台詞での名字呼びはあだ名で呼んでます
愛され杉江





「みなさーんっ休憩ですよーっ」

彼女特有の可愛らしい声が練習場内に響き渡った。
それを聞いた選手達が返事をし、近頃寒くなってきた風を受けながら温かいコーヒーを用意した有里のもとに集まってくる。
さんみー!とあからさまに寒さに不満をぼやいていた世良や丹波は我先にとコーヒーを手に入れ、暖を取ろうとしていた。
それを見た堺が叱咤すると、世良はうひゃあ!とか何とか言いながら一番近くにいた選手の後ろに隠れてしまった。
世良はほかの選手より、背が低い。
ちゃっかりコーヒーを持って世良に盾にされた選手は、選手の中でも背が高い部類に属される人物で、世良は頭すら見えていない。
世良が見上げてみると、ゼッケンには3という字が書かれていた。

「あっ杉江さん!どうりででかいと!」
「あぁ?杉江、お前世良につくつもりかコラ」
「まさか。俺だって堺さんに怒鳴られたくないですよ。と言うわけで」
「よっ避けないで下さいよ!杉江さんの鬼畜!」
「…えー…世良、それ堺さんに対しても酷くないか?」
「えっ」
「ほー、避けただけで杉江を鬼畜呼ばわりするなら目の前に居る俺は何なんだ?」
「…あっ」

物凄い怒号も、毎日のように聞いていれば自然と慣れる。
杉江は誤解っす!と叫びながら逃げる世良の声を聞きながら有里からコーヒーを受け取り、空いているベンチに腰掛けた。
手に持つと少し熱く、コーヒーから発する熱がじんわりと手のひらに広がる。
あまり熱さに強くはない杉江は長袖の端を気持ち長く伸ばすと、両手で挟むようにして息をかけ、コーヒーを少し冷ましてから口にした。
それを見ていたのか、へー、と言いながらのたのたと選手が一人、杉江に近付いてくる。
かなりマイペースであるが、同じディフェンスを受け持っている石神である。

「杉江って猫舌?」
「あ、はい。昔からですね」
「ふーん。舌火傷しちゃうとさ、もの食う時不便だよな」
「そうですね」
「俺もさー、前に口内炎できたとき、もの食うのも億劫になっちゃってさ。何にも食いたくなくなっちゃうよな」
「…口内炎は、嫌ですね」

独特のどこかずれた話題を持ち出してくる石神の話をそれとなく相槌をうち、前に立つ石神を見上げる。
すると、視界の隅からひょいっと跳ねた髪を揺らせながら現れた。
石神の肩を組んでコーヒーを啜るさまは、石神との仲の良さが充分にわかる。

「あ、丹波さん」
「杉江ー、それかわいいな!」
「…は?」

丹波は持ち前の明るい笑顔を振りまきながら、座った杉江に対してそう言った。
言われた本人は意味が分からずに目を丸くして寒さを紛らわすように寄り添っている二人を見る。

「な、石神。だから話しかけたんだろ」
「ん、そう。まるで女子高生みたいで」
「は?」
「なーっ堺、お前もそう思うだろ」
「あぁ?」
「堺さん痛いっす!首根っこは痛いっす!俺猫じゃねー!」

文字通り世良の首根っこを掴み上げて、堺がこちらをじっとりと見る。
世良に制裁を与えるのに集中していたのか、あまり興味はないようだが。
と、首根っこを掴まれて爪先立ちになっていた世良が杉江を見て何故か目を輝かせた。

「す、杉江さん…それ、」
「え?な、何」
「よそ見すんな世良ァ!」
「ひーっ!だって杉江さんでかいのに女の子みたいに指ちょこっと出してるのがかわいいとか!あっいや俺そんな気はないっすけど痛っ痛い痛い!」

…指?
杉江が改めてコーヒーを持つ自分の手を見てみると、確かに熱さから逃れるために袖を伸ばしているが、指は入りきらずに少し出ている。
しかしそれが女子高生やらかわいいやら例えられて、杉江は腑に落ちない。
ただでさえ180cmを越えている男に対して、そのような例えは如何なものか。
少し眉間にしわを寄せて近くにいる二人を見れば、うんうんと頷いて杉江を挟むようにベンチに座った。
右には石神、左には丹波。
正直言って、このコンビにはあまり絡まれたくはない。

「杉江って、でかいじゃん」
「そうそう。でかいじゃん」
「いやあの、何が…」
「だから、でかい奴がそうやってるとさ、かわいく見えるんだよ」
「うん、かわいい。今日石神さんちに誘いたいぐらい」
「うわ、それはさすがに引くわー。石神が言うと冗談に聞こえないし。あ、丹波さんちでもいいのよ」
「……いや、行きません、けど…」
「じゃあ杉江んちだったらいい?」
「いや、あの…嫌です」
「杉江はわがままだなー」
「…えぇ…」

ずいずいと間を詰めてくる先輩二人を拒否することもできず、大きい体が挟まれていく。
なぜこうなってしまったのだろう、とぼんやり客観的に考えている間にも、石神と丹波は杉江を挟んでやっぱり女子高生みたいだとか、杉江はあったかいだとか、コーヒーうまいなとか色々話をしていた。
そうこうしているうちにコーヒーもだいぶ冷めてきている。
袖を元に戻すと両隣から悲嘆の声が聞こえたが杉江は無視を決め込む。
それでもなおぎゅうぎゅうと暖を取り始める二人に、どうやってこの状況から逃ようか、と杉江が考えていると。

「おい、杉江!早く飲んじまえよ、練習すっぞ」
「あ、ああ…悪い、黒田」
「えー、杉江あったかいのにー」
「すぎたんぽ取らないでよー」
「先輩たちたるんでますよ!俺なんて半袖すよ!半袖!」
「いや、俺としてはお前が信じられないけどな…じゃあ、行こうか」
「あー、すぎたんぽがー」
「おら石神!丹波!俺らも練習すんだよ!さっさと来い!」

耳につく堺の怒鳴り声に、杉江はとばっちりを食らわないように足早に黒田と共にその場を離れた。
まだ文句をぽつぽつ零す石神と丹波だったが、堺にこれ以上怒鳴られるのも嫌なのかはいはい、と適当に返事をするとベンチから立ち上がって堺の方へと歩き出す。
堺の足元に世良がうつ伏せで倒れているのは、見なかった事にした。




「ありがとな、黒田」
「あぁ?」
「助けてくれたんだろ?」
「バカ、練習したかっただけだよ。若手にポジション取られるのは嫌だからな!」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
「なんだその顔!杉江の癖に生意気だぞ!」
「はいはい」




杉江にくっつくとあったかそう
萌え袖はロマン


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