学パロ
全体的にホモ臭。基本庶法、時々姜覇。


05*愛する保健医

「徐庶先生って片想い中なんでしょー?」
「それほんとなの?デマなんじゃないの」
「いや、いつも上の空で溜め息ばっかりで、あれは恋よ。目がそうだもん、恋する女の子みたいな目してるもん」
「へー、モテないのにね。徐庶先生、あたしは無理だなー」
「あたしもー。あはは」

無理なものか。
徐庶が恋をしている、と噂になってはいるが、大概は最後に無茶しやがって、だとかどうせかなわない、とか好き勝手に取って付けたようなものばかりだ。
握っている試験管を投げつけてやろうか、とも一瞬考えるが、一応大人で教師である以上手を上げることもできない。
法正は試験管を元あった場所に戻すと、眼鏡の位置を直しながら口を開く。

「そこの女子、俺の授業が嫌なら帰れ。残りの授業も出なくていい、そのやかましい口で下らんお喋りがしたいだけなら授業なんざ受けても無意味だ、さっさと帰れ」
「ほ、法正先生、あの」
「なんだ、その厚化粧の顔にヨウ素液でも塗られたいのか?あぁ、それとも硫酸がいいか。一周回って今よりは別嬪になるかもしれん、試してみろよ」
「す…すみません…でした…」
「ごめんなさい…」
「ふん、帰らないのならさっき言った化学方程式を、二人で一言一句間違わずに言え。10回復唱しろ」
「は、はい」

妥協は許さない。
侮辱されたのなら、それ相応の報復を返すまで。
この程度ならば、このぐらいが妥当だろう。
法正は罰を受けさせている女子の声もどこか遠くに聞きながら、噂の渦中である徐庶を思い出す。



風の強い日だった。
法正が転任してきて一ヶ月、春の嵐は未だ収まらず、化学準備室の窓からも中庭の桜がはらはらと入り込んで来ていた。
割り当てられた準備室は散らかり放題で汚れも酷く、法正が一ヶ月かけて自分好みに改造した。
といっても、掃除をして器具の保管場所を自分が使いやすい配置にしただけではあるが。
やっとその作業を終え、窓の縁に腰掛けて春の風に目を閉じれば、暖かい日差しが眠気を誘ってくる。
化学準備室は一階にあり、外に落ちてもまあ心配はない。
そう考えながら微睡み始めた意識がゆっくりと離れていき、視界まるでスローモーションのように傾く。
あ、これは落ちるな、とぼんやり考えた。
が、

「っと…、寝不足ですか?法正先生」

背中に当たった衝撃は柔らかく、それで居て意外にしっかりとしたものだった。
法正が眩しい光に目を凝らしながら振り向くと、眼鏡をかけた長身の男がゆるく微笑みかけていた。
まっさらな白衣が風に揺れ、法正の髪もふわりと浮く。

「…あなたは、」
「あ、ええと、外廊下を渡っていたら、白衣がはためいてるのが見えて。ちょっとぐらついていたようだから、様子を見に」
「…そうですか。どうも、お気遣い頂きまして」
「お、俺はそれが仕事ですから」

そこで気が付いた。
そうだ、彼は確か。

「あぁ、あなた、保健医の。徐庶先生、でしたか」
「はい、」
「なるほど、人が良さそうな顔をしていらっしゃる。俺には極力関わらないほうが良いですよ、あなたまで悪い噂が付く」
「…?ええと、ん?」
「あなた、俺の話は知っているでしょう」
「あ、え、ええと、前の学校での事でしょうか?」

そうだ。
法正は以前勤めていた学校で、教師を三人ほど辞職させた事があった。
理由はそれぞれ違うものの、単なる私怨ではないかと教育委員会の間で少々問題になったのだ。
それから法正はその学校から半ば追いやられるようにこの学校へと転任してきた。
そういえば、転任してきてからまともにこうして教師と話すのは、徐庶が初めてだ。
背後に居ることをいいことに頭をそのままもたれさせると、徐庶は少し戸惑いながらも法正の話を聞いている。

「そう、俺の怨みを買わないようにせいぜい慣れ合わないほうが得策ですよ」
「…それ、どうも引っかかるんです」
「は?」
「辞職された職員の方達は、言い方は悪いですけど生徒に手を出したり、親御さんから賄賂を受け取っていたり、覚醒剤を売ったりしていたじゃないですか。そんな人達が法正先生に何かするほど、興味を持つでしょうか」
「…何故、それを」
「実は、彼らの中に同期が居たんです。酒を振る舞うとすぐ教えてくれましたよ」
「……」
「俺もその件で一応報告書を提出したんですが、目も通されずに却下されました。でも、その後彼らは別の罪で懲戒免職になった。法正先生の、お陰です」
「じゃあ俺は、あなたの同期を」
「構いません、あんな人達なんか。生徒や親御さんを食い物にする教師なんて、居ない方がいいに決まってる」

頭を乗せた徐庶の腹が、少し力む。
最初の就任式では冴えない男だと思っていたが、不祥事を見抜く観察眼と単身で探りを入れる行動力。
なにより、生徒のためを思う指導者としての強い責任感。
こんな教師が、この学校に。

「…徐庶先生、」
「え、あ、すみません、つい熱く…」
「あなた、俺と似てますね」
「…え?」
「性格とかそういうのではなく、もっと深い根の部分。根本的なところは似ていると思います」
「……」

上体を起こして徐庶を見上げると、眼鏡を通して光が射し込んでくる。
柔らかい日差しがぼさぼさの髪を縁取り、困った顔に自然と笑ってしまう。
ぐい、と頭を掴んで引き寄せ、耳元で低く囁く。

「自分以外の悪を許せない、悪党だ」




安っぽいメロドラマのような言い方をすれば、あの徐庶の姿に一目惚れしたのかもしれない。
それまで男に恋愛感情を抱くなど考えもしなかったが、あの困った顔と、怒気を含んだ真剣な声色のギャップがまたそそられた。
恋愛なんて結局は人間の思い込み、妄想だと解っていても、法正は徐庶と話をする度に惹かれ、そして徐庶も法正に絆されるかのように応えていった。
今では一つ屋根の下に共に暮らすほど仲睦まじくしている、と全校集会で叫んだらどうなるだろうか。
それも悪くない。
法正は人が居ない廊下を歩きながら、喉の奥で笑う。

「せいぜい下らん噂で楽しんでろ、馬鹿野郎共が」

あいつの恋の相手はこの俺だ。
法正は一人悪党のような笑顔で棒が付いた飴を噛み砕き、保健室に向かって歩を進めた。


2014/01/17 16:08(0


 


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