金が物言う(2/2)


ある日唐突に、だった。実験施設で事件が起こった。ある意味その施設自体が事件ものなのだが、今言っていることはそういう意味ではない。悲鳴が聞こえた。いつも聞こえる子供のものではなく、大人のものだ。

何が起こったのか、少しでも状況を把握しようとドアに近寄ると、いつもはされている施錠がされていなかった。こっそりドアから顔を出すと、外は一面地獄絵図であった。私の体を弄っていた大人達が冷たい体で冷たい床に横たわっている。

ペタペタと足音をさせて廊下を進んで行けば、同室のあの男の子がいた。それから見覚えがあるような、ないような男の子も二人。


「これ、君が?」
「おや?いたのですか、バアル」


彼一人でこの惨劇を生み出したのか。三叉の槍。物騒な物を持っているな、彼は。

聞くところによれば、彼らはこの施設を抜け出すつもりなのだとか。力を手に入れれば地獄から這い出ようと思うのは当然、か。


「君も来ますか?バアル…と、この名で呼ばれるのは不快でしょう。名前は?」
「忘れた」


きょとん、とした表情を彼は見せたが仕方ない。これが事実なのだから。別にバアルと呼ばれても私は何も思わないし、どうでもいいのだが。私の答えを聞いた彼はふむ、と何やら考え込んで私の顔を見た。


「稲葉アル」
「…何?」
「君の名前ですよ、アル」


稲葉アル。口の中で繰り返した。私の新しい名前。違和感は、あまりない。なら今度からそれを名乗るとしよう。


「それで、アルは僕達と共に来ますか?」
「…いい。一人でも生きられる」


少し考えてしまったが、その答えに辿り着いた。馴れ合いなんてものに興味はないし、そもそも誰か他人を信じても金にはならない。一人でいた方が出費も少なくて済む。

彼は「そうですか」と肩を竦ませた。残念です、とも言っていたがそんな表情などしていない。


「僕の名前は六道骸。また会える日を楽しみにしていますよ、アル」


残りの二人の名も聞いた私は、そこで彼らと別れた。今思えば、骸くんとは腐れ縁なのだと、あの日気付くべきだったのだ。

ともかく、実験体の『バアル』はその日消え、稲葉アルという名の人間がその日生まれた。


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