その時にはもう、止めようもない。心臓が高鳴り出した。





声をください





苗字さんとは同じクラスになったことがない。五月、生徒会の書記をやっとる彼女が、小春に用事があるとかでテニス部の部室に来とって。その時俺は部室にはおらんかったんやけど、用事を済ませた彼女が扉を開けた勢いのまま出てきて、タイミングよく外側から扉を開けようとしとった俺と衝突。反動で後ろによろけた苗字さんを抱きしめる形で受け止めた。それが、俺と苗字さんの出会い。

ここで苗字さんが顔を赤らめてたら、恋のきっかけとしては上出来やったのに。
苗字さんが顔を上げて最初に放った一言は、こうや。

「鼻の骨、折れたらどうしてくれんの」

思いっきり眉を寄せてそう言ったあと、そのチンピラのような一言に面食らってかたまっとる俺の腕から抜け出して、苗字さんは校舎の方へ歩いて行った。

女の子からあんな言葉をかけられたことが無く、更に言えばあんな視線を向けられたことが無かった俺は苗字さんに興味を持った。一目惚れとかやない。あの子はいつもあんな感じなんやろうかって、その時はそれだけやったんや。


苗字さんの印象がひっくり返ったのは六日後のこと。あの時はごめんね、と、俺のクラスにやって来てぺこりと頭を下げた。
苗字さん曰く、あの日は機嫌が悪く、それから不機嫌な日が一週間も続いたために謝りに来るのが遅れたらしい。あの日以来何度か見た苗字さんの表情はどれもこれも不機嫌そのものやったから、そういう子なんかと思っとったけど……こうしてきちんと話すあたり、素直なええ子や。


教室を移動するときに見かける苗字さんは、友だちと話をしてくつくつ笑っていたり、必死で黒板を写していたり、時にはやっぱり不機嫌そうやったり。
少しずつ彼女を知って、たまに言葉を交わす時には俺のことを知ってもらって、そうやって知り合っていった。
知れば知るほど、もっと知りたくなる。気が付けば彼女が好きやった。




府大会を終えて、期末試験前の日曜日。
勉強するための部活オフやのに、うちの女性陣にケーキの買出しを迫られ家を追い出された。血も涙もない。
夏の日差しにうんざりしながら、信号が変わるのを待つ。横断歩道のこちら側もあちら側も歩道は人で溢れとって、知り合いがおったところで見つけられへん、……と思ってたけど。あっち側で信号を待ってる人の中に苗字さんがおるのを、この目でしっかり捕らえた。その時にはもう、止めようもない。心臓が高鳴り出した。

初めて見た私服姿。どうしよう、かわええ。

信号はまだ変わらない。苗字さんも信号をじっと見つめとる。俺には多分、付いてない。信号が変われば気付くやろうか。気付かへんかったらへこむけど、その時は俺から声かけて、少しでも話せたら。


はよう、かわれ。
口の中でそう言えば、パッと信号の色が変わった。待ってましたとばかりに苗字さんがこちらに向かって足を踏み出す。……あかん、緊張する。前に進めへん。後ろにおった人が怪訝そうに一瞥をくれて歩いていく。苗字さんは、歩いてくる。

「……あ」

苗字さんが、俺の目の前にきたところでようやく俺を視界に入れてくれた。それから「やっほー」と言葉をくれる。一歩も進めんかった俺ってどないやねんと思いつつ、笑顔を返す。よかった、顔は動いた。
苗字さんは横断歩道を渡りきって、俺の横に立った。折角近くに来てくれたけど、まじまじと見たらあかん。心臓が口から飛び出してまう。

「試験前はテニス部も部活ないんだ?」
「おん。やのに、妹らにパシらされてケーキ買いに行くとこやねん。哀れやろ」

困ったように笑ってみせると、苗字さんもくつくつ笑って、それはかわいそうだねと言ってくれた。
たったそれだけのことが、顔に熱を集めさせる。

「苗字さん、ちょっと時間くれへん?」

ケーキ、どんなん買ったらええかわからへんから、女の子の意見がほしいねん。
取ってつけたような理由をくっつけてそう言うと、苗字さんは一瞬きょとんとした後で、「いいよ。うん、私もケーキ買う」と返事をくれた。

好きやって言って、手をつないで、頬に触れて、名前を呼んで。苗字さんにしたいことは色々あるけど、今日は、たくさん話がしたい。今はまだそれだけで満足。


でっかいケーキ、奢ったろ。



2012/02/17
雨花


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