※郭嘉がアイドル、徐庶が翻訳家
※徐庶が軽度の対人恐怖症
↑想像で書いたので実際の症状とは異なります

以上を踏まえてご覧下さい
一応こちらの続きです



「…もう、日が変わりそうだな」

一応用意してラップを巻いた夕飯と、百貨店に買いに行ったプレゼントをテーブルに置いて郭嘉の帰りを待つ。
時計の短針と長針が真上で重なるまであと10分。
郭嘉はイベントの打ち上げにでも行っているのだろう、帰ってくる気配も未だ感じなかった。
こうして一人で夜を過ごしていると、昔のことをぼんやりと思い出してしまう。
思えば郭嘉と出会ったあの日から、もう一年が経つのだ。
初めは人と話すのも困難な状態だったものだから、よもや恋人同士になるとは。

「…アイドル、なんだもんなあ」

冷気に晒されて冷えてしまった夕飯を眺め、徐庶は知らずと己の手を握る。
握りしめた自分の手は存外冷たく、そういえば暖房の設定温度を上げていなかったことに気づく。
外はここより寒いだろうから、とリモコンを手にとって何度か上げれば、次第と手の温度も温かくなった気がした。



徐庶は軽度だが対人恐怖症だった。
若い頃は普通に接することも出来たし、それなりに悪い連中とつるんでやんちゃをしたりもしていた。
だが、その仲間との喧嘩の際に周りから裏切られ、致命傷を負ってしまい母を悲しませてしまった。
女手一つで育ててくれた母は憔悴しきってしまい、徐庶が退院する頃には代わって母が倒れてしまった。
聞くと、家に一人でいた母に、前の仲間が陰湿な嫌がらせを行っていたという。
衰弱した母を見ながら、徐庶は誓った。
人間はかくも恐ろしい。
もう人とは、深く関わらないように生きていこう、と。
母と二人でひっそりと暮らしていこう、と。
そうして母が退院し、引っ越しもしてしばらく世を忍ぶかのように家でもできる職業…たまたま外国語が得意だったことから翻訳家としてひっそりと家計を支えた。
それから数年後、やはり心労が祟ったのか母は静かに息を引き取り、徐庶は結局一人になってしまった。
母を失った悲しみや寂しさを一人で抱えながらも、なんとか日々を送っていた徐庶だったが、ある日転機が訪れる。
近所のスーパーに買い出しに行った帰りに、それはもうありがちな少女漫画の展開のように曲がり角で男とぶつかった。
全く身構えていなかったせいで派手に転んだが、視界の隅に見えた綺麗な金髪は今でも覚えている。

「うっ…痛…」
「すみません、人が出てくるなんて思わなくて…!大丈夫ですか」
「あ……べ、別に……大丈夫、です、じゃあ」
「あっ、待って」

顔を見られるのが怖くてさっさと立ち去ろうとした時、腕をぐい、と引かれた。
線が細い割に力が強く、男に寄りかかるようになる。
他人に触られ、体が意味もなくがたがたと震える。
冬だというのに、冷や汗が額から吹き出す。
恐る恐る男の顔を見れば、眼鏡をかけているにも関わらず驚くほど端正な顔立ちで、周りが何故か輝いて見えてまた目が眩んだ。
まるで少女漫画じゃないか、と徐庶は性懲りもなく考えた。

「…あ……や、め」
「良ければ、匿って貰えませんか」
「ど……ど、して…」
「勘違いした女の子が追いかけてきて。お願いします」

とても怖い。
何をされるかわからない、ただ恐ろしい。
しかし、男は困っている。
穏やかな口調の割にどこか苦しそうに胸を押さえて息を弾ませている。
男が来た方向から、女の声が複数聞こえた。
縋るような目で徐庶を見る男はやはり美しく、徐庶は顔を逸らしながら震える体に言い聞かせて口を開いた。

「……、こっちだ、」
「ああ、よかった。ありがとうございます」

掴まれたままの腕を引いて足早にその場を立ち去る。
わざと入り組んだ路地を通り、遠回りして家を目指す。
家に着いて中に入るときも、誰にも見つからないように注意を払いながら男を招き入れた。

