モンスターダーリン


「先生、これお願いします、ね」

あいつの担任が、顔中をくしゃくしゃにさせ申し訳なさそうに差し出してきたのは、一週間後に提出しなくてはならない大事なプリントだった。

「え、」

俺は露骨に嫌な顔をしたのだが、担任は俺の顔色などを窺っていられる状況では最早ないらしい。俺のぶらりと下がった手を取り、無理やりプリントを握らされる。おい、角がぐしゃってなっちゃったけどいいのか?
俺が手の中のプリントと担任の顔を苦い顔で見比べていると、担任は無理しているのがバレバレな笑みで笑いかけてきて、それではよろしくお願いします!なんて叫びながら逃げるように駆けだしていった。

「お、おい!」

俺が声を掛ける間もなく、ぴゅーとまるで漫画のようなスピードで担任は廊下の奥へ消えていく。

「ハア…」

俺は一人廊下に佇み、思わず長い長いため息を吐いてしまう。
別に給料がもらえるわけでもないのだから、頼まれたって行かなければいい話だ。しかしここでプリントを捨て置いて、すたこらさっさと帰れる程畜生でもない。俺は天井を見上げて、再度ため息を吐く。

「しょうがねえ…」

肩を落としながら俺は帰り支度をするため、職員室へ向かうのだった。




今日はたまたま次の授業で使う用具の点検をしていて、いつもより帰宅が遅くなってしまっていた。いつもは特にやる事もないから、授業が終わるとすぐに帰宅する。
俺は担任しているクラスもないし、顧問をしている部活もない。ただの一介の体育教師だ。じゃあ、何であの担任にこのプリントを持っていくよう頼まれなくてはいけないのだ。普通こういうのって担任の仕事だろう?

それもこれも全部あいつのせいである!妙に懐かれてしまった生徒の一人。
無口で、誰ともつるもうとしない一匹オオカミ。そのくせ、めちゃくちゃイケメン。しかも金髪のサラサラヘアーである。そこで俺の敵であると認識されたわけなのだが、相手は何故か俺を勝手に慕うべき相手だと認識してきて、入学後の初めての授業の際、「弟子にしてください」と言ってきたのである。体育教師の弟子とはどういう意味だ?今でもよく分からない。

しかも勝手に弟子になったあいつが、他の教師が手を焼いていた問題児だと後から聞いてびっくりしたものだ。
決して素行が悪いとか、どうしようもない馬鹿というわけではない。
あやつは、いつだって真面目で品行方正で好青年なのだ。生意気だが金髪も地毛なのである。
しかし頭が良すぎるという問題点があったのだ。
一人だけ次元が違うのだ。数学の授業中に、一人小難しそうな学術書を読んでいたりパソコンを持ち込んで先生の問いかけにも応じず、何やら必死になって打ち込んでいたこともあったそうだ。(俺は座学の授業を受けているあやつを見た事がないから、全て聞いた話だが)

俺が高校生の時同じことをしようものなら、すぱーんと教科書で殴られそうなものだが、この自由気ままな行動にはどうやら裏があったらしい。俺の勤める高校の理事長が、あやつの父親なのだそうだ。
だから誰も教師は咎められないし、強く出れない。授業中いきなり席を立ったあやつは、びくびくしながらどうしたんだ?と問うた教師に、この時間に意味を見出せないので帰らせてもらえます、なんてさらっと真顔で言い放って言葉通りさっさと帰ってしまったらしい。

俺はその時、甘える子犬のように先生先生と何かと付き纏われていた真っ最中だったから、その話を聞いて驚いたものだ。
そのくせ、テストでは必ず満点を取ってしまうものだから、憎たらしい。しかも運動神経も抜群である。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。しかし唯一、コミニュケーション能力だけは欠けていたらしく、クラス内や学校に友人の一人もいないらしい。勝った!(?)ざまああ!
誰とも話そうとせず、話しかけるなオーラを常に放ち、イケメンフェイスに騙された女子に恐々話しかけられても、虫けらを見るような目で睨まれるだけ。次第に近づく人間は居なくなり、奴は孤高の存在となったそうだ。
「冷酷王子」生徒の中では隠れてそう呼ばれているらしい。

