高校一年生×二年生のパラレルです。
あいかわらず溺愛攻めの弟子と流され受けの先生のお話。
モブの女の子が出てきます。そして本編では弟子が女の子に冷たいです。
色々とご注意下さいませ。


3P〜7Pのサンプルになります。




 2月14日。世間で言うところのバレンタインデーである。しかし、自分で言うのも何だが、モテない俺には全く関係のない行事であった。だから今年も華やぐクラスメイト達を若干恨めしそうに見つつも、何事もなく一日が過ぎていくと、俺はその時まで信じて疑わなかった。
 バレンタインデーが休日だったらいいのにな…。そう朝からふてくされながらもいつも通り登校すると、クラスでもモテる部類に入る女子から、いきなり話しかけられた。あまりに突然の事で仰け反って驚いてしまった程である。俺が目を丸くさせて固まっていると、彼女から可愛らしくラッピングされた四角い箱を差し出された。何事か分からず、ただ彼女と手元のそれを交互に見ていると、彼女が笑う。
「これ手作りチョコなの」
 まあ本日がバレンタインデーという事を考えれば、それが何であるかはすぐに想像が付くというものだ。しかし何故そのチョコが俺に差し出されている?これはまさか期待しても良いという事だろうか…?
 若干ドキドキし始めた瞬間、彼女が話し出す。
「ねえ、一生のお願い。これをジェノスくんに渡してくれないかな?」
「…………はぁ?」
 暫く言葉の意味が分からなかったが、理解するとすぐに羞恥でこの場から消えたくなった。ああ現実は無情だ。
 ここぞとばかりに上目使いで頼んでくるあたり、この女相当やり手だな…!冷静にそう考えながらも、女子の口から出たジェノスという名前の男を思い出していた。
 一つ学年が下の、まだ一年坊主の男。いかにも女性にもてそうなクールな外見から、近隣の女子高にまでファンクラブがある我が校きっての人気者だ。学年は違うが、たまたま教室がある階が一緒で、日に何度か廊下ですれ違っていた。まあ、ただそれだけの関係で、俺にとってはただの他人である。なら何故名前を知っているのかというと、聞きたくもないのだが、頻繁に噂だけは耳にしていて否応なしに認識しちまっている。
 顔はとんでもなく整っているが、かなり性格に難があるらしい。しかもモテるわりに身持ちは固いらしく、どれだけ可愛い女の子に告白されようとも、ためらいもなく拒絶するらしい。
 まあこんな感じで色々と噂は飛び交っているが、実際の奴の具体的な性格や、女関係については一切不明である。
「ねえ、お願い」
 これまで一度も話しかけてきやしなかったくせに、こういう時だけ男に頼るのな!まじ最悪だぜ!そう思いつつも、さすがに学年でも可愛いと噂されている女子である。懇願するような目で見詰められたら、断りの言葉が喉の奥へ引っ込んじまう。もし、この子に付き合ってと云われたら、俺なら即OKするかもしれない。しかし相手は難攻不落のあのジェノスである。つい先日も近隣の女子高で一番可愛いと言われていた(俺は知らなかったが)女子がわざわざうちの学校まで来て告白したらしいのだが、結果は見事に玉砕。
 どんな女の子が好みだとか、好きな女性芸能人は誰だとか、そういう質問にも一切答えないらしい。あまりにプライベートが謎すぎて、何の関係もない俺にさえ噂が届いてしまう程、ある意味で有名だったのだ。もしキューピット役を頼まれているのならこれほどまでに難しい仕事はないだろう。というか、何故俺に頼む?
「俺、アイツと知り合いじゃないぞ」
 例え誰かにキューピット役を頼むにしても、全くの他人である俺に頼むのは筋違いなような気がするが。
「だってジェノスくん、仲の良い人いないんだもん」
 奴は一人を好み、孤高の王子と化している、らしい。この年代なら友人とバカ騒ぎして下ネタで盛り上がるくらいあっても良さそうだが、ジェノスは一切話にも入らないし、むしろ嫌悪している、そうなのだ。
「いや、たとえ友達がいないにしろ、無関係の俺に頼むのは間違ってる気がするが」
 言うと、彼女は意地悪な顔をして俺を見上げてくる。…おい、何だよその目は。
「私、ジェノスくんと話してるの見かけた事あるよ〜」
「…」
 そう言えばそんな事もあったな。
 数か月前、廊下を歩いていたら突然ジェノスが話しかけてきた。ジェノスも運動神経抜群らしいのだが、俺も体育だけには自信があって、俺の体育の授業風景をジェノスが見て大層驚いたらしい。どこかの部活に入っているのかと突然聞いてきた。俺が入ってないと答えると更に驚かれた。ならどうやって鍛えているのか、とかその瞬発力がどうのこうの、と矢継ぎ早に問われて、俺もよく分からないなりに答えてやった。と、いうか名前も聞かれる前に、その質問かよと呆気に取られてしまったが。俺の答えに何度も頷き、ノートに何やら書き込んだ後、ありがとうございました、ときちんとお礼を言ってジェノスは去っていった。会話というのはこれの事だろう。ただ、それだけである。それきりなのだ。知り合いでも何でもない。
「いや、あれは、」
「すごく興味津々な顔をしていたから、知り合いなのかと思ったけど」
「いや、全くの無関係」
「でもジェノスくんが誰かとあんなに話してるの見るの初めてだったから」
 どんだけ普段無口なんだよ…!
「だから頼んだの!他の人じゃ絶対無理だから」
 そう頼まれて俺は思わず唸ってしまった。別にチョコを渡すのは容易い事かもしれないが、奴に迷惑になったら申し訳ないと思ったのだ。
「ね、お願い」
 鼻にかかった甘い声で強請るように彼女に哀願されて、俺は言葉に詰まってしまう。ああ、もうどうしたら良いってんだよ!
「け、結果はどうなっても知らないからな」
「え?それって…!」
 ヤケクソで叫ぶと彼女の顔が一気にパアっと華やぐ。
「渡してくれるの?」
「本当に渡すだけだからな!」
 言うと満面の笑みの彼女に手をぎゅうと握られる。こういう時だけ触ってくんのな!調子良い奴!
「ありがとう!手紙が中に入ってるから、渡してくれるだけで良いの!」
 キラキラした顔で見つめられると、思わずたじろいでしまう。これが男の性というものか…。
「お願いね!」
こうして俺は、彼女から託されたチョコをジェノスに届ける事になった。
 

