泣いた空@
「雨だねぇ…」
雨っていうかどしゃ降りというか。出歩くことが困難なほどの雨量だ。これじゃ今日は外の案内ができないな。おそらく今日は一日中部屋に閉じ込められることになるだろう。
「ちょっと買い出しに行ってくる」
財布を掴んで部屋を出た。コンビニで何か買ってくればいいだろう。そんなことを考えていた。
屋外は豪雨で、雨傘で庇いきれない雨が肩で跳ねた。足元はドロドロだし、足先を出す脚絆は泥が入り込んで感触が気持ち悪い。傘のせいで視界も悪いし。散々だ。…買い出しに行こうと思ったのはオレ自身で自業自得なんだろうけど
コンビニに向かう道中人とぶつかった。謝罪しようと態勢を持ち直して相手の顔を見ると、柄の悪い二人組だった。思わず謝罪を告げようと思った口の動きが止まる。
「おい、こいつ…」
「ああ。うずまきナルセだぜ」
二人のにたにた笑いが気色悪くて、思わず一歩下がった。
「おいおいそんなに怯えるこたァねぇだろ。ちょっと話をしようぜ」
「…用事がある。話なら今度にしてくれ」
「テメェに拒否権があるわけねェだろうが!」
だんと肩を壁に押さえつけられる。背に痛みが走った。
「ついて来い」
腕を無理に引かれてとある場所に着く。体を放り投げられた。ぬかるんだ土で服が汚れる。顔を上げると目の前には慰霊碑があった。
「知ってるかよ。そこにはあのカナデさんの名前もあるんだぜ」
そんなこと知っている。あの日、カナデは任務で殉職したんだから。嫌と言うほど思い知らされたさ。
「テメェのせいでカナデさんは死んだんだぜ。可哀想だよなァ…クク」
カナデの死はオレのせいだと恨まれても、それで悲しみが晴れるのならばそれでいい。カナデの死とオレに直接の関係はないのだからオレもそこまで悲しまなくてもいい。
だがどうして目の前のこいつらは笑っていられる。人一人の死だぞ。
「何が言いたい…」
「いやァ、何も知らないってのはいいねぇ。教えてやるよ本当のことを。カナデさん、ホントはなァ」
「 お前に殺されたんだよ 」
*****
「ナルセってば遅いわねぇ」
サクラがポツリと口にした独り言に、その場にいる全員が同意した。買い出しにこんなに時間がかかるものなのか。何かあったのかと不安になる。
サスケが部屋の窓を開けた。それでナルセの姿を見つけられるというわけではないのだが、ふとそう思ったのだ。
――ドンドン!
部屋の扉が強くノックされた。何事だとサクラが応対する。
「失礼します!大変申し訳ありませんが、里内にて緊急事態が発生しました!砂の方は本日お部屋から出られないようにと!」
伝達係りの見知らぬ中忍がそう叫んだ。ただならぬ様子ではない。伝えられた内容が物騒なだけに不安が高まる。ナルセは今外出中なのだから。
「極力窓もお開けにならないようにと…!」
――グォァアアァアアア!!!!
中忍の注意に被せて地を揺るがすほどの雄叫びが響いた。何事かと全員の目が窓に行く。赤いチャクラの柱が空に向かっていた。
「もしかして…ナルセ!?」
サクラが自分の予想を口にした。そしてハッと口を噤む。今度はサクラに視線が集まった。
「が、我愛羅!?」
テマリの制止の声を無視して我愛羅は瓢箪を掴み、中忍が止めようとしたのも甲斐なく部屋を飛び出した。
*****
「……あれ?」
気を取り戻すとオレは雨の中にいた。なんでオレってばこんなどしゃ降りの中傘も差さずにいるんだろ。
そっと手を見ると掌は真っ赤に染まっていた。なんでこうなって…周囲を見渡すと男が二人血みどろになっていた。
「ああ…そっか、そうだよ……ふふ…あは、あははハハはは!」
そうだよそうだったんだよ。カナデは、カナデは…
こういうのを失望って言うんだろう。もう全部ぜんぶ、どうでもいい。こんな男のためにカナデは…
「こんな世の中のせいで!あははは!滑稽じゃないか!……あれ?」
どうして九喇嘛のチャクラの衣が出てるんだろ。おかしいな、どうして?なんで?
