梅雨は嫌いだ。
ホームレスだった時、屋根がある場所で満足に寝られた事がなかったから。
雨自体は嫌いでもないけど(やさぐれた心が洗われる気がして)、でも、やっぱり風邪を引いてしまうから嫌いかもしれない。
スカイファイナンスから見える雨雲と、雨と、水たまりに映るネオンの光。
どこかの少女が前に言っていたように、ぴかぴか輝いていてきれいにみえる。
でも、そのぴかぴかは雨だと言うのに、溢れかえっている人々に踏みにじられてしまう。
なんとも、悲しく思う。
こんなに感傷的になってしまうのは、ホームレスだった頃を思い出してしまうのか、はたまた少し遅い五月病なのか。
いずれにせよ心は雨雲のように暗く澱んでいて、煙草の先から昇る紫煙がきれいなものに見えるぐらいだ。
この煙も大気中と相まって雨雲に変わってしまうのだろうか、とどうでもいい事を考えて、口に苦笑が貼り付く。
煙草を満杯間近の灰皿に押し付けて、高い金を出して買った座り心地のいい椅子から立ち上がる。
事務所のドアを開けて錆ついた鉄の板を一枚ずつ踏みしめていく。
雨が降るリズムに合わせるようにかん、かん、かん。
なんだか少し楽しい。
アスファルトに足が付くと、今度は貼り付く水が歩く度に音をたてた。
裏路地を抜けて天下一通りに出ると、眩しいくらいの輝き。
人なんて見えやしない。
地面に這うように映る光を辿るように、足を進める。
踏みにじっている人々の中の一人になってしまうけれど、それでも光を辿りたくて。
何も考えないままにそれを踏んでいくと、いつのまにか劇場前まで来ていたけれど、別に何をするわけでもなかったからそのまま歩いていく。
ホテル街に差し掛かったところで光が段々となくなってきて、立ち止まった。
そうか、ここはホテルばかりだからネオンがないんだ、と考えて、薄暗い雨雲を見上げる。
髪が顔に貼り付いて気持ちが悪いなあ、とぼんやり思いながら雨に降られていると、ふ、と視界が黒で覆われて。
傘だ、と気が付いて横を見ると、傘の柄が小さく見える程大きな人が立っていた。

「…冴島さん」
「なんや、ふらふらしよって。危なっかしいのう」
「ふふ、そう見えました?」
「まあな。こんなに濡れて、風邪引いても知らんで」
「風邪…、そうですね。引いちゃいますね、これじゃあ」
「せや。早よ帰ったほうがええ。タクシーいるか?」
「いや、そんな、歩いて帰りますよ。すみませんね、ご心配かけちゃって」
「…秋山、」
「はい?」
「…いや…ええ。傘は自分が使い。ほな」

冴島さんは傘を渡して、帰ろうと、どこかへ行こうとした。
けれど。
どうして、濡れていない服を引っ張っちゃったんだろう。
不思議がってこっちを見る冴島さんが、なんだか少し可愛く見えてしまう。
言い訳なんか思いつかなくって、掴んだ服をそのままにしていると、腕を引かれて長いコートに包まれてしまった。
冴島さんは、暖かい。

「秋山」
「……」
「自分、泣いてんやろ」
「…、そう、見えました?」
「見えた。どないした」
「…ちょっと、泣きたくなる日も、あるんですよ。大目に見てくださいよ」
「あかん、言い」
「冴島さん、」
「…秋山」

長い腕に抱き込まれて、身動きが取れなくなってしまう。
恐ろしく居心地がいいそれは、ずっと囚われていたいとさえ感じる。
男同士、しかも若くない二人がこうしてホテル街前で抱き合うなんて、怪しく見えない方がおかしいけれど。
それでも、冴島さんは暖かくて。
澱んだ身から見ると、とても眩しく見えて。

「…泣きなや」

キスされても、嫌だなんて思わなかった。



ネオンの洪水


(ネオンなんかよりも、まぶしくみえたよ)


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