 まぁ、ある程度予想はしていたものの、 その日ジェノスは見かける度に女子に声を掛けられていた。漫画の中の王子様かよと思わず心の中で突っ込んでしまったくらいである。いつ渡そういつ渡そうと悩むあまり、俺はジェノスのストーカーの如くその一日隠れて観察してしまった。
 冬だというのに短いスカートの下から生足をさらけ出している彼女達を目の前にジェノスは容赦なくチョコを拒否していっている。何て酷い野郎だ。俺が貰いたいくらいだぜ…。なんて憎々しく思いつつも、その時間がようやく訪れることになる。昼休みの時間も半分程過ぎた頃、教室にいるジェノスが一人になった。自分の席で何やら熱心に本を読んでいる。
 もうここで渡すしかない!上級生が下級生の教室に入る、という、大きなハードルがあったが、ここまで来たら男らしく意を決すしかあるまい。つかつかと足早にジェノスの席に歩いていくと、俺は彼女から託されたチョコを手に、ジェノスに声を掛けた。
「なあ」
 俺の呼びかけに、ジェノスが顔を上げる。俺を見るととても驚いたように目を見開いた。しかもがたん、と大きな音を立てて椅子から慌てて立ち上がる。何故そんなにも驚く? 
 人形みたいに整った顔にじっと見詰められて、言おうとしていた言葉が出てこない。普段ここまでイケメンに見詰められる事なんてないからつい動揺しちまった。
「…」
 視線を泳がせていると、ジェノスが恐る恐るといった風に話しかけてくる。
「それ、…」
 そう言われてジェノスの視線の先を見ると、俺の手の中にあったチョコに注がれていて、 慌てて口を開いた。
「あ、これ」
「チョコレートですか?」
 何とは言わなくても見た目からしてチョコだと分かったのだろう。そして朝から続くチョコ攻撃に、察してくれたらしい。これは好都合だ。
「これ、やる」 
 動揺して片言になってしまったが、とにかく使命を果たすべく、チョコを突き出した。
「…」
 先程からジェノスにじいっと穴が開くほど見詰められているから、顔が赤くなってしまう。別に俺が告白してるわけでもないのに、恥ずかしくなる。しかし俺はジェノスがすんなりと貰ってくれるとは思っていなかった。朝からきっぱりと拒絶してきた所を見て来たから、同じように絶対断ると思っていた。『ごめん。やっぱり受け取ってもらえなかったぜ』と、彼女への謝罪の言葉まで考えていたくらいだ。しかしジェノスは何故かじわじわと顔を赤らめていき、一瞬泣きそうな顔をして笑った。
「ありがとう、ございます」
「え…」
「俺が貰っていいんですよね?俺宛てで間違いないですよね?」
「う、うん」
 お前宛てで間違いない。ってか本当に良いのか?今まで何人ものチョコを切り捨ててきたというのに。何でこのチョコに限ってそんなに嬉しそうにする? 
 俺がジェノスにチョコを渡すと、ジェノスは神々しいものを触るみたいに優しく恭しくゆっくりと手で箱をなぞった。
「ありがとうございます…」
 そのあまりの嬉しそうな声に呆然としてしまう。
「俺、嬉しいです」
 そんなにチョコを貰えて嬉しいのか…?だったら何故これまでのチョコは受け取ってなかったんだよ?
 ああ、そうだ。送り主をちゃんと伝えなくてはならない。手紙が入っているとは言え、事前に送り主を知ってるのと知らないのとでは、開ける時の心持が違うからな。
「それさ―――」
 彼女の名前を言おうとした瞬間、昼休みが終わるチャイムが鳴り、俺は焦る。早く自分の教室に戻らねば!
「とにかく宜しくな!」 
 それだけを伝え、足早にジェノスの教室を去っていった。まあ、開ければ一目瞭然だろうし、俺が伝えなくても、良いだろう。
 しかし去る前に見たジェノスの何か言いたげな顔。俺を引き止めたそうだった。一体何だったのだろう…?でも、まあいいか。彼女に早く結果を伝えたい、という事と、次の授業の事で頭が一杯で、ジェノスが何故あんなにも嬉しそうだったのか、俺は考えもしなかった。
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