「はあ…ありがとうございます、助かりました。…げほっ」
「…え、ええと…み、水、飲みます、か…?なんだか辛そう、ですし」
「すみませ…っ、ぐ…」

玄関に入るなり酷く咳き込み始めた男に、徐庶は驚きながらもなんとか体を支えて居間に連れて行き、ソファーに座らせた。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出してコップに注いで渡してやれば、それを飲んだ男は少し落ち着いたようだった。
水を飲んだ後も何かを宥めるように胸を緩くさすっている。
あまりにも体調が悪そうな男に見かねて、徐庶は隣に座って背中を緩く撫でてやった。
あれほど他人と関わり合いにはなりたくなかったのに、咳く姿が見ていられなかった。
今思えば、亡くした母を思い出したのかもしれない。
自然と触れることができ、体の震えも止まっていた。

「…は、すみません…肺が弱くて、走るとたまにこうなるんです」
「そ、うなんですか。大丈夫ですか」
「はい、あなたがさすってくれたお陰でだいぶ」
「あ、よかった…。え、ええと…あなたはどうして、逃げてたんですか」
「ああ…。…あれ、私をご存知ない?」
「えっ。…あ、まさか、芸能人とか…?すみません、俺、テレビとかあまり…」
「いえ、構いませんよ。その方が気兼ねなくお話できますから」

にこ、と笑う顔は確かに綺麗で、芸能人と言われれば何の疑いもなく頷ける。
窓から差し込む日光にも負けないくらいに輝かしいこの人物は、徐庶には眩しすぎるくらいだ。
思わず目を逸らして話を聞いていれば、どうやらテレビ番組のロケ中にファンの女の子達が騒ぎ出し、気付けば何故か追いかけられていたのだという。
話を聞けば聞くほど、この男が有名な芸能人だということがわかる。

「私は郭嘉、郭奉孝と申します。あなたは?」
「あ…ええと…、じょ、徐元直って言います…徐庶です」
「徐庶殿ですか。本当に助かりました、また後日お礼をさせて下さい。そうだな…夜遊びなどいかがですか」
「よ、夜遊び…!?お、俺は遠慮します…」
「おや、乗ってこない方は初めて見た。女の子とのお話は楽しいですよ」
「ひ、人と話すのが、苦手で…」

流暢に語りかけてくる郭嘉に対し、しどろもどろになりながら答えてしまう。
そもそもこうして人と至近距離で話すのも久しぶりな事なのに、夜遊びなど以ての外である。
顔を見ずに下を向いたままの徐庶を見て、郭嘉はうーん、とのどを鳴らすと、何かを考え始めたようで。
ちら、とその郭嘉の様子を窺ってみると、突然視界が明るくなった。
徐庶は外出する際、人の目が怖くてフードを頭に被っている。
それをいきなり取り払われ、眩しかった金髪が更に眩しい。
咄嗟に戻そうとして上げた手を郭嘉に掴まれ、ぎょっとした。

「徐庶さんは、私が怖いですか」
「あ、ええと…そ、の」
「すごい汗だ。見ず知らずの男なのに、家にまで上がり込まれて…あなたは、私が憎い?」
「そ、そこまでは…あ、あの」
「大丈夫、私はあなたに危害なんて加えない。ゆっくり呼吸して、落ち着いて」

柔和な声でゆっくり囁かれると、激しく波打つ鼓動がそれに応じて落ち着いていく。
今まで噴き出していた汗も次第に引いていく。
郭嘉のゆったりとした口調で話し掛けられる度に、不思議と心が穏やかになる。
髪と色同じ色をした睫毛は長く、共に眩しく輝いている。
握られた手から伝わる人の温かさがひどく懐かしく、本能的に握り返してしまう。

「…私の声はね、人を落ち着かせる効果があるようなんだ」
「はあ…」
「最初は私も普通の学生だったのだけれど…校内放送をしていた事がきっかけで、芸能事務所から電話があったんだ」
「……」
「初めはナレーション、次に声優、気がつけばアイドルなんて言われてしまってね…あっと言う間に階段を駆け上がった気分だった」
「に、人気…なんですね」
「そうだね。女の子達に囲まれて美酒を頂けるのは気分がいいよ」
「はは…」
「でも、体がついていかなくてね…先程のような症状が度々出てしまうんだ」

口調はあまり変えず、少しだけ憂いを帯びさせて呟いた郭嘉は、握った徐庶の手にゆるく力を込める。
端から見てあんなに苦しそうな症状が出てしまったら、確かに仕事にも支障を来しそうである。

