誰も知らない。
それでいいんだよ。



ほんとうはライオン




図書館の窓から身を乗り出して下を見ている友人は、時折ぴょこぴょこと飛び跳ねて、テニス部が通ったよと言ってはしゃぐ。その度にカウンターの図書委員さんがこちらを睨むので、友人の足元に座っている私は体を縮めてその視線をやり過ごした。強気の友人は、そんな視線など無視である。

「名前、忍足君やで、忍足君! 手ぇ振らな!」

彼女が見ているのは、アップのためにグラウンドを走っているテニス部の男の子達だ。お目当ては石田君。でも、謙也君が見えるといつも私に知らせてくれた。

「私はいいよ……」
「あほう。そんなんやから忍足君が他の子にちょっかい出されるんやで」

ちょっかい、なんて言い方は随分だ。謙也君を好いている子が彼に思いを打ち明けた。それだけだ。
それに、今日はたまたま私や友人の耳に入ったけれども、謙也君にとっては珍しいことじゃないだろう。私の知らないところできっと何人もの女の子が、彼に差し入れをしたり告白をしたりしているに違いない。付き合いたての頃こそちょっぴり気になってはいたが、今はもう知りたいとも思わない。

「忍足君は忍足君で押しに弱そうやし。うっかり誰かに持って行かれんよう気ぃつけな」
「んー」
「なんなら首輪でも着けといたら……あっ、石田くーん!」

いつも疑問に思っているのだが、友人が手を振る先で石田君はどんな表情をしているのだろう。もしかして律儀に手を振ってくれたりするのかなと想像して、石田君には悪いけれども、ちょっとおかしかった。



謙也君が着替えを終えて部室を出る時間に合わせ、私は昇降口に向かった。友人はいつもの通り「お邪魔虫は退散退散」と言ってさっさと帰っていった。そんなこと気にしなくていいのに。そう彼女に言ったこともあったが、名前が私の立場やったら同じことするんちゃうと返されて私はこくこく頷いた。

「今日こそは苗字さんと手ぇ繋いで帰りやー」

昇降口で靴を履き替えていると、靴箱の向こう側で声がする。白石君だ。

「あんまヘタレたことしとると苗字に飽きられてまうで」
「まだ手も繋いでへんとか……付き合って何ヶ月経つんすか」
「謙也情けないでー!」
「うるっさいわ! ほっとけ!」

続けてからかう一氏君、財前君、遠山君。応戦する謙也君。謙也君の周りにはいつも人がいっぱいだなあと思って嬉しくなる。コツコツとローファーを鳴らしてそちらへ行くと、一番に金色君が近寄ってきた。
お疲れ様。私がそう言うと、金色君がアリガトと可愛くウインクしてくれる。

「名前ちゃん、ホンマのとこどうなん? 謙也くんで満足してへんのとちゃう?」
「ちょっ、小春なんてこと言うんや!」

いたずらっぽく聞いてくる金色君の肩を謙也君が掴む。すると一氏君が謙也君に襲いかかって、わあわあと騒ぎ始めた。男友達と楽しうにしている謙也君も大好きなのだけど、ここからは私との時間だ。
白石君の方をちらと見ると目があった。私を見て苦笑している彼に、いやいや発端は白石君だからねと思ってちょっと目を細めると、白石君はようやくこの場を鎮めるよう動いてくれた。

校門でテニス部の人たちと別れて、私と謙也君は二人になる。今日の練習はどうだったとか、この授業のあの問題が解けなかっただとか、他愛のない話しをする。微妙な距離を保って並んで歩く。
しばらくそうしていると、私の左手が絡み取られた。

ラケットを握って手のひらに豆ができ、それでもラケットを握るから豆はつぶれて皮膚がかたくなる。頑張り屋さんの謙也君の右手は、ちょっとごつごつしている。だけど私はこの手が大好きだ。

謙也君が誰かに好きだと言われたって、こうして手を握ってくれさえすれば。私、安心できるよ。
ぎゅっと手に力を込める。謙也君はもっと強く握ってくれる。私しか知らない。ずっと前から手を繋いで帰っていること。もっと先まで二人でしたこと。謙也君が、本当はヘタレなんかじゃなくて、すっごく男前だってこと。私だけが知っていればいい。

「なんや。名前、にやにやしとる」
「うん。謙也君のこと考えてた」
「なんやそれ」

ふは、と笑って謙也君は思いきり私の手を引っぱって引き寄せた。私はバランスを崩して、咄嗟に謙也君の胸に手をつく。あぶないなあ。顔を上げると、鼻と鼻がぶつかりそうなくらい謙也君が近い。
うわ。うわ。謙也君が目を閉じるから、反射で私もきつく目をつむる。

「……」

あれ。
いつまで待っても何もない、と思ってそっと目を開ける。

「期待したんや?」

謙也君は意地悪く笑みを浮かべていた。
道行く人が私たちを見て見ぬふりして通り過ぎてゆく。恥ずかしくて、でもやっぱり優越感と、少しの期待も勿論あって。もう、と小さく不平を漏らした。謙也君はふふんと満足気で、私の手を握り直して歩き出す。

ごめんね。謙也君のことが好きな誰かさん。そんな風に思いながらも軽い足取りな私が一番意地悪で、一番幸せだ。



2012/12/14
みきさんのリクエストで「格好いい謙也君」でした。みきさん、遅くなりましたが、リクエストをありがとうございました!


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