創作BL | ナノ
朝の光景


 朝起きると、アイツは必ずベッドにいない。人肌恋しくて手を伸ばしても、そこにいなくてそれで目が覚めてしまう。起きるまでいろ、とは言えない。アイツが早く起きるのは飯を作るためだから。何より、おれがアイツの飯が好きだから止められない。
 ドアの向こうから空腹を誘う香ばしい匂いが漂ってくる。ほんのり甘い。きっと今日はフレンチトーストだ。そういえば、昨日の晩からパンを浸していたような気もする。
 匂いに刺激されたのか腹の虫が鳴り出した。まずい、布団に戻らなければ。
「名瀬さん、朝ですよ」
 毎朝狸寝入りも楽じゃない。けれど、アイツに起こしもらいたいがために繰り返す。目を閉じてわざと寝息をたてて腹部を上下させる。そうすると、狸寝入りに気づかないアイツが遠慮がちに額にキスを落としてくる。
 なぜ額だけなのだろう。
 それを聞くのは、きっと狸寝入りがバレたとき。それまでは黙っておこう。
 キスを合図に動き出す。これも毎朝のこと。アイツはおれがこうやって動くといつも一歩下がる。フローリングの小さな鳴き声は目を瞑っていてもよく聞こえた。
「かさい、おはよう」
 あまり呂律が回っていないように話すことも忘れずに。そうすれば、アイツが笑って頭を撫でてくれる。
「名瀬さん、おはようございます」
 おれのペースに合わせてゆっくりと手を引いてくれる。それに身を任せると、いつの間にか椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
 砂糖もミルクも入っていないコーヒーはまだ眠っている部分をゆっくり起こしてくれる。嗅覚と味覚から苦味と独特の香ばしさが心地よい。それに浸って寝てしまいそうになるわけではなく、その刺激が心地よいのだ。
 フレンチトーストは中までしっかり卵と牛乳の甘さが染み込んでいて、幸せで満たして行く。それに少しだけ蜂蜜をたらせば甘くなり、バターを足せば塩加減が程よく甘さが際立つ。それらを好きなようにつけたりかけたりして口の中へ放り込む。噛むと染み込んだ卵と牛乳がじわりと口の中にあふれ、バターや蜂蜜と混ざり合う。
「おいしい」
 思わず口から言葉が漏れる。
 それを聞いてアイツは満足そうに、幸せそうに笑う。
「明日は何が食べたいですか?」
 そして、アイツは決まってそう聞く。
 だから、おれも決まってこう返す。
「お前にまかせる。なんでもいい」
 なんでもおいしいから、なんでもいい。何が出ても、それはおれを幸せで満たしてくれるから。

END
(初:2013/10/11)
(2014/03/23)


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