「そうなのか…それは、大変だな。アイドルなら、その…忙しいんじゃないのか」
「基本休みはないけど、仕事は楽しいからいいんだ。ただ、何時まで続けられるかが…。あ、いや、これは失礼。初めて会う人に言うことではなかった、申し訳ない」
「いや…構わないよ。俺も、その…だいぶ落ち着いてきたから」

郭嘉の声を聞いていると、本人の言うように何故かリラックスできていた。
あの事件から、人前では話もろくに出来なかった徐庶だが、郭嘉の前では落ち着いて話が出来る。
自然と堅苦しい敬語も消え、柔らかい笑みを湛える綺麗な顔を見ていると、こちらまでなんとなく気持ちが穏やかになる気がした。

「はは、笑ってくれたね、徐庶さん」
「えっ」
「私はもう怖くなくなったかな?嬉しいね」
「…あ、す、すまない」

握られたままだった手を確認するように動かされ、今まで知らずとしっかり繋いでしまっていた事に気付いた。
徐庶は慌てて外そうと手の力を緩めようとすると、郭嘉は逆に強く握り、あろうことか自身の方に引き寄せて来た。
これにはいくら郭嘉と言えども、少なからず動揺してしまう。
ひゅ、と空気が通る音が喉から聞こえたかと思うと、郭嘉は徐庶の肩に自分の髪を擦り付けた。
久しく感じる人全体の体温に、またも心臓がうるさく鳴る。

「…徐庶さん、また訪ねて来てもいいかな」
「へっ!?え、」
「疲れた時に帰る場所が欲しくてね…徐庶さんと話してると、私も落ち着くんだ」
「う…で、でも…君なら、恋人とか、奥さんとか、いるんじゃ…」
「はは、なんだい、それ。いないよ」
「いや…女の子とよく…遊んでいるようだし…」
「確かにそうだけれど、特定の人はいないよ。強いて言うなら、つい今しがたに出来たかな」
「…か、えっ」
「この手の温かさ、もっと感じたいんだ」



そう言って徐庶の手を愛おしそうに撫でていた郭嘉は、今思うと危ない人にしか見えなかったけれど。
それでも押しに弱い徐庶は、それから度々訪ねてくるようになった郭嘉を招き入れ、話を聞いたり、質素ながら食事を振る舞ったりした。
そうしてなんだかんだ過ごしているうちに郭嘉が自宅に帰るのが面倒になったとかで、家に住み着くようになり。
徐庶自身も短期間でここまで他人と親密になれるとは思っていなかったが、郭嘉がそうしたいならそれでいいか、と諦めも含めてそれを承諾した。
それからこういう関係になるまで、割と時間はかからなかった。
単に流された、とも言えるが。
その時を思い出し、徐庶は一人にも関わらず恥ずかしくなってテーブルに突っ伏した。

「ただいま。…おや、元直。寝ているのかい」
「あ、お、おかえり。何でもないよ」
「そう。ならいいのだけれど…今日も遅くなってごめん」
「いや、仕事だから仕方ないよ。今おかず温めるから」
「おかずもいいけれど、先にこっちがいいかな」

立ち上がった徐庶の手を掴み、郭嘉はそのまま徐庶に抱き付いた。
掴まれた手はやはり冷たく、体温を分けるようにこちらからも指を組むように繋げば、郭嘉は強請るように更に体を密着させてくる。
甘えてくる自分より位置が低い頭を空いた手で撫でてやると、満足そうな声が聞こえた。

「やっぱり、元直はあったかいな」
「奉孝が冷えてるんだよ。先に風呂に入るかい?」
「いや、しばらくこのままがいい。今日は特別な日だからね」

下から見上げてくる綺麗な顔が、外の冷気で少し赤くなっている。
金髪を払って冷たい額に唇を落とすと、郭嘉は笑いながら言った。

「もう過ぎてしまったけれど、メリークリスマス、元直。明日は休みだからゆっくり過ごせるね」
「あ…め、メリークリスマス。じゃあ俺も休みにしようかな」
「それはよかった。なら、多少無理しても構わないかな」
「…無理はよくないと思うよ」

そう言いながら徐庶が用意した箱を見せると、郭嘉は一瞬驚いたような顔をした後、首に抱き付いてきて口を塞がれてしまった。


交差する体温


(手から伝わるそれは、もはや手放せない)



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