「運転手さん、名前なんていうんですか?」

「どこ住んでるんですか?」

「何歳ですか?」

「結婚してます?」

「好きな食べ物ってなんですか?」

「好きなブランドは?」


先ほどまで無言だったとは思えないほど、堰を切ったように質問攻めしてくる男に、俺はかつてなくめんどくさい客を乗せてしまったと思った。楽に仕事が終わると踏んでいたので、若干裏切られた気持ちになる。さすがのS大生でもここまで絡んでくる奴は初めてだった。

しかしながら、その容貌はそこらへんにいる一般男性とは比にならないほど優れていた。大学生には珍しく、染められていない黒い髪。地味なはずのそれがむしろその男に似合いすぎていて、逆に目立っている。はっきりとした大きい目とミラー越しに合い、その力強さにうっかり引きまれそうになって思わず目をそらした。風格がもはや普通の人と違った。

そりゃあ、あんなに女が必死に引きとめるわけだ。こんな上玉逃がすなんて一生の後悔だろう。


たが、俺にとっては客以外のなんでもない。さっさと送り届けて今日の業務を終了したいだけなんだ。



「俺、前にも夏目さんに乗せてもらったことあるんですけど、覚えてます?」

「あ、そうだったんですかー。最近物忘れがひどくてすぐ忘れちゃうんですよね。以前はご利用ありがとうございます」


覚えているわけないだろ、と心の中で悪態をつく。毎日毎日人を乗せてるんだから、いちいち客の顔なんて見やしない。この時ばかりはあまりのしつこさで男の顔が俺の頭に記憶されたけれども、いずれすぐ忘れるだろう。


「着きましたよ」

先ほどのレストランに引き続き、タクシーを止めたのはまたもや高級そうなお洒落感漂うバーの前だった。


「夏目さんってもう仕事終わり?」

男がなんでそんなことを聞くのか分からず、俺はつい怪訝な顔をする。


「一緒に飲みません?」

まさかの誘いに俺は少し驚いた。あの若者達のなかに交じって酒を飲めと?こいつは人と人の壁を知らないらしい。他の人はどうか知らないが、俺は特に社交的な人間じゃあないからな。こういう馴れ馴れしさは嫌いだった。

だいたいタクシー運転してんだから飲めるわけがねえだろうが、とは言えず愛想笑いをした。


「せっかくですけど、まだ仕事が残ってるんで」

実際はもう終了するつもりだが、冗談とも分からない誘いを断るためにやんわりと嘘をついた。


「そっか。じゃあ、また帰りに呼んだら来てくれます?」

「まあ、近くにいれば…」


「絶対来てくださいよ!あと、これ」

男がタクシーを降りる際に、お金を俺に握らせる。


「お釣りいらないんで。夏目さんと話せたお礼」

そう言ってドアを閉めた。


手元には万札が二枚もあった。実際の料金は万札一枚にも全然届かない。お釣りはいらないにしても多すぎる。

男を引きとめようとしたが、もう店のなかに入って行ってしまっていた。


チップとして受けとろうにも、ここまでの金額はもらったことがないので正直困った。さっき言ってた帰りのタクシー代のぶんも入ってるのだろうか?遠回しの脅し?

まあでもそれについてなにも言っていなかったし、チップはチップだ。もしなにか言われたなら、この金を会社を通して返せばいい。


俺はその日結局学生達のもとには行かず、早急に業務を終え、家路に着いた。あとからそのお金について男からとやかく言われることはなかった。




prev next






×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -