創作BL | ナノ
アイスと暖


「アイス食べたい」
 炬燵に腰まで突っ込んで彼はそう言った。さっきまで寒いといいながら半纏を引っ張り出していたというのに。
「寒いのに食べるんですか?」
「食べたい」
 取りに行こうとはせず、目で取りに行けと訴えられる。
 自分だって炬燵から出たくない。部屋はストーブで暖められたが、炬燵の温もりとは違う。
「ミカンじゃ、いやですか?」
「あきた。アイスがいい」
 しかたない。つくづく彼に甘い。
 炬燵から足を出すと、スボンの隙間に冷たい空気が入り込む。
 裸足で歩く床は、部屋があったかいとはいえ冷えていた。爪先で床に触れる時間を減らすように歩く。
 カップの他に、モナカや棒アイスといった見覚えのないアイスがいくつか混ざっている。
「何が食べたいですか?」
「カップ。何がある?」
「バニラとチョコと抹茶ですね。何がいいですか?」
「バニラ」
 冷凍庫の場所を半分以上とっているアイスを二個取り出すと、ゆとりができた。
 彼のバニラと自分の抹茶。ついでにお酒も二缶。ツマミにするには甘すぎるかもしれない。
 冷凍庫に詰め込みすぎたせいか、冷え切っていないアイスは簡単に掬うことができる。
「やわい」
「アイス詰め込みすぎです」
「どうせ食べ切るからいいじゃん」
 そう言って、彼は一口二口とアイスをどんどん口に放り込む。そんなに慌てて食べなくてもいいのに。
「いたっ」
 かき氷を駆け込んで食べた時と同じだろう。頭がキーンと痛くなったようで彼は頭を押さえた。
「慌てて食べるからですよ。もう少し落ち着いて食べればいいじゃないですか」
「ゆっくり、食べる」
 スプーンを置いて、こてんと机に頭を倒した。
「何かあったかい飲み物淹れましょうか? 」
「いい。酒飲む」
 缶を一気に飲みほすと、アルコールに弱い彼はすぐに顔が赤くなった。
 耳の先まで真っ赤になり、目にはうっすら涙の膜が張っている。
「かさい、あつい」
 寒いと言ったり、暑いと言ったり、この人は忙しい。しかし、放っておくわけにもいかない。
 暑いと舌ったらずにつぶやきながら一枚ずつ服を脱ぎ始めた。慌てて寝室で着替えるよう促す。
 これが家で本当によかった。
 この悪い酒癖はどうやら俺と知り合う前からあったらしく、たびたびこの人の友達を困らせたという。目を離すと酒を一気飲みした挙句に脱ぎ出すから大変だったらしい。
 少しずつ飲めばそういった挙動はあまり起こさない。たまに、量が過ぎると泣き上戸になるくらいだ。
 それくらいであれば、外で飲んでいても話を聞いているくらいはできる。
「ねえ、かさい」
 寝室の扉から覗くようにこちらを見ていた。
「なんですか?」
「アイス食べたい」
「着替えてから、食べましょう」
「今がいいんだけど」
「着替えたんですか?」
「……まだ」
「着替えてからです。着替えたら食べさせてあげますから」
「ほんと? 待ってて!」
 バタバタと足音と布を放る音が聞こえる。そんなに急がなくても、アイスは逃げない。溶けかけてはいるが、十分固形として残っている。
 たまに、どっちが年上かわからなくなる。あの人のほうが二年も早く生まれているのに。
「終わった! さ、食べさせて」
「酔いは覚めたんですか?」
「はて、なんのことやら」
 すっとぼけた顔をしているが、きっと嵌められたんだろう。
 缶を持ってみると、まだ重い。感触だと半分くらい残っていそうだ。
「アイス、溶けてますよ」
「え、うそ!?」
「嘘です。ほら、口開けてください」
 いじけたように口を閉じたまま、アイスを見つめている。
「食べないんですか?」
 食べたそうに口をむぐむぐと動かしているが、意地を張っているのか、開こうとしない。自分から食べさせてと言ったくせに、この人はたまにこういうことをする。
 だから、俺も少しだけ意地になってしまう。
 強行手段と言わんばかりに、スプーンで掬った溶けかけのアイスを唇に押しつけた。
 きゅっと一文字に結んだかと思うと、大きく口を開けて食べた。
「つめたーい」
「そりゃあ、アイスですから」
「さむい」
「食べるのやめときますか?」
「いいの、こたつ入って食べるから」
 肘までコタツ布団を被り、この人は一人でぬくぬくと暖をとる。
「俺は寒いんですけど」
「あとで布団中であっためたげる」
「それじゃあ、しょうがないですね」
「だから、嘉歳、もう一口ちょーだい」
「はいはい、名瀬さん」
 冷たい冷たいと言いながら、結局、この人は二人分のアイスをぺろりと食べたのだった。

END
(初:2015/02/13)
(2016/02/19)


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