が大きくなっとる表情も相俟って一層可愛く見える。あかん、俺も末期やわ。

「誕生日、おめでとさん。素敵な誕生日と1年になりますように、な」

重すぎず、軽すぎず。
考えて考えて、選び抜いた末の言葉を口にすれば、俺は自然と和らいだ笑顔を苗字さんに向けられたと、思う。

「っ…!あ、ありがとうっ、」

その瞬間苗字さんの顔もまた一層赤くなったような気がしたけど、それをはっきり認識する余裕なんてこのときの俺には全くあれへんかった。


あのときあのタイミングで苗字さんが教室から飛び出してきたのは、俺が教室に来るんを見計らっとった謙也と財前の合図を受けて、小春が綿密な計算に基づくタイミングで苗字さんに連絡を入れたことが原因だったことを知るんは、俺と苗字さんが紆余曲折を経て恋人になることができてしばらく経ってからのことやった。



パルスとマカロンカラー


2012/10/01
dearestの水生さんから、誕生日と相互の記念にお話をいただきました。とっても嬉しいです。水生さん、ありがとうございました!!


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