人魚と砂糖菓子
月に一度、菓子売りは瓶いっぱいに詰めた金平糖を持って山を歩く。山の奥に住む人魚にそれをあげるために。
この山には大きな池があるという。名前もない池だが、人々が人魚の不死を求めて訪れる。しかし、聞くのは話だけ。実際に人魚はいる。足が魚のヒレの形をしているだけ。それを普通は異形という。
しかし、菓子売りにはどう見ても甘い物が好きなただの少女にしか見えないのだ。今も持ってきたかりんとうをおいしそうに食べている。
「甘いか?」
声の代わりに首を大きく縦に振って答えて見せた。とても嬉しそうな顔なので、思わず手がのびる。頭をそっと撫でると彼女は気持ち良さそうに目を閉じた。
彼女は声が出せない。捕まえようとした村人に声を潰されたのだろう。彼女は気付いていないが、首の周りには未だ手の形をした痣が残っている。
ここから連れ出そうと、菓子売りは何度か思案した。しかし、どう思考を巡らせても水でしか生きて行けない彼女を連れていける方法が思いつかなかったのだ。
自分にできることと言えば、菓子をやることくらいだろう。高い落雁などは手が届かないが、仕入れることができる範囲ならば彼女に甘いお菓子を食べさせてやりたいのだ。
「土産だ。大事に食えよ」
白い金平糖をいっぱいに詰めたガラス瓶を彼女の目の前に差し出す。高い菓子は、月に一度だけ金平糖を買うだけで精一杯だった。それでも、彼女の笑う顔が見たくてつい手にとってしまうのだ。
「雪みたいだろ」
口に含んだ彼女の顔が嬉しそうに緩む。よほど楽しみにしていたのか、次から次へと取り出して口の中で転ばせている。
「ゆっくり食えよ。またこれが食えるのは一ヶ月先なんだから」
最後にもう一度頭を撫でると、名残惜しそうに裾を掴まれる。その手を掴んでしまうと、本当に連れ出してしまいそうだった。菓子売りは笑って頭をもう一度撫でてやることしか返してやれそうにない。
「またな」
そう言って手を振った彼に、人魚は同じように手を振った。出せない声を出そうとしたのか、空気の抜けるような音だけが小さく彼の耳に入った。振り返ると、彼女は「またね」と口の形を作っている。
「また、絶対に!」
次も金平糖を買って来よう、菓子売りはもう一度心の中で意を固める。そして、いつか池の近くに小屋を建てられたら。人魚の喜ぶ顔を浮かべ、菓子売りは山をおりた。
END
(初:2013/08/01)
(2016/02/14)