完全捏造です



意外な人に、意外な特技。
よくある話ではあるが、今回は特に驚いた。

「椿ー、髪伸びたなあ」
「あ、そっすか?…確かに伸びたかな…前髪とか。でも切りに行く機会とかないんですよね」

練習は毎日のようにあるし、たまのオフは家事や借りた(先輩達に押し付けられたにも等しい)DVDやゲームを消化するのに忙しい。
そもそも床屋も詳しくはないからどこにあるとかどこがいいのかとかもわからない。
ロッカーで着替えながら世良とそんな会話をしていると、背中から声が降ってきた。

「ん、椿、髪切りたいのか?」
「うわぁあっ!…あ…、杉江さん…」
「あ、驚いた?ごめんな」
「椿はすぐビクビクするよなー」
「す、すみません…。え、えと…髪…?」
「うん。髪切る時間ないんだったら、俺が切ってやろうか」




なんですと?


思わず、ロッカーの空気が静まり返る。
普段自分から何をしたい、何をしよう、とサッカー以外ではあまり口を挟まない杉江が、椿の髪を切りたいと。
珍しく声を掛けられた椿は口ごもってしまい、周りも杉江の言葉にこれからの顛末が気になっているようだ。

「あ、俺ね、一応美容師免許持ってるから、椿に時間がないならぱぱっと切ってあげようかなって思っただけなんだ。必要ないならいいけど」
「えーっ!杉江さん美容師なんすか!?それすごくないすか!?」
「いや…実家が美容院でね、半ば無理やり取らされただけなんだよ。うん。だからそんなに大層なもんでも…」
「そんな事ないっすよー!仮にサッカー辞めたとしてもそれで食っていけるじゃないですかー!いいなーうらやましー!」
「…世良、俺は別にいいけどそんな風に言ったらまた…」
「え?」
「コラ世良ァ!てめぇ何失礼な事ばっかり抜かしてんだ!殺すぞ!」
「ひいいっまたやっちまった!すんません!堺さん殺さないで殴らないで痛い!あっ痛、痛い!」

しきりに謝りながらロッカーから逃げる世良に対し、鬼の形相の堺は杉江に謝れクズだのかなり酷い事を口走りながらそのまま追いかけていった。
なんとまあ、堺も毎日飽きもせず世良に付き合えるものだ、と杉江は考えながら椿に向き直る。
椿も世良と堺の騒動に目を丸くしていたが、杉江が椿を見ると椿も何故か緊張して杉江を見上げた。

「で、どうせ床屋に行くなら金は浮くと思うけど」
「あ、そ、そうですね…じゃあ、お願いできますか」
「わかった。じゃあ、明日の練習は昼までだから、昼から切ってやるよ」
「う、あ、は、はい、お願いします!」
「あ痛っ!」

椿が思い切り頭を下げたせいで杉江の体に頭突きが決まり、受けた杉江も頭を下げた椿もうずくまってしまい、周りから世良と堺みたいだな、と笑われてしまった。




その翌日。
昼までの練習が終わり、そわそわしている椿に杉江が話しかけると、またうわぁ!と声を上げて驚いた。
そんな椿に苦笑しながらそんなに緊張しなくても、と言えば、まだ緊張しているのか大きく頷く。

「鋏は持ってきたから、適当にロッカーででもいいだろ」
「あ、は、はい」
「杉江ー、ほんとに髪切んの?俺にも見せてよ」
「石神さん。いいですよ、別に」
「俺も見てみたいな。杉江が何かするなんて滅多に見られるもんじゃないし」
「え、ど、緑川さんも?別に大したもんじゃないですよ」
「スギィがバッキーのヘアメイクをするって聞いたんだけど、本当かい?僕も少し興味があるよ」
「…いや、いいけど…他人に興味持つなんて珍しいな、ジーノ」

椿の髪を少し切るだけだと言うのに、ロッカーから人がいなくなる気配がない。
椿も椿でまさかこんなに目立つ事になるとは思わず、おろおろとしている。
結局見せ物のように椿は中央のベンチに座らされ、その背後に杉江が立ち、周りにはまだかまだかと待っている人に囲まれてしまった。
なぜこんなことになったのか理解に苦しむが、杉江は手際よく持参したケープを巻いて椿の頭を櫛で解かし始めた。

「椿の髪、綺麗だなあ」
「え、あ、は、ありがとう、ございます」
「今まで染めた事ないだろ」
「は、はい」
「ちょっと濡らすからな」

しゅ、と傍らに用意していた霧吹きで髪を気持ち濡らすと、椿はまた声を上げて驚き、めんどくさいやつだなあ、と周りから笑いが起こる。
恥ずかしそうに俯く椿に、杉江は頭を上げるように注文しつつ、鋏を取り出して椿の髪を切り始めた。
しょきしょき、と鋏の刃が合わさる独特の音がロッカーに響く。

「はー、杉江さん凄いっすねー。めっちゃ手際いい」
「はは、ありがとう世良。でもあんまり褒められると手元が狂ってハゲになっちゃうかもな」
「えー!?」
「こら椿、動かない」
「いっそ黒田みたくさっぱりしたらどうだ?威厳が出るかもしれないぞ」
「ど、緑川さんまで!やめてくださいよー!」
「はいはい。ちなみに黒田の頭はいつも俺が刈ってます」
「自分でしたらいいのに、ハゲくらい」
「誰がハゲだ、バカさき君」

またも戦争が勃発しそうな二人を後目に、杉江は前に回って前髪に手を伸ばす。
驚いた椿が慌てて目をつぶると、杉江は笑いながらまた鋏を動かした。
切っては整え、切っては整えの作業に、なんだかくすぐったく感じてしまう。

「はい、終わり。お疲れ様」
「はあ…ありがとうございました」
「はい鏡。後ろもこんな感じ」


椿に持たせた鏡に映るように後頭部からも鏡で映すと、椿は目を輝かせてあっちこっち角度を変えている。
周りにいた人達も感嘆の声を出し、杉江の仕事ぶりに驚いたようだ。

「さすがにシャンプーはできないから、シャワーでも浴びて切った髪を流してくれ」
「わあ…本当にありがとうございます、杉江さん。凄いなあ…」
「…なあ、杉江。染めたりとかは?」
「一通りなら何でも出来ますよ。堺さんは明るくてちょっと難しいけど、道具があれば…」
「じゃあ、僕からシャンプー台をプレゼントすれば、僕のヘアートリートメントもして貰えるのかな」
「えっ」
「髪もいいが、俺は髭を剃って貰いたいな。あれは理容師だったか?」
「いや、理容師も取ったんでまあ…え、でも…」
「俺も!俺も杉江さんに切って貰いてぇっす!」

一人が口火を切ると、俺も俺も、と次々と杉江に注文が殺到する。
参ったなあ、なんて困った顔をする杉江に、椿は自分はとんでもないことを言い出してしまったかもしれない、と人知れず背中に冷たい汗が伝った。



familiar parlar
(身近なお店)



「俺も切って貰っちゃおーかなー。にひひっ」
「監督もっすか…」





完全捏造です
ひょっとしたら続く


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