数日前、彼氏ができた。
ずっと好きだったあの人。なんとあちらから「中学の時から好きやった」と告白してきたのだ。なんという幸福、なんという奇跡! ……そして放課後は、憧れの、彼氏と自転車二人乗り! きゃー!

……まあ、友達の話だけどね。



ハンドメイドユートピア




そんな話をクラスメイトの白石くんにした翌日。部活が終わるのを待っていろと言われた。だから今、こうして私は校門に立っている。
夕日が横から、私を刺すように照らす。

最近、「白石くんと付き合ってるの?」と白石ファンクラブのある女の子に聞かれたけれど、白石くんは友人以外の何物でもない。同じ中学校の出身ではあっても同じクラスになったのは高校2年の今年が初めてで、まともに会話をするようになったのも、ここ数週間の話だ。
というのも、前回の席替えで、私は白石くんのお隣になり、
――苗字さんって、謙也のこと好きなん?
と、爽やかな笑顔と共にそのような言葉を投げかけられて。思わず詰め寄った。確かに私は忍足くんが、す、好きだけど、誰にも教えていないのに。どうして分かったのと聞くと、なんとなくそうかなーと思って、と返された。おそるべし、白石蔵ノ介。
以来、白石くんは私の恋愛相談に乗ってくれている。……乗ってくれているというよりは、無理に聞き出されているという気がしなくもないが。

ここ最近の白石くんとのやり取り、そして今日の「帰ったらあかんで」。無害そうな顔をして、白石くん、意外と強引だなぁ。

とまあそんな風に呑気に待っていた私。ここへやって来るのが白石くんではなく、彼だと知っていたなら、もっと引き締まった顔でいたのに。ぼんやりしている私の視界に入ったのは、自転車を押してくる忍足くんだった。

「苗字?」

はい苗字ですこんばんは!
部活お疲れ様!
今日も素敵ですね!

ハイになった自分の声が脳内を駆け巡る。けれど口から出てきたのは「あ、お、忍足くん」という何とも情けない声だった。だって、仕方ないじゃないか。忍足くんとまともに話したのはほんの数回なのだから。

「誰か待っとるん?」
「う、うん。白石くんを……」
「え」

え?
ぽかーんとする忍足くん。どうしたんだろうと思って見ていると、夕暮れの中でも分かるくらい、忍足くんの顔が赤くなる。そして顔を背けて、困ったような表情で「やられた」と呟いた。なんだかよく分からないが、そんな顔もかっこいい。忍足くんを見たときから十分騒がしかった心臓が、さらにやかましく鳴る。

はあっと大きく息を吐いて、忍足くんが語る、あの人の台詞。
――家まで送ってったるって約束しとった女の子がおるんやけどな? 急用が出来てん。せやから謙也、代打頼むわ。チャリ貸すし。な!

……。

「そういうわけなんやけど、……どうする?」


上から見下ろされているのだけど、なんだかそうは思えない。下から見上げられて、伺われているような感じだ。忍足くんの目が恐る恐る私を見ている。
どうするって、そんなの、一択しかないよ。

「お願いします……!」

厚かましくはないだろうか。一瞬そんなことを思ったが、折角白石くんが作ってくれた機会なのだし甘えちゃおう。お願いしますと言った私に、忍足くんが「おう」と言って笑う。太陽みたいだ。忍足くんは。

彼の後ろ、荷台に横座りに乗る。スクールバッグを肩にかけ直す。
まさかこんな日が来ようとは。緊張とニヤニヤで、今の私は目も当てられない顔だろう。

「あー、えーと、苗字」
「はっ、はい」
「その……しっかりつかまっときや」

え、どこに?
そう聞き返す間もなく、忍足くんが自転車を漕ぎ始める。まだどこにも掴まっていなかった私は、進む自転車の勢いに振り回され、がしっと、両手で。忍足くんにしがみついた。忍足くんもびっくりして、自転車がぐいんと揺れる。
うわ。うわ。やってしまった。

「ご、ごめん!」

いくらなんでも、これは! そう思って慌てて手を放そうとすると、忍足くんが左手でそれを制した。忍足くんの左手が私の両手に触れている。忍足くんの背中に、私の頬が触れそうになる。
その手は、このままでいてもいい、ということ?

忍足くん。
小さく呼びかけてみると、ええから、と少しぶっきらぼうに、そう返される。頭の中はお祭り騒ぎだ。
返事を出来ずにいると、忍足くんの左手はハンドルに戻っていった。自転車は緩やかなスピードで進む。忍足くんなら自転車でもかっ飛ばすのかと思っていたけど、もしかして、気をつかってくれているのかも。

明日、白石くんにお礼をしよう。
彼のどや顔を思い浮かべる。そこでふと思ったのだが、白石くんの台詞によれば、私は白石くんに家まで送ってもらうことになっていたけれど、それって何か誤解を招くのでは? そう、例えば、私は白石くんが好きだとか。

それは、いやだな。
積極的にこの恋を進展させようなんて思ってない。こんなにもかっこいい人の彼女になれるなんて思ってないよ。見てるだけでいい。一週間に一度、いや一ヶ月に一度でも彼と話せたらうれしいな、とは思うけど。
だから、うん、告白なんてね、そんなこと考えてないけど。他の誰かが好きだって、忍足くんに誤解されるのは、いやだな。

「あの、忍足くん」
「ん?」
「あのね、その、あの、」

話しかけたはいいけれども、何て言おう。「私、べつに白石くんのこと好きじゃないから」? いや、そんなこと言って、「ほな誰が好きなん?」なんて聞き返されたら……?
どうしよう。
むんむん考えているうちに、知らず知らず、忍足くんにしがみつく力を強くしてしまう。帰宅部の私に締めつけられたくらい、忍足くんには何でもないだろう。だけど私には大問題だ。今や私の頬は忍足くんの背にぴたりとくっついている。

続きの言葉は、ついに出てこなかった。何も言えないし、忍足くんの顔だって見られない。自分の仕出かした事に、顔があつくて仕方ない。急に口を閉ざした私に、忍足くんは不審がっているだろうか。――後から知ったのだけど、この時忍足くんも、顔を真っ赤にしていたそうだ。それならそうと、言ってくれたらいいのに。

あの日と同じだ、と思った。私が忍足くんを好きになった日。あの日も私は、忍足くんに家まで送ってもらった。夕焼けの中をこうして二人、顔を赤くしながら。沈黙に、くすぐられながら。




2012/06/22
せりはさんのリクエストで「謙也君と自転車二人乗り」でした。せりはさん、リクエストをありがとうございました!


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