でもそんな奴も、俺とだけは親しく話す。無理やり電話番号を交換させられて、そのせいで電話もしょっちゅう掛けてくる。
俺が学校からの帰宅途中、奴が待ち伏せしていて、一緒に帰りましょう、って言いながら後をついて回られた事もある。
しかもそんな姿をタイミング悪く誰かに見られ、冷酷王子がハゲの体育教師(誰がハゲじゃボケ!)と仲良く笑顔で話をしていた、なんて噂を立てられ、次第にびくびくと怯える担任に頼られてしまったという始末である。

俺は目の前に佇む豪邸に、胡乱気な視線を送りつつ、チャイムを鳴らした。
ピンポーンという音が鳴り響くと、少しして玄関が開かれる。

「…ほら、届けにきてやったぞ」

出てきた少年に、俺はややぶっきらぼうに言った。もう一歩も動きたくないぞという意志を込めて、プリントをん、って突き出すが、にっこりと優雅に笑った奴はこれまた美声で言う。

「うちに上がってください」
「いや、俺これ渡しに来ただ、」
「美味しいケーキとお茶をご用意いたします。だから上がって?」
「うん」




決してケーキに釣られたわけではないのだ。俺は教師として全うな行動をしているだけなのである。

「先生、はいこれこの前言っていたケーキです」
「うわあ、すげ美味そう!」

奴ことジェノスは、トレーに華やかな香りを漂わせる紅茶と、艶やかなケーキを乗せて持ってきてくれて俺の目の前に出してくれる。

「これ、食べていいのか?」
「ええ、もちろんです」

俺は横にそえてあるフォークを取り、ケーキを一口食べてみる。それはマジでほっぺた落ちそうなくらい美味くて、自然と頬が弛んでしまう。にへにへと顔を弛めていると、ジェノスと目が合う。ジェノスは心底嬉しそうな笑顔で俺を見ていた。
少々気恥ずかしくなり、ぐっと眉根に皺が寄る。

「な、何だよ」
「いえ、別に」

その余裕しゃくしゃくの返答に、ドギマギしてしまう。俺は無理やり話題を変えた。

「、きょ、今日はお手伝いさんいないのか?」
「え、」
「ご両親とか」

聞くとジェノスはとろりと蕩けた笑顔を一気に真顔へと変える。何故かはわからないが触れてはいけない内容だったらしい。どうするべきかと口をつぐんでいると、ジェノスは不機嫌さを露わに話し出す。

「今日は俺一人です」
「へえ」
「気になりますか?他の人間が」
「…?別に?」
「そう、ですか。そうですよね」

途端、嬉しそうに頬を綻ばせるジェノスを、俺は不思議に思いながらも更に突っ込むことをしなかった。何はなくともこのバカ高いケーキを完食する方が先なのだ。
バクバクとケーキを口に入れていると、ジェノスがクスクスと笑いだしたので、俺は何事かと顔を上げる。

「そんながっつかなくても誰も取りませんって。このケーキがそんなにお好きなら、一緒にお店行きましょうよ?何度も何度も誘ってるのに、全然OKしてくれないから」
「やだ。男とケーキ屋行くなんて、まっぴらご免だぜ」
「別に気にすることないと思いますけどね」
「俺は気にするの」
「どうして」
「俺がイケメンとケーキ食べてたら絶対笑われる」

イチゴのショートケーキを食べ終わってしまうと、ジェノスの分の全く口が付けられていないチーズケーキに目が行く。
食べたいなぁと思っていると、ジェノスが笑いながら差し出してくる。

