少しえろ
『たいが』
またこの夢か。
いやらしい顔をして衣服を乱し、舌っ足らずな言葉で甘く呼ばれる夢。
原因は分かっていた。
どうしようもない二十五年という長い間の収監、禁欲生活。
その溜まりに溜まった欲を解放できるであろう相手が、つい最近出来たのだ。
相手は男、出会ってから1ヶ月も経っていない。
それも、相手は亡き妹を愛し、そして妹も男を愛していたという。
なんとも不運な、それでいて奇妙な巡り合わせなのだろうか。
『すきだよ、たいが』
男が妖艶な笑みを浮かべ、綺麗な形をした脚を開く。
触れてみると、やはり脚力はしっかりとついているようで、しなやかな筋肉が指を押し返す。
やわらかい内股に手のひらを這わせれば、男は甘い息を吐く。
『…たいが、』
腕を広げて誘われるまま、自分より鍛えられていない細い体を抱きしめた。
愛情ジレンマ
「…なんやっちゅうねん」
目を開けると、見慣れた天井が見えた。
髪に覆われた首がじっとりと汗で湿って気持ち悪い。
冴島は起き上がって軽く頭を振ると、気を静めるために煙草をくわえた。
火をつけて煙を吸うと、不思議と頭が冴えてくる。
秋山が冴島に告白したのはつい一週間程前だ。
妹の靖子に惚れ、だが出会って二週間も経たずに別れが訪れてしまった。
秋山は人知れず傷付いていた。
表面ではいつもの飄々とした態度であったが、気を遣った冴島が飲みに誘うと決まって靖子を思い出し、そして泣いた。
それほど本気だったのだろう。
冴島も下手に何も言えず、ただもたれ掛かってきた肩を抱いていたり、頭を撫でたりする事しか出来なかった。
そうやって冴島の時間が空く度に二人で盃を重ねていたのだが。
そしてある日、いつものように冴島にもたれかかる際、秋山は触れる程度のキスをした。
好きです、と呟きながら再び唇を合わせられると、ひどく甘い味がしたような気がして、冴島は黙ってそれを受けた。
それからは秋山の家に行っては手料理を振る舞われたり(意外と家庭料理程度は問題なく作れるらしい)、体を寄せ合って甘い言葉を囁かれたり、まあそれなりに恋人らしい時間を過ごした。
ただ、まだお互い男同士ということに慣れていないせいか、キスは出来ても一線を越える事はなかなか困難で。
秋山はそれらしい素振りを見せてはいるのだが、冴島はどうすればいいのかわからない不安と、秋山を大事にしたい一心でついはぐらかしたりしてしまう。
そんな冴島の想いも知っているからこそ、秋山もゆっくり仲良くなれればいいんです、と敢えて急かすことはなかった。
秋山は、男の冴島から見ても人を気遣う事ができる、いい男だった。
友人としても、恋人としても、どちらの秋山もきれいな人間であった。
冴島は、そんなきれいな秋山を乱暴に暴く事が恐ろしかったのだ。
好いてくれている秋山ならば、という気も確かにあるが、何より二十五年分の性欲の捌け口にしてしまいそうで。
怖がらせる事は絶対にしたくなかった。
そんな理由から、冴島は秋山を抱く事をせず、こうして度々官能的な夢を見て苦しんでいる。
「…俺が我慢したらええねん、あほくさ。寝よ」
こんな気分は初めて女が出来た時以来で、50近い親父が考える事ではない。
冴島は煙草をシンクに捨てると、布団に潜って自分の奥手さに呆れながら目を閉じた。
「なんや兄弟、ごっついクマできてんで。わしとお揃いかぁ、きしょいわぁ」
「ほっとけ」
「お盛んやのう」
「あ?」
「なんせ二十五年間豚箱やったもんなー。溜まっとるもんもそう簡単には収まらんやろいでっ!」
