姉ちゃんが作ったマフィンのせいやろこれは。やって、他に思い当たるモノが無い。
しゅるしゅると下がっていく目線。気付くとロッカーは遥か上。
んなアホな。



ポケットでラブソング(後)




「蔵も災難だね」

確かに名前の言うように、冷静に考えれば災難以外の何物でもない。俺も最初はそう思った。
でも今は違う。
人のいい名前に甘えて、こうしてポケットに入れてもらい、世話を焼いてもらう。日頃からマネージャーとしてテニス部員の世話をしてくれる名前やけど、こうして俺一人に付きっきりになってくれることは無くて。
せこい真似なんてしないで好きやと言えたら。そう思う反面、今はこの状況を利用したい。
自分の体が小さくなっとることを楽観視しとる気がするけど、明日になっても元に戻ってへんかったらその時は真剣に考えよう。うん。



授業中、いつもは見下ろしている名前を今はポケットから見上げて、新鮮な表情を見つける。中学から一緒にいるのに同じクラスになったのは今年が初めてやし、名前は一番後ろの席やから、授業中の彼女の顔を見たことが無かった。
凛と引き締まった表情。
初めて会った時のしょぼくれた顔とは正反対やなぁ。


中学一年生の4月、謙也が男子テニス部に女の子を連れてきた。東京から来たばかりで知り合いがおらんと沈んどるその子に「俺が友達一号で、こいつが二号や!」とか言って、謙也が俺とその子を会わせた。その子はその場で男子テニス部のマネージャーになって、いつの間にか名前で呼び合うようになって。
中学のテニス部を引退する時、違うクラスやったから、これから疎遠になったらどうしようと不安になった。ああ、好きやなぁと自覚したのはその時や。

それから同じ高校に合格して、また一緒に部活をして。
俺らの白星に飛び上がって喜んでくれる名前とずっと一緒にいたいと思った。「お疲れ様」と言いながらタオルを渡してくれる名前を独り占めしたいと思った。でも告白して、今の関係が悪い方に変わってしまったらと想像すると怖くて。
テニスをしている時は完璧と言われる俺も、名前を相手にするとただの腰抜けや。




「苗字さん、ちょっとええ?」

二人分の昼食を持って屋上に行こうと教室を出た名前を、男が呼び止めた。名前は「はぁ…」と曖昧な返事をする。
ちょお待て。誰や。


「えーと、この辺で」

男がそう言うと、名前が立ち止まる。
この展開はあかん。

「俺、苗字さんのこと好きです。付き合ってもらえんやろか?」

あかん。

そう言いたい。
……名前はなんて答えるんやろう。自分が女子に告白された時には全然緊張せえへんのに、今は緊張しとる。彼女の返事を聞きたいけど、聞きたくない。

「ありがとう。…でも、ごめんなさい」


好都合な、はずなのに。
名前の「ごめんなさい」が心に重くのしかかった。いつか彼女に告白した時、そう言って断られたら。



今のところは現状に満足、そう思っとった。
それも昼までの話。

あの後、名前に告白した男は「好きな人おるん?」とそう聞いた。名前はしばらく沈黙して。いるよ。そう答えた。
正直、彼女に好きな奴がおるなんて、考えもせんかった。教室ではずっと女子の友達とおるし、それ以外の時間のほとんどはテニス部に費やしてくれとるはずや。だから安心していたのに。

もしも名前の好きな奴と名前が付き合っても、マネージャーなことには変わりない。仲の良い異性の友達であることも変わらない。現状は維持される。

――本当にそうやろか?

きっともう、部活がオフの日まで一緒にいることは無くなる。部活が終わった後だって、今まで通り皆で一緒に帰るなんて出来なくなるかもしれん。
嫌や、彼氏と待ち合わせる名前なんて見たくない。




「蔵のお母さんには上手いこと言っといたから」

おにぎり一つを皿にのせて、名前が部屋に帰ってきた。
俺の荷物を持って帰ってもらったし、今日は名前の家に泊めてもらうし……いくらなんでも甘えすぎや。

「堪忍な。元に戻ったらお礼するから」
「ふふ。楽しみにしてるよ。……それより」

ふっと名前の表情が曇った。

「蔵、元気ない」
「…そうか?」
「そうだよ」

そうやな。

「いつ戻るんやろうなーって不安なだけやから。そんな顔せんといて」


嘘や。
お前に好きな奴がおるせいや。

このサイズで告白してもカッコつかんけど、元に戻ったら。
言おうと決めた。
振られたらと考えると怖いけど、何もしないまま名前が誰かに取られるくらいなら、当たって砕けた方がマシや。



「……くら?」

と、思っていたら。朝目が覚めた時には元に戻っていた。

「おはようさん」
「お、おはよう……?」

だから、すやすやと幸せそうな顔で眠っている名前に乗り上げてみた。俺の体重がかかったベッドがギシッとスプリングを鳴らして少し沈み、名前がぼやぼやと目を開ける。かわええやつ。朝の挨拶をすると掠れた声で返事が返ってきて、その声も、状況をのみこめてない目も、どうしようもなく愛しいと思った。

「戻ったわ。ありがとな」
「ああ、うん。おめでとう。……あの、降りてもらえますでしょうか」
「イヤ」

今更引き返せない。寝ぼけ眼を擦って何とか目を覚まそうとしとる彼女。遮光カーテンのせいで朝の光が部屋に入ってこない。名前の顔色までは分からない。だからきっと彼女にも、俺の頬が紅潮していることは分からない。頬どころか耳まで赤いだろうし、心臓が耳にあるみたいにうるさい。
なんや。体がちっさくても元のままでも、結局カッコつかん。所詮その程度? 知っとるわ。そんな俺やけど。

「名前」

なぁ、お前の好きな奴になりたいんやけど、どうしたらええ?



2012/03/13


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