元生徒(大人になった)×高校教師のパラレルです。
あいかわらず溺愛攻めの弟子とツン?デレ?の先生が再会してくっつくまでの話。
ひたすらもだもだして結局ラブラブになります。
※過去、先生に彼女がいた描写と少しだけモブが出てきます。苦手な方は気を付けてください。

冒頭になります。サンプルにはありませんが、本編はR18ですので、ご購入の際は気を付けてください。



「あれ?ジェノス…?」
 それは思わぬ場所での再会だった。俺はそいつを見た瞬間、暫く思考が停止してしまうほど驚いてしまった。だって、そいつがジェノスだったからだ。
 駅近くにある大きな喫茶店。目の前の女子生徒が待ち合わせの場所に指定した場所だった。店の前で合流し、共に入店して10分程経った頃だったと思う。俺達が座っていたテーブルの側を誰かが通り過ぎた。一番奥の席だったので人が通るはずないのに、と怪訝に思い、何気なく俺は目を上げたのだ。そして、そこにいた人間を見て驚愕してしまった。
 元生徒のジェノスだった。会うのは、恐らく5年ぶりくらいだと思う。最後に会ったのは、親の都合でジェノスが海外に引っ越す事になり、発つその当日、学校に挨拶に来てくれたのが最後だ。高校の卒業を待たずしての転校だった。
「ジェノス…」
 ジェノスも同じように俺を見て驚いたようで、暫く固まっていたが、再び名を呼ぶと、ようやくおずおずと口を開いた。
「せん、せい…」
 その声は震えている。
「偶然だな…。久しぶり」
 気まずさを感じさせないようにわざと明るい声を出した。すると、ジェノスも空気を察したようでニコリと笑ってみせた。とてもぎこちない笑みだったが。
「ええ、お久し振りです…」
「お前、日本に戻ってきてたんだな!こっちで就職したのか?」
 ジェノスの着ているスーツ姿を、上から下まで眺め、感心したように言う。
「ええ。今年から親の会社に勤め始めたんです」
 ああ、そうだった。こいつの父ちゃんは会社を経営してたんだよな。
「なんだよぉ、それなら連絡くらいくれてもいいだろぉ!」
 そんな事絶対ありえないと思いつつも、一応寂しかったんだぜと、アピールしておいた。
「すみません、帰国してから何かと忙しくて…。本当に…すみませんでした」
 ジェノスは心底申し訳なさそうな顔で俺に謝罪してくる。実際悪いのは俺の方なのに。連絡元を絶ったのは俺なのだ。したくても出来ないようにした大本は俺なのだから、本当は文句を言えた義理ではない。心苦しさから、俺はその件についてそれ以上は突っ込まなかった。
 ジェノスの外見はそれほど変わっていなかった。そりゃあ高校生の頃に比べれば、顔つきも精悍になったし体格も良くなった。あの頃はただの堅物だったが、今は髪型や雰囲気もおしゃれになった。しかも相変わらずイケメンで、というかイケメン度が上がっていて、悔しい事に直視することを躊躇う程のオーラが出ていた。
「いや、元気ならそれでいいよ」
 笑うと、ジェノスが苦しげに眉根に皺を寄せたから、俺は見ていられずにふいっと顔を逸らした。
「せんせい、」
 俺が目を逸らしたのをどう思ったのか、ジェノスが何か言いかけて躊躇うように口を噤む。いきなり顔を背けたのはまずったかもしれない。おずおずと視線を再び戻した瞬間、俺はようやく後ろに立っていた女性の存在に気付いた。高そうなスーツを身にまとう金髪の外国人の女性は、ジェノスと俺を不思議そうな顔で見ていた。
「あっ!連れの人がいたんだな。引き止めて悪い!」
 その女性にぺこりと頭を下げながら侘びを入れた。彼女は少々驚いたように片眉を上げたが、すぐにニコリと微笑む。どこのモデルかと疑いたくなるほど整った顔に若干戦いてしまう。彼女は俺に笑いかけた後、ジェノスに向かって英語で何事か早口で言う。ジェノスが頷くと、つかつかとハイヒールの音を立てて店から出て行ってしまった。
「いいのか?お連れさん」
 彼女の背中が見えなくなってしまい、ちらちらと店のドアを見詰めながらも問うと、ジェノスは慌てたようにきょろきょろしながらも言う。
「すぐに戻らなければならないのですが、それより、」
 その口ぶりだと金髪美女は店外で待っているのだろう。
「こちらこそお邪魔してすみません」