冴島の事務所に遊びに来た真島にアルミの灰皿を投げつけると、真島は待っていたかのようにドスを抜き、なにすんねや、と下品な笑いを浮かべながら飛びかかって来る。
喧嘩しか頭にないのか、この男は。
二十五年前と変わらない質に少し頭が痛くなるが、冴島は真島のドスをかわすと、カウンターで力いっぱいその横っ面を張り飛ばした。
吹っ飛ばされた真島が組長室のドアに当たり、うずくまっているとドアを開けようとしたのかノブがガチャガチャと回されて。
真島はそれにさえ邪魔をされたと怒り、思い切りドアを蹴った。
「なんや、邪魔すんなや!お前も刻んだろかい!」
「おぉ、開いた。誰もいないから勝手に上がっちゃった。あ、真島さんどうも」
「……誰や」
なんというタイミングで、と冴島は密かに焦った。
事務所に現れたのは、秋山だった。
いつものようにへらり、とした笑顔を浮かべ、組長であるにも関わらず真島に軽く頭を下げて挨拶をした。
「…あぁ、キャバしとる金貸しやないか。なんや、金借りとるんか、兄弟」
「アホ、そんなわけないやろが。…よう来たな」
「来るときにスイカが安かったんで、買ってきました。組の皆さんとどうぞ。真島さんもよかったら」
「スイカかぁ、ええなぁ。わし好きやねん、呼ばれよかなぁ、かまんかなぁ」
「ええ、どうぞ」
「ひひっ、ええ兄ちゃんやんか。よっしゃ、スイカやでえ」
先程の怒りはどこへやら、真島はすっかり秋山、というよりスイカで機嫌を直したようで。
秋山が流し台借りますね、と言ってスイカを切りに行くと、真島はうまくもない鼻歌を歌いながら来客用のソファーに寝そべった。
頭にまだ灰が残っているが、敢えて言わない方がいいだろう。
冴島はそう判断して真島と対面しているソファーに座り、煙草に火をつけた。
「自分、昔からスイカ好きやのう」
「うまいやんけ。なんや、兄弟は嫌いなんか?」
「嫌いなわけないやろ。あん時も食ったな、と思い出しただけや」
「…せやな、食ったな」
「二十五年か…俺らも老けたのう」
「ひひっ、わしは後百年は生きんで。お前は死ぬけどな」
「アホ言うなや、俺は二百年生きたるわ」
「ほならわしは三百や」
「…もうそれでええ」
「あ、なんやその付き合ってられんみたいな顔。兄弟ノリ悪いで」
「あんなぁ、」
冴島が冷静に突っ込みを入れようとした瞬間、秋山が三角に切り揃えたスイカを皿に乗せて持ってきた。
スイカを見てはしゃぐ真島(もうすでに到着と共に食っていた)とは裏腹に、秋山はどこか寂しげな顔をしてスイカを見つめていて。
その表情はすぐに変わってしまったが、冴島は見逃さなかった。
「秋山、」
「何?」
「…いや、スイカ、おおきに」
「安かったんで、気にしないで下さい。おっ、うまいですよ、冴島さんも、はい」
「お、おお。……うん、うまいわ」
「よかった」
普段どおりに笑いながらスイカを食べる秋山の頭を何気なしに撫でると、少しはにかんだように頬を赤らめた。
先程の表情は気になるが、今こうして嬉しそうにスイカを頬張っている姿を見ると、少し安心する。
胸が温かくなるのを感じながら秋山を見ていた冴島だったが、スイカをあらかた平らげた真島がにやにやしながら冴島と秋山を見比べている事に気付いた。
高価そうなテーブルにはスイカの果汁と種が無残にも散乱している。
「いやあ、なんやそういう事かいな」
「……」
「自分ら付き合ってんねやろ。いや、何も言わんでええ、兄弟のおんなやったんやなお前」
「お、おんなって…まぁ、そうですけど」
「おい、秋山…」
「なあ金貸し、兄弟のあれ、ものごっついやろ?ちゃんと入ったんか」