「こちらもどうぞ、先生」
「あ、どーも」

言われるがまま皿を受け取ろうとするも、目の前に座っていたジェノスが何故か横に移動してくる。高級そうな革張りのソファがきしっと音を立てた。

「先生、俺の事イケメンって思ってくれてるんですね」
「まあな、皆そう言ってるからな」
「…先生はどう思ってるんですか?」
「別に」

俺はチーズケーキにフォークを差し、一口食おうとした時、その手をジェノスが止めてくる。そのまま何故か顔を近づけてくるので、眉を顰めて睨んでやる。

「何だよ」
「先生以外からの意見なんて、どうでもいいです。ね、先生はどうなんです?」
「知らん」
「ねえ、どう思ってるんですか?俺の事」

俺の肩に触れ、耳元に囁くようにしゃべってくる。こそばゆくって仕方がない。でも俺は咎めたりしない。こいつが接触過多気味なのは既に慣れたものだから。
きっとこいつはファザコンなんだ。こいつと話すようになって、小さい頃普通の子供のように親に甘える事がなかったのだと知り、だれか身近な大人に思う存分甘えたかったんだと俺は思った。だからこいつからベタベタ触られるのは、正直こそばゆくて気色悪いが、されるがままにしている。咎めるのは何となく気が引けるのだ。取り立ててなりたかったわけでもない教師の職だったが、人嫌いなこいつに頼られるってことは、頼りがいあるぜオーラが俺から出ているのかもしれない。
なら、一癖あるような奴らばかり集まってくるのは何故なのだろう。俺の周りの騒がしい奴らが一気に脳裏を過り、つい苦い顔になってしまう。俺が思考していると、ジェノスが俺の顔を覗き込んできた。

「何だ?」

やけに真剣な顔に俺がきょとんとして聞くと、ジェノスは苦笑する。

「先生、いつになったら落ちてくれるんですか?」
「は?」

そんなセクシーな顔で聞かれても、意味が分からん。
俺はなおも聞き返す。しかしジェノスは答えようとせず顔を俺の首元に埋めてきて、俺の腰にも手を回してくる。

「な、何してんだよ」

俺の事は完全に無視だ。首元に鼻を埋めしかもくんくんと嗅がれ、これはさすがの俺も許せる範疇を越えているので、咎めることにする。

「何してんだよ!」

俺はジェノスの肩をぐいと押す。しかし見た目からは想像出来ないほどにがっしりしているジェノスの体は中々押し返すことが出来ない。

「センセ?」
「何だよ」

首元に顔を埋めたまま覗き込むようにジェノスが見上げてくるから、吐息さえも顔に掛かってしまいそうな距離である。これがずっと両親が共働きで、大きな屋敷に一人ぼっちだったジェノスが、大人に思う存分甘えている姿なのか?そう思うと胸が詰まって、突き飛ばしたいのに手が出せない。

「お前、ちゃんと学校来いよ」
「どうしてです?」
「学校は毎日きちんと通うものだ!」
「センセイは俺に会いたい?」
「会わなくても、毎日のようにお前が電話してくるから声は聞いてるだろ」
「先生が忙しいって、直接会ってくれないから」
「お前が学校に来れば良い話だろうが」

言い合いながら、何故かジェノスがどんどんと顔を近づけてくる。俺は出来る限り仰け反り、何とか迫りくるジェノスの顔をかわそうとしていた。

「だってつまらないんですもの。授業は退屈だし、学校に行っても先生とは中々会えないし」
「俺はただの体育教師だっつうの。体育の授業以外会わないのは普通だ」
「俺は会いたい」
「会ってどうするんだよ。話すなら電話でも出来るだろ?」