 ジェノスが俺の目の前に座っていた女子高生に声を掛けた。女生徒はジェノスの笑顔に気押されたように焦りながらも、ふるふると首を振る。こいつも俺と同じくイケメンオーラにやられたらしい。言いたかないが、こいつのこんな乙女な顔初めて見たぞ。
「先生、この方は?」
 ジェノスが聞いてくるので、正直に答えてやる。
「ああ、今の俺の生徒なんだ。こうやってたまに悩みとか聞いてやってる」
「へえ…」
 ジェノスは頷きながらも若干複雑そうな顔をして、女生徒を見下ろした。
「僕も以前は先生の生徒だったんですよ、ね?」
「あ、ああ」
 何故か力の入ったような声で聞かれ、小さく何度も頷いた。その言葉に、女生徒は驚いたような顔で俺とジェノスとを見比べている。確かにこんな優秀そうなイケメンが俺の生徒だなんて信じられないよな。って自分で言ってて情けないが。
「先生は相変わらずみたいですね」
 ジェノスは昔を懐かしむような顔で嬉しそうに笑う。
「相変わらずって何だよ?」
「いえ、」
 言いにくそうにして、ちらりと女生徒を見、ニッコリと笑う。
「優しいんだなって」
「…そりゃあそうだ、…生徒だもん」
 思わず目を逸らしてしまう。ここで気まずくなる必要なんてないはずだが、どうしても口ごもってしまう。俺は慌てて話題を変える事にした。
「あ、ほら、あの人待ってんだろ?早く行った方がいいんじゃないか?」
 言うと、ジェノスは至極残念そうな顔で俺を見詰めた後、しぶしぶのように内ポケットから名刺を取り出した。
「これ携帯の番号です。後で連絡いただけませんか?」
「分かった…」
 本当に連絡するかは分からないが、一応ここは頷いておいた方がいいだろう。俺の答えにジェノスはホッとしたような顔をして、頭を下げる。
「先生、それでは、…また…。俺、電話待ってますから」
 名残惜しそうな顔で言う。ぴくぴくと頬が引き攣りながらも笑って手を振ってやった。
「うん、じゃあな」
 また、と言えないのが寂しい。ジェノスは何か言いたげに何度か振り返ってきたが、そのうち店の外に姿を消した。見届けて、ようやく全身の筋肉がふっとほぐれていく。無意識に緊張してしまっていたらしい。いつのまにか冷や汗も掻いていた。
 俺は疲れ切ったような溜息を吐きながらも背もたれに寄り掛かると、これまで静かだった女生徒が嬉々とした顔で聞いてくる。
「なんかスゴイ!あの人!めちゃくちゃイケメンだった!」
こいつもやっぱり女の子なんだなと実感し、苦笑してしまう。
「ああ、まあな」
「へえ、今でも仲良いんですか?」
「いや、卒業前にあいつが海外に引っ越しちまってからは疎遠になってた」
「ってことは、偶然の再会って事?うわあすごい!一緒にいた女の人は同僚かな?それにしてもすごいお似合いだったね」
 確かに、と思ったが肯定するもの躊躇われて適当に相槌を打つように首を動かした。誤魔化すように飲みかけだったアイスコーヒーのストローを銜える。
「ジェノス、って名前なんだよね?金髪ってことは外国の人?ああ…いいなぁ…あんな人と付き合いたいなぁ」
 女生徒もなかなか可愛い部類に入ると思うが、とにかくサボり癖があって、こうして今日も俺がこいつの家の近くの喫茶店で説教しているというわけである。素直に呼び出しに応じる辺り素直な性格なのだと思うが、とにかく今時の女子高生らしく自由奔放だから色々な面で少々心配である。さっきも彼氏がさ、とのろけていたが、ジェノスが現れた途端頬を染めてはしゃいでる姿に思わずやれやれと肩を竦めてしまう。
「高校のころから、あんなイケメンだったの?モテモテだったんじゃない?」
「まあ?そうだったと思う…」
「頭も良さそう!あれは絶対遊んでたね!」
「さあな…」
 そっけない返事をしてしまったが、こうでもしないと色々なものが溢れてきてしまいそうだったから、無関心を装う他無かったのである。
 確かにモテてはいた。頭も良かった。加えて運動神経も抜群だった。しかし、あいつは…。
「今、彼女いるのかな?」
 よっぽどジェノスが気に入ったのか、根掘り葉掘り聞こうとする彼女に、どうしたものかと困り果ててしまう。舞い上がり過ぎてたった今俺達がしていた会話をもう忘れてしまったらしい。俺とジェノスは5年ぶり再会なのだ。当然、彼女がいるかなんて知るはずがないのである。俺はハアと溜息を吐いた後、胡乱な瞳で彼女を睨みつけた。