何もかも訳がわからない。頭がぼうっとする。突然ざっと何人かの忍に取り囲まれた。
「ナルセ、お前九尾の…!」
「だれ…?自来也?」
白い頭だし変な格好だからそうだよね。ゆらりと自来也の方に体を向ける。と同時に忍が構えを取った。
「取り押さえろ!」
「気をつけろよ、九尾化している!」
「うるさい…オレに、近寄るなァ!!」
どん、とチャクラの衝撃波だけで周りの忍を吹き飛ばした。数があればいいというわけではない。厄介だと自来也は舌打ちした。
「自来也様、どうしますか?」
「とにかく力ずくで抑えるしかないのォ」
「なァに?カカシ先生までいるの?はは…あははは!」
狂ったように笑い続けた。なにが可笑しいとか、そう問われるのも可笑しくて笑いが止まらない。
自来也とカカシがゾッとした目でオレのことを見た。きっと多くの忍がここに来るんだろう。ああ、可笑しい。
「にくい……憎い憎い憎い!カナデを殺したお前達が!お前達の世界が憎い!!」
笑顔から一転して、憎々しげな顔をして睨んだ。
「世界を奪って、家族を奪って、普通を奪って、自由を奪って……友を奪った!それなのにまだ奪うのか…これ以上何を奪うつもりだ!!」
今思えば、これが初めての身近な人の死かもしれない。まさか、最初があいつになるなんて
「オレの小さな幸せをことごとく奪いやがって…!」
赤いチャクラがその身を包む。赤はあまりにも邪悪な色でありすぎた。
まるでナルセの感情の起伏に応えているようだったが、ナルセの顔は驚きの色に染まる。ナルセの意ではないようだ。
一本、また一本と尾が増えていく。なんとかしなければ、と思うが手の出しようがない。するとナルセの首元から淡い光が発せられた。初代火影の首飾りの封印式だ。尾は封印を拒んでもがく。
「九喇嘛!九喇嘛お願い!お願い止めて!」
尾の形をしたチャクラが蠢く。聞こえないはずの咆哮がした。封印式を発している首飾りへと近づいていく。
「やめ」
パキ
チャクラの衣が首飾りを粉々にへし折った。砕けた首飾りが地面に落とされる。
こうなっては止む無しと印を結んだ自来也をチャクラの尾が襲った。自来也の体は背後にあった木にぶつかり、体はアカでべったりだった。
「いや…嫌だ……嫌だ嫌だ!自来也ァァアアア!!いやァアァア!!」
――なぜだナルセ。力を求めろ。お前には全てを破壊する権利がある
嫌だ…止めてよ…そんなの望んでない……
――これは報復なのだ。愚かな人間に対する
違う。違うんだ
――恨め、憎め。やつらには当然の報いなのだ。お前も望んだ
「ちがァアアう!!」
突然にナルセは叫んだ。駄々をこねる子供の様に現実から目を逸らした。チャクラの衝撃で誰も迂闊に近寄ることができない。
「どうした!何があった!?…自来也!?それにナルセまで!」
ようやく駆けつけた五代目火影がこの場の有様を見て息を呑んだ。暴走しているナルセを中心に負傷した忍が倒れている。
「綱手様、ここは僕達に任せてください!」
綱手を制して後を追って来たミナトが前に出た。「いつの間に病室を…」まだベッドで寝ていなければいけないだろう、と綱手が注意しようとしたが事態はそう言う場合ではない。
赤いチャクラを纏うナルセが咆哮を上げた。大地を揺るがすほどの響きだ。恐ろしい呻き声が幾人かの忍の膝を笑わせる。
「四代目ェ…貴様はナルセの親失格だなァ」
「九喇嘛くん。大人しく引いてくれないか?」
先程泣き喚いていた子供と声色が違う。余りに違う雰囲気に綱手は瞠目した。ミナトは気に留めず交渉を続ける。
「そういうわけにはいかん。引き金を引いたのは貴様ら人間だ。傲慢にもほどがあるぞ」
「だからこうしてお願いしている!」
「…………」
「それ以上君が暴れるとナルセの体が傷付くとわかっているだろう?」
ミナトに対して言い返すことがないのかナルセ、否九喇痲は黙り込んだ。「…次はないと思え」そう言うと赤いチャクラは引いていった。
ナルセの体が崩れる。瞬身で回り込んだミナトが何とか体を支えた。完全に九尾の気配が去ったことを確認してミナトはほっと息を吐く。ナルセは傍にあった砕けた首飾りを握り締め、目を開けた。
「綱手様、ごめんなさい…折角くれたのに…」
「何、お前が無事だったんだ。それだけでいい。気にすることはないよ!」
「ほんとうに、ごめんなさい…」
ごめんなさい、とナルセは繰り返した。
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