「あれ、」
「おう、邪魔しとんで」
いつものように花ちゃんにどやされて、いつものようにまったりぶらぶら集金に行って、いつものように花ちゃんのご機嫌取りに韓来の特撰カルビ弁当を買ってスカイファイナンスに帰ると、ソファーが小さく見える大きな人が出迎えてくれた。
大きい手を上げて会釈され、笑いながら頭を下げる。
と、そこで店の守番の花ちゃんが居ないことに気が付いた。
「花ちゃんやったら美容院予約しとる、言うて出てったで」
「ああ、そうですか。代わりに冴島さんが留守番してくれてたんですか?すみませんね」
「かまへん。仕事がえらい多くて逃げて来たところやし、それぐらいさせてもらわんと」
「はは、そうだったんですか。どうぞ好きなだけくつろいでって下さいよ。あ、弁当食います?ここのうまいんですよ」
「うまいんやったらもらおか」
花ちゃんのために買ってきたけど、まだ三個残ってるし大丈夫だろう。
冴島さんと向かい合わせに座って、いただきます、と手を合わせて弁当を食べる。
体が大きい冴島さんが箸を持つと、やっぱり子供用の箸を使ってるみたいで少し面白いな、と思った。
小さく見える箸でちまちまと弁当をつつく冴島さんを見ながら適当に淹れたインスタントの緑茶を飲んでいると、こんこん、とドアをノックをされた。
ふぁい、と口に飯を含みながら間抜けな返事をすれば、軋んだ音を立てて開いたドアから、少し栗色混じりの髪の毛をした青年がひょこりと顔を出す。
青いジャケットと緩めたネクタイから、こいつは真面目に仕事する気はあるんだろうか、といつも疑ってしまう。
まあ、言えた義理じゃ、ないけど。
「あ、たにむらひゃん」
「うわぁ、うまそーなの食ってますね。あ、冴島さん、どうも」
「ふぉう」
「あんたら口に物入れたまま喋んないで下さいよ、いい大人が」
「むぐ…、谷村さんも食べる?まだあるけど」
「当然貰いますよ」
「…まさか、食い物たかりに来たとかじゃないよね」
「まさか」
「そのモデル顔負けの爽やかな笑顔は嘘でしょ。ま、いいけど」
「わぁいあきやまさんだいすき」
無表情の棒読みで言われても全然嬉しくない。
半ばヤケで弁当を渡してやると、谷村さんは男前にがつがつ食べ始めた。
黙っていれば格好いいのに、色々残念だなあと思う。
見た目は好青年だが、中身は猛毒を吐き、ギャンブル好き、酒好き、おまけに喧嘩っ早い。
谷村はそんな男だった。
耳に付けた本庁からの無線は競馬や競艇の実況ばかりで、本当にこの男はいつ仕事をしているのだろうか。(二回目)
「あ、そーいや秋山さん」
「ん?」
「最近よく絡まれてますよね、前以上に」
「ほんまか、秋山」
「えーそれどこ?どこ情報よー?まあ、絡まれるって言ってもいつものチンピラやギャングだよ。ん、心配してくれてるのマーちゃん?」
「…あ?」
「ひっ」
亜細亜街の子どもたちには優しいのに、なんでおじさんにはキツいのかねこの子は。
仮にも刑事だからか、睨まれると少し怖い。
「警察の情報網侮っちゃいけませんよ。どうせ1000億関係でしょう?」
「なんや、まだそんな話広まっとんのかい」
「ん〜…ここにはもうお金ないんだけどねぇ。そう言っても聞いてくれないんだよね。まあ当たり前か」
「…何人か付けさすか」
「え、駄目ですよ、組長さんが何言ってんですか。そこらの奴になんか負けないし、花ちゃんもいるし、それ以前に堅気だよ俺」
「じゃあパトロール強化くらいはしますよ。どうせ護衛とかは断るんでしょうから」
「…あのさぁ、冴島さんも谷村さんも過保護すぎるんじゃない?ただの金貸しに…」
「何かあってからでは遅いんですよ?」
「そうやで、秋山。お前は堅気やねんから、俺らが守ってやらんと」
なんだか話が変な方向に曲がって行ってるような…。
そうこうしているうちに弁当を平らげてしまって、食後の一服をしようと煙草を取り出すと、他の二人にも取られた。
ちょっと、今煙草高いんだから堅気からパクるとかなんなの。(谷村さんは刑事だけど)
他愛もない話を三人でぽつぽつしながらのんびりしていると、鉄の板を早い間隔で上がってくる音が聞こえた。
客かと思ってドアを見た瞬間に若い男が勢いよく入ってきて、冴島さんを睨んでいる。
入ってきた男は、冴島さんにお世話になっている城戸ちゃんだった。
冴島さんが驚いて、何故か俺の奥隣に座る。
え、俺は盾ですか。
「っ冴島さん!何やってんすか」
「お、おぉ、ちょっと、な」
「ちょっとじゃないですよ、まだ仕事あるんですよ!秋山さんにも迷惑がかかるでしょ」
「まあまあ、城戸ちゃん。そないカッカせんと一服でもせえや」
「あ、うす」
「それ俺のなんだけど…」
「二本も三本も変わんないでしょう」
「……」
「いい大人が拗ねてもキモいだけですからやめといたらどうです」
「…冴島さあん、谷村さんがいじめるう…」
「お?すまん、聞いとらんかった」
「……」
なにこの不遇。
俺の店なのに弁当取られて煙草まで…。
もう怒る気も失せて残り少なくなった煙草を肺一杯に吸い込んで吐き出す。
こうやっていい大人がじゃれあえるのも平和な証拠か。
そう思ってソファーに寝転んで周りの会話を聞きながら目を閉じると、心地いい眠気が襲ってきて。
客が来ても起こしてもらえるだろう、と小さな期待を持ちつつ睡魔に身を委ねた。
「冴島さん役得ですね」
「せやな。ついでに頭撫でたろ、うりうり」
「あ、なんか身じろぎしてる」
「まるで猫みたいっすねー」
タイガー膝枕
みんな秋山さん大好き