俺の話を聞いているのか聞いていないのか、ジェノスはとろんとした顔で目を細め、俺の頬を手で包み込むと、何故か唇をくっ付けてくる。

「センセイ可愛い」
「俺の話聞いてるのか!?」

無視されたことが腹立たしく、俺は強い口調で言う。

「聞いてますよ?先生の言葉は一語一句違わず覚えています。先生観察日記っていうのも付けてるくらいですから」
「え、何それ気持ち悪い」

俺が身を竦めると、ジェノスがクスクスと笑う。

「先生、俺先生にキスしたんですよ?そのことは気持ち悪くないんですか?」
「あ、そういえば」

話に夢中になっていたから、唇と唇がくっついた事には気が回らなかった。

「何だよ。そこまでして俺の説教を聞きたくなかったのか?」

言うと、ジェノスはちょっと困ったような顔をして、でもとろけたように笑う。

「先生ってどこまでも鈍感ですよね、でもそこが可愛いです」
「バカにすんなよ!!こんなハゲ教師のどこが可愛いんだ」

パツキンイケメンの余裕面に俺は心底ムカついて、ジェノスの体をずいと押し返した。そのおかげで少しだけ離れたけど、ジェノスはソファの背もたれに俺の体を挟むようにして手を付き、俺をにこやかに見下ろしてくる。

「カワイイです」

そう言いながらつるりとした頭皮にキスされる。

「唇も甘いですが、ここも最高です」
「バーカ!ハゲ舐めんなよ!」
「いえ、全身舐めたいです」

検討違いな事を言うジェノスをキッと強く睨む。

「何わけわからんことを言ってる。ほらどけよ。俺はチーズケーキ食べたいんだから」
「俺は先生の事を食べたいです」
「俺は食べられませんー!」

腹いせに顎を突き出して間抜けな顔で言うと、いきなりジェノスの顔が降ってきて、顔中に唇がくっ付けられた。

「何、すんだ、よ、」

ちゅ、ちゅ、って信じられないくらい甘い音が立って、俺は首を振ってもがく。そうやって逃げてもジェノスがその度追ってきて、鼻の頭とか、瞼の上、頬、頭、デコ、と触れてない場所がないってくらい、口が付けられた。
満足したらしいジェノスが体をすっと離す。俺は禄に呼吸も出来なかったからすっかり息も絶え絶えになっていて、ジェノスを強い眼力で睨みつける。

「気色悪い事すんな!!!!!」
「・・・すみません。でも先生可愛いから」
「可愛くねえっつうの」

もう俺は究極に腹が立っていて、ケーキを諦めるのは忍びないが、帰る事にする。ぐいっとジェノスの体を押して、前からどかそうとした。しかしジェノスの体は動かない。

「どけよ!」
「どきません」
「何なんだよ、お前は」
「こんな俺は嫌いですか?」

途端、殊勝な顔で見下ろしてくるジェノスにぐっと息が詰まる。

「き、らいではないけど…」

正直生徒に頼られるのは、教師として嬉しいものだ。

「先生に好かれていて、俺嬉しいです」
「あ、…そう?」

恍惚と微笑むジェノスに、俺もまんざらではない。
とろんととろけたイケメンフェイスに耐えられず、もじもじ俯くと、ジェノスが俺の顎に手を掛けて、上を向かせた。

「俺、先生のアヘってる顔が見たいです」
「は?あ、へ?」
「俺、…自慢ではないんですが正直でかいんです。お尻、さけて血が出ちゃうかもしれませんが、ちゃんと処置しますんで初めての時は我慢してくれますか?」

ジェノスは、砂糖を煮詰めたような甘さで微笑んでくる。俺はマジできょとんだ。きょとん中の最上級なくらい呆けている。

「し、り?」
「ええ、お尻に中出ししたいけど、それは許してもらえませんよね?だったらこの白い背中にザーメンかけるのは許してもらえます?」

端正な顔のまま俺の背中に手を回してきて、つうと撫でられ、俺はぶるりと震えてしまう。

「な、に言って…」

呆けている俺を抱き寄せ、ぎゅうと腕に閉じ込めたジェノスは俺の耳元で甘く甘く愛を囁く。

「センセイ大好きです」

服を脱がされ始めた所で、ようやく何かが違うと気付いた俺は、最大のバカである。




25/2/21
中出ししないと言いながら結局先生の中で出しちゃう理性のきかない10代童貞ジェノスくんを次回書きたいと思っています。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -