これこれの続き
※直接描写はありませんが所謂モブレ
※いきなりホモ展開



災い転じて


あいつ、どこまで着替えに行ったんだ。
法正は筆を走らせながら、墨で服を汚してしまった徐庶を待っていた。
一度失態を見られ、世話を焼かれてからというもの、法正は徐庶に好意を抱くようになった。
何のことはない、幼少の頃からこの性格のせいで周りはおろか両親からも疎まれていた法正にとって、自ら近付いてきた徐庶に興味が沸いたのだ。
初めはいつも通り憎まれ口を叩き、近寄りがたい関係にした。
どの人間も、悪党と呼ばれる自分に興味本位で近付いてきてはすぐに離れていく。
我ながら苛烈な性格だとは思うが、何せ生まれたときからこういう思考なのだから直しようもないし、直そうともしなかった。
やられたらやり返す。
それが恩にしろ恨みにしろ、徹底的に行っているだけのことなのだ。
ひん曲がった性格ではあるが、自分の思ったことに正直に生きる法正の中では理に叶い、至って普通なのだ。
それをしているだけなのに、人間というものは悪い方ばかり話をしたがる節がある。
まあ実際、恩を徹底的に返そうと努める方が生きてきた中では数えるほどしかないのだが。
法正がその希少な恩を返そうと珍しく躍起になっているのが、劉備と、そして徐庶だった。
劉備には、間違いなく性根のひん曲がった法正でも側に置いて貰えているという恩。
徐庶には、今まで隠していた酒の弱さを知られたが、口外せず文句も言わず介抱してくれた恩だ。
主である劉備にはこの頭で死ぬまで尽くせばいいので、暫く置いておく。
問題は徐庶だ。
寂しがる犬のような顔をしていた徐庶をわざと遠ざけていたにも関わらず、あの宴の夜に歩み寄られ、法正は内心狼狽していた。
酒に酔っていた事もあるが、徐庶からの視線が前々から気になっていたからだ。
怨恨による視線ならば慣れてはいたが、徐庶の視線はその類ではないように感じた。
質の悪い事に本人は気付いてはいないが、明らかに、熱を持っている。
あの、真っ直ぐな目。
法正がそこまで考えた途端、ざり、と足音が聞こえて正気に戻った。

「徐庶、随分遅かったな。また仕事を増やされたのか?」
「おや、徐庶殿は戻ってこられるのか。これは意外な」
「…何のご用でしょうか」

徐庶が着替えて戻って来たかと思った法正が顔を上げると、あまり顔を合わせた事もない文官が立っていた。
長い袖で口元を隠し、法正を疎む目で見つめている。

「徐庶殿は今席を外していましてね。彼に仕事を押し付けられるおつもりなら、代わりに俺が聞きますよ」
「黙れ、この姦悪臣」
「…は?」
「法正殿、貴殿の淫行にはもはや目に余る。よって、これより私が罰する事とする」

文官が声高らかにそう言うと、奥から屈強な兵が三人現れた。
つい今しがたまで徐庶と二人でゆるやかな時間を過ごして上機嫌だったというのに、これでは台無しだ。
法正は怒りを隠そうともせず、睨みながら言った。

「これはこれは、何のご冗談で?俺は淫行、ましてや姦悪な事などを致した覚えはありませんよ」
「では聞こう。こんな奥まった場所で徐庶殿と何をされていた」
「この辺りを見ていただければお分かりになるのでは?ただ仕事をしていただけですよ」
「それだけではあるまい」
「…他に何をすると」
「徐庶殿が顔を赤らめながら書庫を飛び出していったのだ!これが証拠ではあるまいか!」

あの馬鹿。
いや、あの馬鹿も馬鹿だがこの馬鹿も大概だ。
法正は呆れた息をつくと、頭を掻いた。

「…徐庶殿は服に墨をこぼしてしまって着替えに戻られただけですが」
「そんな見え透いた嘘など誰が騙されるか!やれ!」
「本当に馬鹿かあんたは!あいつと俺が何をしようと勝手だろうが、馬鹿馬鹿しい!おい、やめろ!」

