※緑川と杉江は同居中
ぼふ。
後ろからきた衝撃に顔を向けると、栗色の髪が目に入ってきた。
俺より細い腕を体に絡めてきて、背中に頬を擦り付けられる。
二歳年上のこの人は、実は相当寂しがりやだ。
だから今日もこの家にいるし、こうして俺に甘えている。
この人は甘えてきても、何もしないほうがいい。
くっついている人をそのままに、読んでいた雑誌の続きを読むと満足しているのかにひ、と笑った。
「ただいまー」
「あぁ、お帰り」
「おかえりー」
「あ、達海さんもいる。いらっしゃい。緑川さんの背中、あったかいですよね」
「あったかいーいいにおいー」
「おいおい、年上と思えねえな」
「たった2コじゃん」
笑いながら言い合う俺達を見て、家では勇と呼んでいるチームメイトの杉江勇作はくすくす笑いながら台所へ向かう。
俺と杉江は、いわゆる恋人という間柄だ。
手も繋ぐし、キスもするし、床も一緒につく仲で、なかなか充実している。
そんな俺達にのそのそと近付いてきたのは、監督の達海さんだった。
まあ、ちょっと人気のないところで杉江とキスしていたら達海さんにちゃっかり見られたわけなんだが。
選手同士で恋愛は御法度ではないが、その前に男同士なわけで。
何かしら反対されるかと思ったが、達海さんは特に気にする様子もなく、俺達に接してくれている。
むしろ俺、時には杉江にくっついて甘えてくるようになった。
今ではこうして、同居している家に度々上がり込んでは大抵どっちかにくっついている。
「いいにおい…どりいいにおい……」
「はは、勇が選んだ洗剤のお陰かな」
「すぎぃ…はぁ…」
「達海さん、緑川さんにくっつくといつもでろでろですね」
「俺はマタタビかい」
「まあ、達海さんほぼ毎日居着いてるし、言われてみれば猫みたいかも」
「俺は猫じゃないにゃん」
「もううちで飼うか、勇」
「いいですね」
杉江はそう言うと、台所から歩いてきて背中にくっついた達海さんを剥がし、胡座をかいていた俺の膝に座らせた。
すると達海さんはまた背中を丸めて甘えるように俺の体に収まる。
本当に猫みたいだ。
杉江はそれを見て満足したのか、また台所に戻っていった。
んー、と言ってうとうとしている達海さんが可愛くて頭を撫でてやれば、本当に耳と尻尾が生えるんじゃないかと思ってしまう。
生えてもきっと可愛いんだろうな、と思ってしまうあたりいろいろ末期だ。
「…どり、」
「はい?」
「緑川と杉江がよければ、俺、飼われてやってもいーよ」
「おや、いいんですか」
「…でも、邪魔なら止めた方がいいと思う」
きっと俺、いい年こいてお前らに甘えちゃうから。
杉江に聞こえないように、ぽそりと呟く。
やはり気にしてはいたのか。
ばつが悪そうな顔をして途端に黙る達海さんは、寂しげに見えた。
ゆるく頭を撫でてやりながらあやすように抱きしめてやると、達海さんは驚いたのか目を丸くしている。
「達海さん、俺達はあんたに感謝してるんですよ」
「え」
「正直ね、見られた時選手生命終わったな、って思ったんですよ。俺も勇も」
「…そんなひでえ男に見えるわけ?」
「まああの頃は監督に就任してから日が浅かったし、以前会っていたとはいえ信用しきれていないのはありましたね」
「ひでー!ちょっとゆーちゃん聞いた!?緑川ひでえの!」
「え、なんですか?ちょっと今、手離せないんで…、わっ」
「緑川が俺のこと信用してないって!」
達海さんが俺から離れて杉江に逃げていく。
そのまま杉江の腰に抱きついてしまって、杉江は不思議そうに料理の手を止めて達海を見ている。
ああ、この組み合わせも可愛いな。
とぼんやり考えていたら、達海さんが恨めしそうにこっちを見ていて思わず吹き出してしまった。
「え、緑川さんが?」
「前だよ、前。今は信用してますよちゃんと」
「だそうですよ」
「むーうぅ……」
「勇もそうだろ」
「もちろん」
「…マジ?」
「なあ勇、達海さんがここに住みたいって」
「え、本当ですか?」
「ちょ、緑川…」
さっきの叱られたような顔をして、杉江をじっと見る。
杉江も杉江で、達海さんの事は悪く思っていないはずだ。
しばらく考えていたようだった杉江は止まっていた手を動かすと、そうですね、と言って続ける。
「達海さんこそいいんですか?俺達普通にいちゃいちゃしますよ」
「えっ」
「ああ、するな。夜とかな」
「ん…む、むぅ…」
「達海さんの目の前で」
「やりますよ?」
「うっ…ま、マジで…?」
「…ぷっ、そんなこの世の終わりみたいな顔しないで下さいよ。大丈夫ですよ、住むなら住むでちゃんと部屋作りますから」
達海さんは可愛いな、なんて笑いながらフライパンを振ってチキンライスを混ぜる杉江に、達海さんは恥ずかしかったのか杉江の背中に顔を埋めている。
サドカップル、なんて悪態をつきつつ心なしか嬉しそうなのは、快諾を得たからだろう。
立ち上がってくっついたままの二人に近付き、達海さんの後ろからそっと抱きつくと、達海さんはまた驚いたようだった。
杉江も杉江でこれは予想外だったらしく、俺の顔を見る。
「何なら達海さんが間に入ってもいいんじゃないかと思ってな」
「動きづらいんですけど」
「まあまあお気にせず。達海さんもでろでろだし」
「え」
「はぁ…どりとすぎいいにおい…はあぁ…あったかいー…どりすぎさんど…」
「年上とは思えませんね。俺達そんなに達海さんを魅了する何かがあるのかな」
「あるのかもな、マタタビ効果」
小さく笑う杉江の顔をこちらに向かせて、でろでろになった達海さんに見えないように軽く唇を奪ってやる。
すると、今度は杉江が恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
達海さんがなにー?と間延びした声で聞いてきたから、達海さんにもしてあげましょうか、と聞いたら杉江に回していた手を抓られた。
どうやら嫉妬なんかではなく、達海さんは不可侵対象らしい。
「けち」
「達海さんは普通の人なんですから」
「…猫にはするだろ」
「にゃー?」
「達海さんやたら可愛いのでやめてください」
「俺は緑川とも杉江ともちゅーしていーよ。にひひ」
「え、達海さん?」
「だって俺、緑川も杉江も好きだもん。お前らにあてられたみたい」
そう言って達海さんは振り向くと、俺の口に、杉江には背伸びして耳に口付けた。
突然の攻撃に杉江がうわ、と驚く。
してやったり、と言わんばかりににんまり笑い、達海さんは更に杉江に抱き付いた。
杉江は動揺しているのか、おぼつかない手つきで焼いた卵を皿に乗せている。
今日の飯は、オムライスか。
俺が一番好きな飯で、確か達海さんも好きだったはずだ。
そして、杉江も。
達海さんは出来上がったオムライスを見て嬉しそうに笑い、杉江もはにかんだ笑顔を見せた。
オムライス
(結局みんな一番好き)
「これからはおホモだちってやつだな!よろしく!」
「…どこで覚えたんですかそれ」
「丹波とかが言ってた」
「あぁ…」
いつか続き?も書きたい