「おい!俺がここに来たのは、お前と恋バナするためじゃないぞ!」
 少々きつ目に言うと彼女は肩を竦め、反省したようにしゅんとする。
「ごめん…」
「ったく」
「でも………あの人の写真とかあったら後でちょうだいね」
 ちゃっかりしている彼女に呆れてしまう。俺は再び溜息を吐いた後、ジェノス達が来る前に話をしていた話題を切り出し始める。数日サボっていた間に配られたプリント等を彼女に渡し、説明している間、そっと背後を振り返る。あのパリっと糊のきいたいかにもなエリート然としたスーツ姿は、とっくに見えなくなっていた。



 5年ぶりとは言ったが、その間、ジェノスから数度手紙やメールはもらっていた。しかし俺が全く返事をしなかったのである。ジェノスが旅立つ日、断腸の思いで見送ったのだ。今更繋がりを持とうと思うはずがない。持てるはずもないのだ。
 女生徒と別れ、家へと帰り道すがら、ジェノスと最後にかわした会話を思い出していた。海外に旅立つという日、ジェノスはわざわざ学校まで俺に挨拶に来た。学校を辞める日、クラスメイト達と散々別れを惜しみ、語り明かしたというのに、今日は俺一人に会うためだけに来たらしい。
 俺はたまたま授業が無かったので、訪ねてきたジェノスと使われていない準備室で話す事になった。ドアを閉めるといよいよ二人きりになる。
「…今日行っちまうんだな」
「は…い」
 家族は先に空港へと向かったらしく荷物も一緒だそうで、ジェノスはとても軽装だ。これから海外に行っちまうなんて益々信じられない。
「寂しくなるな。ちゃんと卒業を見送ってやりたかったけどさ」
「先生、」
「でも、まあ、しょうがないよな。あっちでも学生するんだし、ジェノスにとってはただ場所が替わるってだけだよな」
 苦笑するように言うが、ジェノスは全くくすりともせず、真剣な眼差しで俺を見詰めてくる。
「でも先生がいません」
「っそりゃあそうだ。俺が二人いたら怖いだろ」
「そういう意味じゃありません」
 分かってる。俺はジェノスを見ていられず、外を見るために窓の方へと歩いて行った。
「俺、楽しかったよ。お前の先生になれて良かった」
「俺も楽しかったです。先生と出会って、今まで、ずっと」
「うん…」
 俺は振り向きもせず、ただ校庭を見下ろしながらこくんと頷いた。成績が良くて運動神経も良くて、でもコミュニケーション能力の欠如したジェノスを、担任としてどうやってクラスメイトと上手く馴染めるかを毎日沢山考えて、色々実行した。ジェノスが浮かないようにとか、ジェノスが一人ぼっちにならないようにとか。精一杯やったら応えてくれる生徒も出てきて、何とか俺なしでもスムーズにクラスが回るようになった。ジェノスは相変わらず無愛想だったが、結構天然な所もあって、完璧なのにバカ可愛いという変な可愛がりを皆にされて俺も嬉しかった。一部馬の合わない奴もいて、いつ喧嘩するかってひやひやしていたが、俺が喧嘩はダメだぞと事前に忠告していたから、ジェノスはスルースキルを活用し、特に大きなもめ事は起きずに済んだ。
「先生」
 ジェノスが俺の名を呼ぶが、俺は答えずただ外を見続けた。
「先生、ずっと好きでした」
「それも黒歴史じゃなくて、良い思い出になると変わると良いな」
 誤魔化すように、わざと明るい調子で言う。
「いえ、違いますね。……好きでした、ではなくてこれからもずっと好きでいます、ですね」
 俺の茶化したい空気を跳ねのけるように、ジェノスは真面目に返してくる
「きっと過去形になるよ」
「ならないと思います」
「そうか?外国の、こーんな金髪美女に迫られたらお前だっていちコロだろ?」
 言いながら手で巨乳の胸を作ってみせた。振り返ると、ただジェノスがじっと俺を見詰めていた。その瞳はまっすぐすぎるくらい熱が籠っていて、ジェノスの想いが手に取るように分かってしまう。俺は慌てて目を逸らし、小さく「ごめん」と謝った。茶化した事を謝罪したのだ。ジェノスの想いを知っているくせに、こんなことを言ってしまう俺は、マジで最低な野郎だ。でもジェノスは責めてこない。それが更に罪悪感を煽った。泣きそうになるのを慌てて堪える。
「先生、」
