ちょっと下品です注意


「お兄さん、薔薇だけで花束作ってくれる?」
「は、はい」
「この予算内でブーケを一つ」
「はいっ」
「クリスマス用のリースを五つほどお願いできる?」
「はいはい!」

この時期は忙しい。
何せプレゼントやディスプレイ用のアレンジメントの注文が多く、全くもって休む暇がない。
これはあの悪党の手を借りるしかない。
そう思った徐庶は、奥の部屋に入って二階に大声で呼びかけた。

「法正さん、法正さーん!」
「…なんだ、やかましい」
「いやあの…リースのアレンジメントを手伝って貰えませんか。数が多くて」
「別に構わんが、礼は弾むんだろうな」
「は、はい…お願いします」

徐庶の両親は花屋だった。
その両親が三年前に急な不幸でこの世を去ってから、店を形見代わりに継ぎ、なんとか生計を立てている。
と言っても、店の手伝いはしたことがあってもやはり経営の事となると分からないことが多く。
困った徐庶は、手当たり次第に親戚や友人にうちの店が手伝えるような人間はいないか、と聞いて回っていた。
何人かバイトを雇ったりもしたがあまり上手くいかず、途方に暮れる事もあった。
が、友人から話を聞いたという一人の男が、約半年前に徐庶のもとへ訪れた。
色の濃いサングラスと長めの前髪と若干浅黒い肌は、いかにも例の職業かと思うほど柄が悪い、という印象だった。
男の名は法正、法孝直と名乗った。
彼は以前花屋で働いていた、と言うや否やつかつかと店の奥の自宅になっている部屋に上がり込み、こたつに入ると煙草を吸い始めた。
まさか厄介な人間なのでは、と感じた徐庶は困りながらも断ろうとしたが、住むところがないからついでに住まわせてくれ、と言われ。
言葉にならない程のごり押し精神に小心者の徐庶は断りきれず、こうして法正を住み込みで雇っている。

「そら、出来たぞ。これで全部か?」
「ありがとうございます、法正さん」
「ふん…今日はこれで終いなんだろうな」
「ええ、後は配達だけです」
「わかった」

法正は以前花屋で働いていた、と言っていたが、特にアレンジメントが得意らしく、半ば素人な徐庶よりも手早く器用にこなす事が出来た。
その仕事ぶりは徐庶も魅入ってしまうほどだ。
どう見ても花屋には不釣り合いな容姿ではあるが、花の扱いには慣れているしアレンジメントも上手い。
生活面においても居候ではあるが、徐庶の料理は残さず食べ、洗濯や掃除もそれとなく手伝ってくれる。
少々性格は荒い(何せ自分で悪党と言うぐらいだ)が、そのくらいならば生活するにあたって何も問題はない。
柄が悪いようで、根は真面目なのだろう。
というわけで、そういう気遣いもそこそこ出来る法正とは、ここ半年は仕事について叱られることはあっても、割と衝突も起こさず共に暮らしている。

「もうすぐ配達行きますけど、法正さんはどうします?」
「店はどうするんだ」
「もう五時ですし、今日は閉めます。開けてたって今日はクリスマスだし、人なんて来ませんよ。俺たちが作った花も相応の人に手渡されるんですよ。そう、今の時間から次々とね…ははっ」
「…お前、すぐそういう話題に持って行くよな」
「生憎年齢=彼女なしですから。法正さんはモテそうでいいなあ、彼女いいなあ羨ましいなぁ」
「……」
「そう言えば、クリスマスって24日は恋人と過ごす日で、25日は家族と過ごす日って聞いたことがあります。いいなあ、家族とパーティーとかした事なかったな」

ぼやきながら閉店の為に玄関に置いた花や看板を片付け、ドアにかけた開店のプレートを閉店にひっくり返す。
配達する花を袋に入れながら何も言わない法正を見ると、法正は何かを考え込むような顔をして作業する徐庶を見ていた。
黙っていると、本当に端正な顔立ちだと徐庶は思う。
それこそ、女性が放っておく筈がない。
実際女性客には数え切れない程法正について聞かれたし、メールアドレスが書かれた紙を渡しておいて、と手渡された事も多々ある。
女性は、悪い男が好きなのだ。
どこでかは忘れたが、そんな事を聞いた覚えがある。
梱包が済んだので車を取って来ようと徐庶が動くと、その前に法正が車のキーを引っ付かんで店から出て行った。
どうやら運転して貰えるらしい。
車を出してくれる間に徐庶は配達する花を抱え、店に鍵を閉めて玄関の前に立つ。

「…そのまま彼女の所に行ったりして」
「馬鹿か。早く積め」
「はいはい」
「言っとくが、女なんて居ないからな」
「え、そうなんですか?法正さんなら一人や二人居そうですけど」