「は、あれ、って」
「あれ言うたらあれやて。ちん」
「このボケが!帰れ!」
真島が言い終わる前に冴島が真島の首根っこを掴み、既にがたついているドアを開けて真島を放り出してしまった。
拒絶するように思い切り閉めると、真島はさも楽しそうに笑いながら帰って行った。
なんだか微妙な空気になってしまい、少し気まずい。
冴島は秋山の隣に座ると真島の非を詫びて頭を撫でた。
すると秋山は手に持ったスイカを食べながら、またあの寂しそうな顔を見せた。
「…大丈夫か?暑いんか」
「いや、うん…大丈夫」
「ほうか、なんかあったら何でも言うんやで」
「…冴島さん、真島さんと仲がいいから…ちょっと、妬いちゃった。兄弟って分かってるのに」
「…せやったか、そら悪い事したな」
「面倒くさい奴でごめんね」
「そないな事ない、ちゃんと気い付けるわ」
「…冴島さん」
スイカを食べ終わった秋山が、甘えるように冴島に抱き付いてきた。
秋山は人がいなくなると、よくこうして全身で甘えてくる。
ぎゅう、と首に腕を回し、膝に乗るように座る。
正直冴島にとっては生殺し状態に近いのだが、そこは鋼鉄の理性でどうにか毎回耐えていた。
まるで猫かなにかの動物のように体を擦り寄せてくるものだから、冴島は必死で性欲を抑え込んで愛護欲を全面に出す努力をする。
二十五年も耐えてきたのだ、これからもきっと。
「ねえ」
「あ、あ?」
「さえじまさん、これから誰かくる?」
「え、あぁ…夕方になったら城戸ちゃん帰ってくるぐらいやと思うけど」
「ふうん…。あと二時間くらい?」
「せや、けど…?」
「…ねえ、」
秋山が熱い息を吐くように呟く。
冴島はぎょっ、として秋山を離そうとしたが、その前にねっとりとキスされてしまい、動けなくなってしまった。
舌を絡められて痺れる快感に息が荒くなり、つい反応してしまうと、秋山は嬉しそうに鼻で笑う。
隙間がなくなるほど体を密着されたかと思えば、冴島の固い腹に股間を擦り付けている。
秋山の芯は既に硬くなっていて、冴島は背中に冷たいものが走ったような気がした。
「や、やめえ、秋山」
「ん…ど、して?」
「誰が来るかも分からへんのに」
「見せ付ければいいじゃない」
冴島の少し髭が生えた顎を舌先で舐め、手はすっかり着ることに慣れたスーツとシャツのボタンを外しにかかっていた。
焦る冴島をよそに秋山は潤んだ目で体をずらし、冴島の立てた膝にまた股間を擦り付けている。
小さく喘ぐ秋山から目を逸らせずに見ていると、秋山はとろけた目線で冴島を見た。
綺麗な形の指が晒け出された見事な腹筋を優しくなぞっていく。
「ごめんね、もう、我慢できないんだ」
「あ、秋山」
「冴島さん、の…大きくても頑張る…痛くても構わない、から」
「アホ言うなや、落ち着くんや」
「毎日、夢に見る…冴島さん…大河の、これ…ここに、」
「あ、秋山」
「たいが」
まるであの夢に出てくる秋山のように、目の前にいる秋山は淫靡な表情で自らの衣服を脱いでいく。
女より太く、冴島より細い指が冴島の膨らみ始めた熱い塊に辿り着いて。
冴島は、秋山の体を引き寄せた。
「…今戻りましたー。…あれ、真島の叔父貴」
「おう、ご苦労やったな。まあスイカでも食えや」
「っす、頂戴します。…で、何で真島の叔父貴がここに?冴島さんは?」
「帰ったわ、今頃おんなといちゃいちゃしとる。わしは留守番や」
「おんな、すか」
「こないなうまいスイカくれるんや。ええおんなやろ、金貸しは」
「…ノーコメントっす」
「スイカはうまいのう」
嫉妬する秋山
続けれたら続けたい