 ジェノスが近付いてくる。逃げ出そうと思ったが、足が地に根を生やしたみたいに動かない。とうとう背後までジェノスが迫ってくる。どきんと心臓が大きく跳ねた瞬間、ぎゅっと後ろから手を握られた。
「先生、ずっと好きでいますから」
「俺、彼女と結婚するから」
「…分かってます」
 その当時、付き合っている彼女がいたのだ。学生時代からの腐れ縁で、ジェノスと出会う前から交際していた。しかしこのところお互い仕事も忙しくて、…という体の良い理由であまり会えていなかった。しかしジェノスには交際は順調である、将来は結婚も考えている、と言い続けていたのだ。そう言っておかないと、すぐにでも決壊してしまいそうだったから。
 ジェノスに彼女を紹介したこともあった。そうすることで、俺の『彼女』と言うものは本当にいて、こうやって上手くいってるんですよ、と言う事をジェノスに示し、お前の好意は無駄であると暗に示したのだが、ジェノスの想いが変る事はなかった。
 ぎゅ、っと痛いくらいに手が握られる。
「先生が結婚しても、俺はずっと好きです」
「迷惑だ」
「…すみません」
 きつめな口調で言うと、ジェノスは泣きそうな声で謝った。顔も苦痛の表情をしているだろう。心苦しい。
「…迷惑なんだ」
「分かってます…。…俺は先生とお付き合いしたいなんて、おこがましい事、…考えてるわけじゃないんです…ただ、好きでいるくらいは、いいと、思います…」
 最後は言葉に詰まりながらもジェノスは語る。俺は何も返事をしなかった。ただ胸が詰まって言葉が出なかったというのもあるし、ずっと好きでいてほしいという俺の身勝手な考えがこみ上げてきたからである。こんな自分勝手な事、言えるはずもない。
「ほら、ぐずぐずしてると飛行機の時間に遅れるぞ」
「でも、」
「ほら、早く行けって」
「…はい」
 ジェノスの言葉には、落胆と諦めが感じ取れた。もう、こんな俺の事なんて嫌いになっちまったかもな。10代の頃の恋愛なんてそんなものだ。
「先生」
「ん?」
「電話もメールもします。手紙も出します。良かったら返事ください」
「…ああ、余裕があったらな」
「お願いします」
「ん」
「…」
 そのまましばらく互いに黙りこくっていた。ジェノスの鼻をすする音と、顔をぬぐっている音がした後、ゆっくりと、繋がれた手が解かれていく。不自然なほど強く握られていた俺の左手とジェノスの右手が、ようやく離された。
 それから、ジェノスは小さくさよならと言い、俺も手を振る事で別れを示した。結局一度も振り返る事なく終わってしまった。一度でもジェノスの目を見てしまったら、泣いて縋っていたかもしれない。
 これで良かったんだ。俺は必死でそう思い込む事にした。
 一人っきりになった準備室。校門からジェノスが出ていく姿を見詰めながら俺は静かに泣いていた。
   





「あれから、5年か……」
 一人暮らしの部屋に帰り、靴を脱ぎながらも一人ごちる。
あれから、何のわだかまりも無くなった!ようやく彼女とラブラブ生活が出来るぜ!と思っていた俺だったが、あの後すぐに彼女の浮気が発覚し、やましさのある俺が当然責められるはずもなく、自然消滅みたいな形で別れる事になってしまった。表向きは傷心を装ったが実は、ホッとしていたなんて、誰にも言えるはずがない。ただ俺から振らなくて済んで安心していたのかもしれない。
 食事して寝るだけの一人暮らしの部屋。雑然としているが、それなりに片付いている方だろう。ただ物がないだけなのだが。
 あれから数人の女性と良い感じになったが、結局結婚を考えるほどの相手はいなくて、30を超えても悲しい独り身である。
 さっさと部屋着に着替えると、パソコンの電源を入れて持ち帰りの仕事をすることにした。椅子に座ると、鞄から取り出した携帯を無造作に床に放りだし、それからちらりと視線を向けた。……連絡した方がいいのだろうか?これが逆ならどうだっただろう?あの頃、ジェノスは実にマメで、携帯の番号を教えると頻繁に連絡してくるようになった。その頃はまだ上手くいっていた彼女とのデートの時にも連絡が来た時にはさすがに参ってしまった。でも本当は、それほどマメな性格なわけじゃないのだと知ったのは、俺があいつの担任になって1年ほどが経過した頃だ。俺も志があって教師になった。生徒に頼られて嫌なわけがない。