short novel | ナノ
砂糖菓子の花


 招待状が届いた。帽子のシーリングスタンプが押された真っ白な封筒、中にはカードが一枚だけ入っていた。
『お茶会をしよう』
 その一文だけで、差し出し人は書かれていない。書かれていなくても、誰かすぐにわかった。こんなことをするのは一人だけだ。
 急いでエプロンドレスを着て仕度をする。お茶会に参加する時は、必ず決まった服を着なければならない。お茶会のルールらしい。面倒だとは思うが、苦ではない。お茶会は楽しみの一つでもあるからだ。
 仕度を整えて部屋を出ると、双子の兄弟が出迎えてくれた。
「お茶会に行くんだろう?」
「お茶会に行かないんだろう?」
 双子に手を引かれてお茶会の場所を目指す。兄はお茶会に乗り気らしいが、弟は帰りたいらしい。前回のお茶会で、顔にケーキをぶつけられ、ポットに顔を入れられたことを根に持っているのだろう。行きたくないと言いつつも、兄には逆らえないのか二人で手を引いてくれた。
 双子は揃いの帽子を被り、揃いの服を切る。どちらか見分けがつかないように同じ服を用意されたらしいが、二人が嫌がって分け目を変えている。おかげですぐに見分けがついた。右が兄で、左が弟。たまに分け目を変えて悪戯をするので性質が悪い。見分けてほしいと言うくせに、見分けられないようにして遊ぶのだ。
 お茶会の会場に着くと、シルクハットを被った男が紅茶を啜って待っていた。
 シルクハットには合わない、皺くちゃに崩した燕尾服を着て、姿勢よく座っている。長い脚テーブルの外で組んで、行儀が悪い。
「来てやったわよ、ジャック」
 男は静かにティーカップをテーブルに置くと、ステッキで地面を強く叩いた。わざと革靴の踵を鳴らしながら歩いて来ると、帽子をとってにこりと笑った。
「やあ、今日は、《アリス》。ここでは《帽子屋》だと何回も教えただろう?」
 顎にステッキの柄をあてられる。自然と上を向かされて、改めて見た男の顔は笑っていなかった。
「ごめんなさい。謝るから、このステッキを下ろしてくれないかしら」
「どうしようか。君には何度行っても聞いてもらえないから、そろそろ何か罰を受けてもらおうと思っていたんだ」
「あら、冗談でしょう?」
「冗談だと思う? そうだね、前の《ディー》のようにポットに顔を突っ込んでやろうか」
 それだけは勘弁してほしい。慌てて、男の胸板を押して距離をとった。すると、男は「冗談さ」と言って大笑いしだした。
「きょ、今日のメンバーはこれだけ?」
 いつもはあと二、三人はいるはずだ。《三月兎》と《ヤマネ》の二人と《帽子屋》は仲が良く、毎日のようにお茶会と称して遊んでいる。角砂糖を誰が一番飛ばせるか競ったり、テーブルの上でクリケットをしたりしていた。
「今日はいないんだ。明日もいない、明後日もいない」
 男はそう言うと、のっそり席に座って紅茶を啜った。沈黙を消しさるようにズズズ、と行儀悪く音をたてながら。
「君たちも席に着きなよ。とっておきのお茶を用意したから」
「あら、素敵。どんな紅茶かしら」
「その辺りに生えていた、とっても力強い紅茶だよ。飲んだらきっと強くなる」
 その辺り、と男が指さした先を見ると、青々と雑草が生い茂っている。なにがとっておきのお茶だ。
「ただの雑草茶じゃないの。遠慮するわ」
「冗談だ。まったく、遊び心を持ちたまえ」
 ぶつぶつと文句を垂れながら、男は人数分の紅茶を淹れてくれた。雑草茶ではないが、よく味がわからなかった。
「遊び心といえば、君たちは知っているかい?」
 男がにんまりと口元に三日月を浮かべて笑う時は、何か企んでいる時だ。見ない振りをして、紅茶を飲んだ。あまり音を立てないように、ゆっくりと。
「この角砂糖は何からできていると思う?」
 シュガーポットの角砂糖を取り出して、それぞれの紅茶に浮かべた。角砂糖は紅茶を吸って見る見るうちに紅くなると、少しずつ溶けて沈んでしまった。
 甘い紅茶は嫌いだと男に何度言っても、砂糖を入れられる。子供の味覚だと未だに笑うのだ。もう砂糖も入れずに飲めると言うのに。
「何からできてるんだ?」
「何からもできてないだろう?」
「さて、なんだろうね。《ダム》と《ディー》にはわからないかもしれないね。《アリス》はどうだい?」
「知らないわよ。何からできててもいいじゃない。どうせお腹に消えちゃうんだから」
「まったく、君は夢がないね」
 やれやれと言いながら、男は二杯目の紅茶を注いだ。角砂糖を入れることも忘れずに。
「じゃあ、何からできているの?」
「あれだよ。あの木から生っているんだ」
 男が指さした先は一本の大樹。この辺りでも一番大きな木で、夏には橙色の実をつける。それを知っている上で、男は気に砂糖が生るとのたまった。
「嘘つき」
「嘘と思うなら、明日にでも角砂糖を埋めてごらんよ。きっとすぐに芽が出て砂糖が生る」
 三人に三粒ずつ角砂糖を持たされた。ハンカチで簡単に包まれたそれは、すこし力を入れ過ぎると崩れてしまいそうだった。
 紅茶が飲みきらないうちに、お茶会はお開きだと男は帰ってしまった。最後の一口を飲む暇も貰えず、追い出されるようにしてその場を後にした。
 部屋に戻ってエプロンドレスを脱ぐと、ただの少女に逆戻り。《アリス》は誰でもない他人になる。自分ではない。

 暑さで寝苦しく、夜中に目が覚めた。誰も起きていないような深い夜の時間。
 きっと誰も見ていない、とこっそりエプロンドレスを着て外へ出た。夜の散歩は涼しくて気持ちが良い。
 男に埋めてみたら、と渡された角砂糖を片手にお茶会の場所へ行く。すると、人影が見えた。こんな時間に歩いているところを見られたら、明日どんなお仕置きをされるのやら。想像もしたくない。
 くるり、と向きを変えて部屋へ戻る。
 その時、名前を呼ばれたような気がした。《アリス》ではない、自分の名前だ。恐る恐る振り返ると、男が木の下にいた。シルクハットを被って、皺くちゃに崩した燕尾服を着て、気に吊るされていた。
 思わず声が出てしまいそうだった。とっさに自分で口を塞いで、声を殺す。
 男は口を開いたまま動かない。微かに揺れて、木の枝がしなる音がする。足元に、小さな山ができている。そっと掘り返すと、中から角砂糖が一つでてきた。
「ジャック、角砂糖を埋めても花は咲かないよ。実も生らないのよ」

「お茶会をしましょう!」
 双子を誘ってお茶会を開いた。相変わらず弟は嫌そうに文句を言いつつも、一緒に来てくれる。
「お茶を飲む前にやることがあるわ」
 小さな穴を掘って角砂糖を入れる。双子も横に並んで同じように砂糖を埋めた。
「早く芽が出ないかな」
「早く花が咲かないかな」
 じっと角砂糖を埋めた山を見つめる双子に、紅茶を飲もうと誘う。
 二人は知らない。知っているのは私だけ。
 それでも、咲かない花の種を蒔き続ける。きっと《帽子屋》の言うように実がなるかもしれないから。

END
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題:咲かない花の種を蒔く

(初:2014/06/21)
(2016/03/09)


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