話の通じない相手に思わず凄んだが、効果はなく周りの兵に抑えられ、殴る間もなく床に押さえ付けられた。
このような事自体は、法正にとってはそう珍しくもない。
恨みを買う性格な分、言われもない当て付けで嫌がらせも数知れずされてきた。
普段ならば好き勝手にさせた後に何倍にも返してやるのだが、今は勝手が違う。
じきに、徐庶が帰ってくる。

「良い眺めだな、法正よ」
「貴様…この俺に喧嘩を売るとは余程気が違ったんだな、今なら許してやらん事もないぞ」
「例の倍返しの報復か。そんなもの、出来んようにすればよいだけの事」
「なんだと?」

含み笑いを浮かべる文官に気を取られていた傍ら、法正を抑えつけていた兵の手が何やら不穏な動きをしている事に気付く。
衣服を割り、肌を這うような動作に喉がひくつく。

「ただ殴るだけでは能がない。ならば、姦悪ならば姦悪らしく扱ってやろう」
「っ、このような事をして、皆に知れたらどうなるか」
「さあ。ただ言える事は、貴様が暴漢にいたぶられようが、女のように犯されようが、文句を言う者は臣下の中ではおらんという事だ」

劉備殿以外からは、要らぬと言われているようなものよ。
文官のその言葉に法正は頭がかっと熱くなり、兵を振り払おうとするが流石に三人相手には分が悪い。
いつの間にか縄で封じられ、辛うじて動く首を動かして目の前に立つ文官を睨み付ける事しかできない。
ここで叫んだとしても、人払いもされているだろうと言うことは明らかだった。
こういう輩は、妙な事だけは頭が回る。

「さあ、観念されよ。お前達、好きにしろ」

兵は何も言わず、法正の衣服を脱がすどころか裂き始める。
どうせされるのならば早く終わる方がいい。
法正は、せめて徐庶が早く戻って来ないことを祈った。



随分と遅くなってしまった。
普段の服以外は寝間着か正装しか所有していなかった徐庶は、侍女に言って安くても構わないから上着だけでも、と城下に買いに行かせたのだが、なかなか戻ってこず。
暫くして戻ってきた侍女の手には、普段着ている外套と似たような外套が収められていた。
徐庶様にはこれじゃないと、と得意げに笑った侍女は可愛らしいとは思ったが、正直時間が掛かりすぎて法正に叱られるのではないかと気が気でなかった。
すっかり昼を跨いでしまい、橋に関する書が間に合わず後で孔明に叱られるのだろうなあ、と思いながら書庫へ向かう。

「…そういえば、書庫には裏口もあったな」

書庫はかなり広い。
入口から入って奥の方まで行くには少しばかり時間がかかる上に保管されている書も多く、手間を省くために裏口が作られていた。
それをふと思い出した徐庶は、裏口の方から入ろうと進路を変える。
裏口から入った方が、作業机にも近いからだ。
法正は怒っているだろうか。

「うう…法正殿、怒ったら怖いんだよなあ…何をされるかわからないし」

思わず逃げ出したくなるが、仕事を手伝って貰っている以上帰らないわけにはいかない。
徐庶は少し気が重くなりながら、書庫の裏口の小さな引き戸を開ける。
裏口の方は窓があるとはいえ、薄暗くて埃っぽい。
戸を閉めて足を進めると、何か物音がした。
法正だろうか。

「……、た…」
「き……てないぞ」

複数の声が聞こえる。
自分の他にも奥の方まで書を探しに来る人がいるんだな、と徐庶は考えながら、作業机を目指す。
正面の入り口に向かい、棚の突き当たりを曲がろうとした。
が。

「うわっ!」
「っ、徐庶…!ええい、やってしまえ!」

曲がる寸前、何か光るものが徐庶の胴あたりを掠めた。
それを寸手のところでかわし、相手を見ると先程書庫の入口で話していた文官の一人だった。

「な、何をするんだ!」
「うるさい、お前も法正と同じようにしてやる!」
「法正殿!?」

奥の方から体格のいい兵が三人現れ、刀を手にして徐庶の前に立ち塞がる。
生憎今は武器を持っておらず不利そのものだが、徐庶はそんな事よりも得も言われぬ怒りのようなものを感じていた。
今まで生きてきた中で怒る事などは皆無であったが、法正の身に何かあったのだと思うと頭に血が上ったかのように熱くなった。
徐庶は斬りかかってくる兵の刀を握る手を横から蹴っていなすと、手から離れた刀を奪ってそのまま斬り付けた。
ぐえ、と言う言葉を最後に床に倒れる兵を踏み、そのまま残りの二人も頸椎と背中を斬り伏せる。
護身程度の体術しか教わっていない法正とは違い、長年撃剣で鍛えてきた徐庶は並の兵などでは歯が立たない程の身体能力を身に付けていた。
一瞬で手下の兵が倒され、文官が尻尾を丸めた犬のようにその場から逃げていく。