玄関の前に止まった車の荷台に花を積み、トランクを閉めて徐庶が助手席に乗ると、法正は配達先の地図を一通り確認した後に車を発進させた。
法正は物覚えもよく、配達先まで迷った事もない。
徐庶が自分の店にはもったいない、と度々思うぐらいには、法正は出来た人間だった。
何度も言うが、性格が荒い事を除けば容姿も能力も秀でている。

「女は面倒くさい。勝手に寄って来るくせに俺が何かするとヒステリーを起こして自分から消える」
「ええと…元彼女達には優しくしたりしました?」
「優しくしたつもりなんだが、向こうにしたら優しさとは言わないらしいな」
「え…」
「俺は何でも倍にして返す性分でな、飯を作られたら次の日は高級料理店に連れて行ったり、物を贈られたら倍以上する物を贈ったりした」
「…へ、へえ」
「そうしたら喜ぶかと思ったが、プレッシャーになるだの、このままだと堕落するだの、こんなもので釣ろうと思うな、だの色々キレられた」
「でしょうね…」

扱い難い人間という事は心得てはいたが、これほどまでに性分で空回りしていたとは意外だった。
徐庶は話を適当な相槌でかわしながら、手に持つ花を眺めてやり過ごす。
今更気付いたのだ。
ふらりと現れたこの男に仕事と住まいを与え、食事も毎日与えている。
という事は、法正には恩を売りまくっていたのだ。
アレンジメントや家事手伝いで恩を返していたのかも知れないが、今の話を聞くとそんなレベルではないような気がする。
徐庶は恐る恐る聞いてみた。

「…あの、法正さんて、俺に恩返ししようとか思っ」
「くく、やっと気付いたか馬鹿が。配達が終わったら、恋人と過ごす日も家族と過ごす日も片時も離れず一緒に居てやる」
「えっ!?」
「お前が羨ましいと、そう言っただろう、徐庶。俺と過ごすクリスマスが嫌なわけないよな?後でいいものをくれてやる、楽しみにしていろ」
「は、」
「今日は脱童貞記念日になるぞ、よかったな」

父さん、母さん。
俺は、
俺の初めては、男に奪われそうです。
天国に居るはずの両親が目の前に現れた気がして何も返せずにいると、がん、といきなりブレーキを踏まれた。
一つ目の配達先に着いたのだ。

「早く行ってこい、俺を待たせるな」
「は、はい…え、はい…」

衝撃的な言葉に力が入らないまま車から降り、呼び鈴を鳴らすと女性が中から出てきた。
女性にメッセージカードと花を渡すと女性はたいそう喜び、涙を浮かべ、贈り主を想って花を抱き締めた。
幸せそうな雰囲気は苦手ではあったが、やはり笑顔は良いもので。
徐庶は胸が暖かくなりながら女性と別れ、法正が待つ車へと戻ろうとする。
が、運転席の窓から法正が見えた。
ハンドルに突っ伏したかと思えば頭や首を掻き、落ち着きがない。
近付いて気付いたが、そうしている法正の耳が真っ赤になっている。
そんな法正を見た徐庶は、暖かくなった胸に何かが落ちた感じがした。
駆け寄って勢いよく運転席のドアを開けると、法正も面食らったようで赤い耳も隠さずに徐庶を見る。

「法正さん、好きです」
「……は?」
「俺、法正さんが好きです。かわいいと思います」
「頭大丈夫か」
「俺は冷静です。好きなので、帰ったら法正さんを抱かせて下さい」
「は、…お、おまえ」

普段半分程瞼が降りた目が見開かれ、耳から広がるように法正の顔がみるみる赤くなる。
そんな法正が可愛くて、徐庶はまた胸が暖かくなった。

「運転代わります。早く終わらせないと」
「……徐庶、」
「俺、吹っ切れたらとことん突っ走りますから。手加減も下手ですし、諦めて下さい」
「じょ、徐庶」
「出しますよ」

法正を助手席に押し込み、発進させると徐庶は迷いなく次の配達先へと車を走らせる。
住宅街から離れて大通りを走ると、目映いほどのイルミネーションに目を奪われそうになる。
しかし、正直今はそれどころではない。
下手すると事故も起こしかねない程、徐庶は舞い上がっていた。

「法正さん」
「…なんだ」
「いいものくれるって言ってましたけど。それって、法正さん自身だったり…?」
「お前がそれでいいなら、それでいいぞ」
「え、いや、じょ、冗談ですよ!」
「くく…、一つ言っておいてやる」
「え、」
「悪い人間は、お人好しが好きなんだ」

良くも悪くもな。
そう言った法正は、目を伏せて小さく笑う。
助手席の向こう側のイルミネーションが、きらきらと法正を照らしている。
今まで見たどの笑顔より、愛おしいと徐庶は感じた。

「…あの、もしかして、法正さんて俺が好きなんですか」
「今更すぎる。代償はうんと払ってもらうぞ」
「……何で?」
「まずは、お前の童貞かな」
「え…ええと…お、お手柔らかに…」
「ふん、搾り取ってやるから覚悟しておけ」
「……」



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