創作BL | ナノ
おかしな舌


「博也、また昼飯にケーキ食ってんのか」
 向かいに座った親友は呆れたように言った。
 重そうなカツ丼定食をつつきながら、俺のケーキを見る。皿に乗せたケーキを彼は食いすぎだと言う。ショートケーキにガトーショコラ、モンブラン。どれもおいしいというのに。
「これしか食えないんだからしょうがないだろ」
 野菜の入った料理はどう調理しても食べられない。肉も魚も果物も同じ。煮ても焼いても、胃に辿り着いたためしがない。
 どうにか胃に辿り着いたのは甘い物。ケーキやクッキー、ゼリーくらい。ただし、工場で大量生産された物だけ。手作りは食べられなかった。
「わかってるけど、これはない」
「それじゃあ、良輔が弁当作ってくれよ」
 俺が唯一食べられる良輔の料理。特別美味いわけでもなく、不味いわけでもない。野菜炒めだったり、炒飯だったり、焼きそばだったり。一品だけめんどくさそうに自分と一緒に出した料理だけが俺の腹を満たしてくれる。
「誰が作るか。いっくら心配してもめんどくせえから作んねえよ」
「だよねえ。まあ、俺も弁当作られちゃ食えないだろうな」
「全く、めんどくせえ体だな」
 本当に。俺は笑うしかなかった。自分でも呆れるくらい面倒な体。誰かが誰かのために作った食べ物が食べられないなんて、めんどくさい。
「なあ、今日は夕飯食べさせてくれよ」
「しょうがねえな。材料代払えよ」
「もちろん」
 誰かの料理が食べられなくなったのはいつだっただろうか。特に、自分のために作られた料理が食べられなくなったのは、とても昔だったような気がする。
 そもそも自分のために作られた料理を口にしたのは中学生の時だったと思う。調理実習で作ったとかバレンタインだったかあまり覚えていないが、初めて他人から貰った食べ物を口にした。しかし、俺の舌はすでに麻痺していたようで、美味しいと感じなかった。胃も受けつけず、苦い胃液を吐き出す。決して、貰った食べ物が不味かったわけではない。他の人に分けるとおいしいと言っていた。俺の舌がおかしくなっているのは明白だった。
 それから、何度食べても他人が自分のために作った料理は食べられなかった。まずは愛情のこもった物から。次は無差別に思いを込めた物。気がついたらほとんど食べられなくなっていた。どうにか胃が消化してくれるのは甘い物だけ。誰のためでもなく機会的に作られたお菓子だけ。
 良輔のご飯を食べた時は衝撃的だった。あまりにもお菓子ばかり食べる俺に食えと口に突っこまれた食べかけの野菜炒めを舌が受けつけたのだ。さらには胃まで到達し、跡形もなく消化して吸収されていった。今までこんなことがあっただろうか。いや、ない。あまりにも嬉しくて良輔の夕飯だったのについ完食してしまった。
 あの時だけは忘れられない。
 でも、俺は彼に好意を持たれてはいけない。持ってもいけない。友情でも親友までにとどめておかなければならない。そうしないと、今度はあいつの料理が食べられなくなる。
 あいつには自分の夕飯のついででめんどくさそうに作ってもらわなければならない。魔がさして、お前のために、なんて言われた日にはお終いだ。それこそ甘い物しか体が受けつけなくなる。
 だから、気持ちに蓋をしてなかったことにしなければならない。俺が良輔を好きになってはいけない。
「ほらよ」
 今晩の飯はオムライスらしい。こんなオシャレなもの今まで出したことなかったのに。
 もしかして。いや、まさか。
「おい、せっかく作ってやったのに食わねえの?」
「食べる、けど。どうしてオムライス?」
 スプーンも持たずにオムライスを凝視する俺に良輔は不満そうに聞く。
 食べたいけれど、答えによっては食べられない。戻すのがオチだ。せっかくの料理を胃液で不味くするのは気が引ける。
「妹に教わったんだよ。自炊するにしてもレパートリー少ないからな。野菜炒めも炒飯も飽きたんだよ」
 それならよかった。安堵でいっきに力が抜ける。
 万が一、俺のためにレパートリー増やしたなんて言われたらきっと食べられなくなる。そうじゃなくてよかった、本当に。
「なんだ、そんなことか。そんじゃ、いただきます」
 綺麗に巻けなかったぐちゃぐちゃの卵を崩して真っ赤なご飯と一緒に口へ入れる。薄いのに辛い。ケチャップが少なかったのか偏っているのか、ご飯の味が薄い。それなのに、胡椒を大量にふったせいで辛い。なんなんだこの料理。
「うまいだろ」
 得意げに良輔は言うが、美味くない。美味いとは、程遠い。しかし、不味くはないのだ。
「まあまあ」
 この答えが一番適当だろう。
 お前の料理はこれでいいんだ。俺のために美味くならなくていいんだ。
「うっせえ。そこはウマイって胡麻擦っとくとこだろうが」
「素直な感想言って何が悪いんだよ。不味くないんだからいいだろ」
 食うな、と皿を引っ込められそうになったので必死に止める。これが俺の一ヶ月分の食事になるんだから、残さず食べなければならない。
 明日からはまた甘い物を食べ続ける生活がやってくる。
 良輔の料理を食べる感覚は短くなってはいけない。舌が慣れてしまうから。きっと、慣れたら良輔の料理に味がなくなってしまう。だから、ほどほどに。
「また食べに来るね」
「いい加減食べられるようになれよな。二人分作る手間はたいして変わんねえけど、金がかかんだよ」
「悪いな」
 飯を食ったら帰る、これも大事。長居は気持ちの変化に繋がる可能性がある。接触を最低限にして、親友のポジションを保つのだ。難しいけれど、しょうがないこと。
 いつか壊れるであろうこの関係。俺の舌が壊れるのが先か、関係が壊れるのが先か。
 今はどちらでもいい。良輔の飯さえ食えれば俺はしばらく生きていけるのだから。

END
(初:2014/02/18)
(2016/03/09)


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