おかしなはなし | ナノ
天気雨の日まで


 雨の日に吉慈郎は決まってあんみつを作る。底に砕いた寒天を敷き詰め、白玉やあんこをのせ、最後に黒蜜をたっぷりかける。作ったあんみつを二つ、縁側に並べて彼が来るのを待つ。
 雨で視界が悪い中、屋根を打つ音が耳に心地よく響く。しばらくして、屋根に雨粒が当たる音とは違う音が聞こえ、顔を上げると赤い唐傘をさした男がやってきた。
「ちゃんと黒蜜かけてあるか?」
「もちろん。お前がかけすぎて甘いと言われそうなほどかけてやったよ」
 あんみつを挟んで吉慈郎の隣に座ると、長い前髪の隙間から黒蜜の量を確認する。適量だったのか、口元に笑みを浮かべ白玉を口に含んだ。
「上出来だな」
「当り前だ。いったい何年の付き合いだと思っている」
 おいしそうに寒天やあんこを口に運ぶ彼を見て、吉慈郎も自分の器を片手に食べ始める。彼に合わせて作るあんみつに、初めはあまりの甘さに食べられなかったが、それも慣れれば甘くておいしい文字通りの甘味だ。
「男でこれだけ料理ができれば女は逃げるな」
 冗談だとわかっている。事実、吉慈郎の料理の腕が原因で何度も逃げられているので、返す言葉もない。
「それがさ、嫁ができたんだよ。狐だけど」
 今日ばかりは、彼の冗談に言い返せる事実が揃っていた。初恋から遠回りをしてようやく結ばれたのだ。
「お前にもとうとう来たか。しかも、狐とは。つくづく妖怪に好かれるな」
「それはお前もだろう?」
「違いない」
 アメフラシと彼は呼ばれている。雨が降る日に彼が訪れるのは、彼が雨を呼ぶから。吉慈郎はそれを訪問の合図として、あんみつを用意する。
「狐が嫁に来るなら、もう来られないな」
「もう来ないのか?」
「ああ、住み分けは相手が気にしていなくても必要だろう。だから、もう行かない」
 突然の別れに、彼との縁を繋げる方法を吉慈郎は考える。しかし、巡らせてもまとまらず雨音だけが流れる。
「ごちそうさま。これももう食えなくなるな」
「じゃあ、まだ食べに来い」
 これしかない、と頭が叫んだ。別れるには心の準備が足りない。
「まだ材料が残っているんだ。食べてくれ」
「一人で食えばいいだろ」
「あんなに甘いもの、一人で食べきれん」
 彼は大きく息を吐いた。そしてしかたない、と言って吉慈郎のあんみつを口に放り込んだ。
「祝言の日までは来てやる」
「いいのか?」
「ああ。ついでに、当日は天気雨を降らせてやるよ」
「まさに狐の嫁入りじゃないか。頼むよ」
 空になった二つの器を見ながら、吉慈郎は少ない黒蜜をこっそり買い足すことを考えた。


END
(初:2013/08/31)
(2016/02/14)


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