電話やメールで、ジェノスから小さな相談から大きな相談まで色々されたが、その都度真面目に返してやっていた。しかし、こうマメだと友人には嫌われるんじゃないか?と心配になり、さりげなくクラスメイトに聞けば、そもそもジェノスの連絡先を知らない。聞いても教えてくれない。会話は必要最低限のものしかしたことがない。世間話をしても無視される。というような答えが返ってきて驚いてしまった。え?普段はあんなにマメなのに?どうでも良い内容のメールばっか送ってくんのに?今日の先生が着ていたTシャツ可愛かったですね、とか、どこで買ってるんですか?俺もお揃いが欲しいです、とか本当どうでも良い内容ばかり何通も送ってくるのに?ってことは、あのしつこさは俺にだけなのか?なら何故?何故俺にだけ?最初はその理由が俺にはよく分からなかった。でも頼られるのは教師として嬉しいから、特に気にもしないでいるとそのうち、周りに変な勘ぐりされるようになって、その度そんなわけあるかってはぐらかしてたっけ。まぁ、それは主に俺と話すときだけ距離が近すぎたりスキンシップが多すぎたりして、ジェノスに憧れる女生徒のやっかみとかも含まれていたと思うのだが。まあ、俺もそれに対してまったく違和感を持たなくなってたのも、原因の一つだったのかもしれない。とにかく鈍感すぎたせいだ。いや本当は気付いていたのかもしれない。心の奥底では、ジェノスの気持ちも俺の気持ちも気付いてて、でもわざと知らない振りをしていた。俺も、…ジェノスも。
 携帯をちらりと見やり、どうしたものか…、と困ってしまう。とりあえず脱ぎ散らかしたズボンのポケットの中から名刺を取り出してみた。
「…」
 本当は今日の再会を無かった事にして、この名刺も捨ててしまえば良かったのかもしれない。だが、俺はそれを出来そうになかった。これから俺達の関係がどう変化するにせよ、このままではいけない気がしたのだ。
「よし!」
 俺は意を決し、名刺に書かれた番号を打ち込んで通話ボタンを押した。そのままいつものように呼び出し音を数回聞く事になるだろうと思っていたから、ワンコールも鳴り終らぬ間に相手が出てきて、少々驚いてしまう。
「あ、」
『先生?』
 懐かしい、電話越しの声。今日見たばかりのスーツ姿が脳裏によみがえる。
 あの頃よりも長くなった髪。精悍さを増した顔。変わらない切れ長の瞳と、長い睫毛。そして隣に立っていた金髪美女の事も。
 思えば、5年ぶりに思い出したなんて嘘なのかもしれない。あれからずっと、俺は度々最後に別れた日のこいつの姿を夢に見ていた。あの意志の強い瞳を。あいつの言いたいことなんて、ホントは全部分かってた。
『先生?』
 俺が何も言わないから電話口から焦ったような声が聞こえてくる。俺は慌てて返事をした。
「ああ、俺。今電話しても大丈夫か?」
『はい!もちろん!』
 嬉しさと興奮を抑えきれていないような声色だった。あの頃と全く変わっていない。その事にひとまず安心すると共に、ドキドキと心臓が大きく跳ね始めた。俺はいつのまにか携帯を耳に強く押し当てていた。
「なぁ、ジェノス……せっかくだから、どっかで会うか?」
 こちらからあんな風に突き放したのだから、俺にこんなことを言う権利ないはずだ。しかしあいつの顔を見て、声を聞いて、このままうやむやにしておくことも出来そうにないと、悟った。あの、準備室でのさよならを思い返すと胸が痛む。あの日を良くも悪くも消化するために、俺はジェノスに会うべきだと思った。ジェノスの現状を知り、きっぱり諦めるにしろ、これからも教師と元生徒として良き関係を作り上げていくにしろ、関係性をはっきりするべきだと思った。大人になった俺たちはそれぞれ別の道を歩いて、それぞれが作り上げた場所で生きている。それを目の当たりにすれば、ジェノスも、俺も、踏ん切りがつくのかもしれない。
 でも少なくとも俺は、当分忘れてやれそうにない。過去に戻れるのならば、あの準備室でジェノスに抱きついて、行かないでくれと、泣き付いたかもしれない。今日再会して、俺は悟ったんだ。自分で思っていたよりずっと、残っている気持ちが強かったことを。
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