創作BL | ナノ
三堂と睦巳


 クリスマスにケーキとチキンだなんて、誰が決めた。コンビニ弁当や燻製をツマミに酒を飲まなければやっていられない。奮発してワインを買うということもなく、コンビニで普段より多めにビールや酎ハイを買ってガバガバと飲む。
 独り身同士飲み合おうと約束した親友の三堂はクリスマス直前に可愛らしい彼女を作って、今日はデートだとか。結局、一人で飲むしかない。
 三堂からメールが来たかと思えば、彼女のためにケーキを買うらしい。『おいしそうだろ』と嫌味ったらしく写真付き。真っ白なクリームに包まれたスポンジはさぞかし甘いのだろう。
「なにがクリスマスだ」
 コンビニ弁当だって美味い。金をかけてご馳走を食べるより、ずっと安くて美味い。温めてもらえれば、冷たい米だって美味しい。無理にケーキやチキンを買う必要はない。一人のほうが気楽だ。テレビをつければ面白い番組だってやっている。
 一人のクリスマスは日常と何も変わらない。

 いつの間にか眠っていたらしい。ヤケになって酒を飲んでから先の記憶がない。テレビも付けっ放しだったようで、笑い声が聞こえる。たしか、深夜の番組だったような気がする。寝ぼけて消えたテレビをつけ直したのだろうか。きっとそうだろう。覚えのない毛布も寝ぼけてやったことにちがいない。
「睦巳、起きた?」
 もしかして、まだ夢でも見ているのだろうか。今頃彼女と聖夜を共にしているであろう三堂の声が聞こえた。
「おい、睦巳」
 キツく頬を抓られる。かなり痛い。夢ではなく現実だと言いたいのなら他にもやりようがあるだろう。
「なんでお前がいるんだよ、こんな時間に」
「お前が無用心に鍵を開けっ放しにしておくからだろ」
「開いてても普通部屋に入るか?」
「何を今更」
 それもそうか。互いに合鍵を作るわけでもなく入れば自由に出入りしていた。今更咎めるのもおかしな話だ。
「それで? 彼女といるはずのお前がどうしてこんなとこに?」
「どうしてだと思う?」
 知るか。楽しそうに口を歪めているが、俺は全然楽しくもない。三堂が彼女に振られたというなら面白いが。
「さてはまだ夢か」
「寝ぼけるのもたいがいにしとけ。それはそれで嬉しいがな」
「振られたのか」
「ああ。見ろよこの頬」
 影になって見えなかった左頬を指差して三堂は言う。真っ赤な手のあとが薄っすらついていた。
「なんだ、遅刻でもしたのか」
「ちょっと一時間遅れたのとケーキの好みの問題だな」
 ケーキの好みはともかくとして、遅刻はまずい。ロマンチストな彼女だったとすれば、よけいに。ましてや、五分の遅刻でも機嫌を損ねられたことがあるのに、一時間では平手打ちでもしょうがない。
「それはお前が悪いな。それで、ケーキの好みの問題ってのは?」
「機嫌取りに買ったケーキがお気に召さなかったらしい」
「何を買ったんだ」
 追い打ちをかけるようなケーキとはどんなものか。だいたいのケーキは喜ばれそうなものなのに、機嫌を損ねるとは。三堂が変なケーキを買ったのか、彼女のケーキの好みが変なのか
「苺のショートだ。ホールの」
「それは、いくらなんでも多いだろ」
「せっかくのクリスマスだからホールがいいだろうと思ったんだよ」
 呆れてため息もでない。
 俺と同じくらい女の扱いに慣れてないとはいえ、二人で食べるケーキをホールで買ってくるとは。カットされた小ぶりのケーキを買えばいいものを。
「それで平手打ちくらって来たってわけだ」
「まあな。ケーキもお土産にな」
「はあ!? マジで?」
 まさかクリスマスにケーキを食べられるとは思わなかった。三堂は面白いくらい散々な目にあったわけだが、今日の俺はツイてる。一人で過ごすクリスマスが三堂と、食べられなかったはずのクリスマスケーキが目の前に。彼女には申し訳ないが、ラッキーだ。
「食おう食おう! 今すぐ食おう!」
「こんな時間にか?」
 時計はすでに三時をさしている。夜に食べるにしては胃に重いだろう。しかし関係ない。
「いいから! ほら、食おうぜ」
「じゃあ、包丁と皿貸してくれ。切り分ける」
「そういうのはいい。もういっそ箸で食べりゃあいい」
 机の上に置かれたケーキ箱を開けると真っ白なクリームと光る大粒の苺のたち。思わず喉がなった。
 三堂が止めるよりも先に、いただきますと箸でケーキを抉った。
「あー、もうお前さあ」
「いーじゃん適当で。ほら三堂も箸でもフォークでも持って来て食おうぜ」
 呆れたような、諦めたような溜息を吐いて、三堂も箸を片手に隣へ座る。きれいなケーキは、箸で抉られるせいでぼこぼこと穴ばかりあいていく。気がつけば
クリームは胃の中に消え、スポンジとわずかなクリームしか残っていない。
「クリスマスに振られたってことは初詣も一人か?」
「まあな。なんならお前んとこで飲むか?」
「それいいな。大晦日からってのは?」
 酒とツマミを用意して、テレビを見ながら二人で年越しも悪くない。鐘が鳴ったら初詣ついでに初日の出を見にいくのもいい。
「あいてるあいてる。彼女に振られた俺の予定は全部潰れたからな」
 「そんじゃ決まりだな」
 年末年始の予定は決まりだ。一人で過ごすよりはずっと楽しいだろう。
 その前に、まずはこのケーキを食べなければ。
 深夜にケーキはさすがに重かった。しばらくは見たくもない。

END
(初出:2013/12/30)
(2014/08/28)


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