「…ゆるさない」

背を見せて廊下を走って逃げる文官を、戦場の敵将を捉えた目で見る。
すう、と頭の芯が冷え切り、徐庶は走り出す。
法正を傷付けた者は全て、許すことなど出来ない。

「やめろ!」

低く、唸るような声だった。
それに体をびくつかせた徐庶は、握っていた刀を落とした。
声のした方を見ると、机に寄りかかって憔悴しきった法正が居た。
彼によく似合っていた黒と萌葱色の外套も、内に着ていた浅葱色の着物も、見るも無惨な姿になっている。
法正本人は、更に。
徐庶は走り去る文官に目もくれず、法正に駆け寄った。

「法正殿!ほ、ほうせいどの…!」
「…やかましい、触るな」
「ほうせいどの、すみません、おれ、俺が来るのが、遅かったから」
「……」
「あなたに仕事なんかたのんだから、ごめんなさい、ほうせいどの、ごめんなさい」
「…徐庶」
「うう…だからおれは、いつも、だめなんだ…大事な人も守れないで、ほうせいどの…っ」
「ああー、わかったから、泣くな。うっとおしい」
「うえぇっ」

ぎゅ、と頬を抓られて、変な声が出た。
ぼろぼろと目から溢れ出る涙の向こうで、法正が何故か困ったような、泣きそうな顔をしているように見える。
徐庶がその痛ましい姿に何も言えずにいると、法正は向かい合った徐庶の右肩にゆっくりと頭を乗せた。
法正の髪が肩に流れると同時に首飾りがから、と鳴り、それが更に弱々しく見え、徐庶は思わず法正の背に腕を回す。

「全く…遅れてきやがって…何回やられたと思ってやがる、俺はまさに満身創痍だ」
「ごめんなさい…うう」
「…見られたくない所ばかり見られて、もう隠すことがなくなっちまっただろ、馬鹿野郎」
「う、う…?ほうせいどの、すみません、ごめんなさい」
「……、徐庶、こっち向け」
「え、…っ」

半ば反射的に法正の方を向けば、普段髪に隠れてその間からしか見えない右目が徐庶を見ており、それを眺めていると急に近付いてきて。
唇に何かが押し当てられたかと思うと、また髪の間から右目がこちらを見ていた。

「…、はは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだな」

肩を揺らし、目を細めながら声を出して笑う法正は初めて見たように思う。
無邪気な顔を見せる法正に、徐庶は心蔵を掴まれたような感情を抱いた。
たまらなくなった手が、法正の頬を撫でる。
法正がそれを理解したかのように細めた目で徐庶を見る。
ああ、この人は。

「……ふ、思った通り、お前はいい性格だ」



幸を成す
(俺の目に狂いはなかった)





全く、この男は。

「…あの、先程はすみません、つい…」
「何が」
「く、口吸いしてしまって…っ」
「……つくづく馬鹿だな、お前」
「えっ…」

身を清めるのに湯殿に運ばれたはいいが、先程から謝られ通しで正直うっとおしい。
心配なのか着衣のまま湯に入らずに法正が湯に浸かるさまを見ている。
何故か正座で。

「前々からしたくて仕方なかったくせに、今更生娘みたいな反応をするな。せっかく俺からしてやったのに」
「う…す、すみません、って、気付かれていたのですか!?」
「あれだけ見られてりゃ誰でもわかる。あと、もう謝らんでいい」
「ええ…、す、すみま」
「やかましい!」
「ひいいっ」

腹が立ったので湯殿の湯を引っかけてやると、濡れてしょぼくれた犬のようで面白かった。


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