熱が生んだ熱情





なんであんなこと言ってしまったのかと思う。
気持ちを抑えることだって出来たかもしれないのに
心は不安よりも期待が多くしめていたから

だから、こんなことになったんだ。


"好き"だなんて、言わなきゃよかった。









「38度……」

口唇から体温計を取り出すと、目盛りは見るだけでも苦しい数字を指していた。
朝起きた時から身体が重く感じられ、体温をはかってみたところ、案の定熱があった。
もちろん学校も休んだが、それはある意味、ロヴィーナにとっては好都合だったのかもしれない。

昨日、アントーニョに告白した。
そして振られた。

アントーニョは幼なじみで、昔から互いに一番近くて一番よく知っている存在だった。ロヴィーナは物心がついた頃にはもう彼を意識しており、その思いは今も変わらず。こんな無愛想で可愛さの欠片もないロヴィーナに、昔から笑顔で優しく接してきてくれたのだから、アントーニョだって、きっと同じ気持ちなのだと思ってた。信じてた。
否、それは単なるロヴィーナの思い込みだった。


『好き…』

『…え、嘘やろ…?』


この、時間にして5秒にも満たない会話で、私の十数年にも渡る恋心は、儚く脆くも、がらがらと音をたてて崩れていってしまったのだ。
あぁ神様。私が何をした。
人生の半分以上をかけて恋い慕ってきた人に、こうもあっさりと切り捨てられてしまうものなのか。

ショックからか、昨日雨に当たって帰ったからか、理由は何にせよ、熱が出て良かったと思う。彼にどんな顔して会えばいいのか分からないし、今は会いたくない。
泣き腫らした目を見られたらきっと、なんで腫れてるん?大丈夫?なんて残酷なことを聞いてくるんだ。そうに決まってる。
そんな鈍いところだって、好きなのに…、どうして、どうして。
昨夜のように、またじんわりと涙が目尻に溜まったのを乱暴に拭って、現実から逃げるように布団に潜り込んだ。







眠ろうと思って何度も寝返りするものの、熱で苦しくなかなか寝付けないでいたら、下の階すなわち玄関から人が入ってくる音がした。
最初はフェリシアーナかと思ったが、まだ時計が午前10時を指す現在、彼女は学校にいるはずだ。
やがてその音は階段を駆け上がり、ロヴィーナの部屋へ真っ直ぐに近づいてくる。

フェリシアーナかもしれないが、泥棒だったらどうしようかと思い、熱で重い身体を起こした。

その人物がロヴィーナの部屋の扉から顔を覗かせたとき、額から濡れタオルがぼとりと落下し、泥棒からとは別の意味でこの場からすぐ逃げたくなった。


「…ロヴィーナっ…」

恐らく走ってきたのだろう、息切れしているその人物、アントーニョの額には、汗が浮かんでいた。

「帰って!」

ベッドにいるロヴィーナに近づこうと一歩踏み出す彼に制止をかける。布団をさらに深く被り、その中で彼に背を向けた。

「…なんで……?」

彼が静かに言う。彼がどんな顔してるかなんて分からない。きっとお見舞いに来たんでしょう?学校もさぼって。そんなんだから、勘違いするのよ。これ以上期待させるようなことしないで。

「会いたくないから。」

なるべく怒りの感情を込めて冷たく放った。そうよ、私のことなんて嫌いになればいい。そうすれば、未練なんて消えちゃうから。

「俺は会いに来てん。」

そう言うのと同時に、つかつかと早い足取りで歩み寄ってきた。
彼がベッドの横に立つ気配に、肩が小刻みに震える。

「帰ってよ。風邪うつるから。」

けほ、とわざとらしく咳をしてみた。帰ってなんて言いながらも、うつってしまうからなんて思いやりの言葉をかけているところが、彼への好意を隠せていない。

「嫌や。」

即答だった。そんな彼の態度に、胸が締め付けられる。
本当に、もう期待させないで頂戴!私ばかり辛くなる。

「帰ってっていってんでしょ…」

涙声まじりに3度目の"帰って"を言った途端、アントーニョの堪忍袋が切れたのか、被っていた布団を勢い良く剥ぎ取られた。

「きゃ…!」

部屋を暖かくしていたとはいえ、肌寒い空気に触れて、身体がびくりと跳ねる。そこへ、アントーニョがまるで押し倒すかのようにロヴィーナの上に覆い被さり、ロヴィーナの両手の自由を奪う。
近距離でアントーニョと向かい合わせの状態になり、身体が硬直する。

熱のせいなのか緊張のせいなのか。
呼吸が上手くできなくて、胸が激しく上下する。

「熱いな…」

触れ合っている手を握りしめ、アントーニョが呟く。

「誰のせいだと思っ…「俺のせいなん?」

その言葉は、決してとぼけているわけではなかった。彼は確信しているんだと分かった。
真っ直ぐな翡翠の瞳に囚われる。もう、逃げられない。






「好きや…ロヴィーナ…」

「……え……?」

ロヴィーナがすっとんきょうな声を出す。

「好きなんやって…」

す、き、…?
だって私は、昨日こいつに振られたのよ。振った次の日に告白なんてどういう神経してるのかと、本気で疑った。

「冗談よしてっ…!」

「冗談なんかじゃあらへん!」

「……っ、」

珍しく大きな声を張り上げるアントーニョに驚く。

「ほんまに好きやってん…昨日だって好きて言うてくれて嬉しかったんや…」

待って、待って。今更そんなこと、

「信じられへん、夢なんかなぁて思て、嘘やろ?って言うたんや。そしたらロヴィーナ、走って逃げてまうし…」

予感で、眼球が迷子みたいに揺れ動く。

「せやからロヴィーナ、俺達、」
その言葉の先は、

「両想いやで…」

夢に描き続けてきたものだった。

「……っ、う…」

視界が滲んで、アントーニョの顔がよく見えなくなったけど、彼は微笑んでいるように見えた。
傷ついてすり減り、ひび割れした心を潤すように、次々と涙が溢れ出る。
涙で顔はぐちゃぐちゃで、髪だってぼさぼさ、しかもパジャマだし。
どうせならちゃんとした格好で両想いになりたかったな、なんて思ったけど、それは我が儘すぎる。
どんな格好をしてたって、そんなの気にならないくらい、幸福に満たされてるはずだから。


「ロヴィーナ、ロヴィーナ」

彼は何度も何度も私の名前を囁いてくれて、両手を拘束していた手を解き、それを優しく頬に伸ばす。

なんとなく、熱を出す度に今日の日のことを思い出すんだろうなと思ったら、互いの唇の距離が0になった。







       







次の日、ロヴィーナは見事に回復したが、今度はアントーニョが寝込んでしまったとのこと。





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