05:アルヴィンさんとの出会い。


 ジュード君が案内してくれたのは大きな船が泊った港。この世界では港のことを海停というんだろう。何はともあれ、あとは船に乗ってしまえば追手も一旦撒ける。そうしたら、このリアルすぎる夢から覚める筈だ。
 これは全部夢。目が覚めたらいつも通りの日常がまた始まる。そう思うと少し寂しい気もしたけど、こんな命を狙われる状況が続くなんていくら夢でも嫌だ。

 「そこの三人!待て!」

「え……何!?」

聞こえた声と近付く足音に、ジュード君の緊張した声に、身体が強張る。もう追手がここまで来たんだろうか。恐る恐る振り返ると、数人の兵士が武器を構えていた。

 「先生?タリム医院のジュード先生?」

「あなた……エデさん?」

「何がどうなってるんですか?」

でもその中心に立つ指揮官らしき人はジュード君の知り合いらしい。エデさんという人にジュードくんも少しは安心したんだろう。一歩前に出たものの、険しい顔を崩さないエデさんにすぐに足を止めた。

「先生が要逮捕者だなんて……」

呟くように言って、エデさんが顔を上げた。こちらを睨みつける目は先ほどと違って怖い。

「ジュード・マティス。逮捕状が出ている、そっちの二人もだ。軍特報により応戦許可も出ている。抵抗しないでほしい」

「た、逮捕状……!?」

「ま、待って下さい!た、確かに、迷惑かけるようなことはしたけど、それだけで重罪だなんて……!」

思わず震える私の前でジュード君が一生懸命弁解をするけど、兵士たちが武器を下ろす気配はない。今までは相手が一人や二人だったからよかったものの、今の相手は五人。勝ち目なんてあるんだろうか。今戦えるのはジュード君ただ一人だというのに。

 「問答無用ということのようだ」

「エデさん!」

「悪いが、それが俺の仕事だ」

ジュード君の呼びかけにエデさんは首を横に振った。知り合いでも容赦はしない、と言う事だろう。もう戦いは避けられない。ぴんと張り詰めた空気の中、ミラさんが剣を抜いた。

 「ジュード。私は捕まるわけにはいかない。すまないが抵抗するぞ」

抵抗すれば痛い目にあうけど、抵抗せずに捕まっても痛い目にあうに決まってる。重罪人になってしまったんだから、捕まって事情聴取して「はい、釈放!」なんて展開になるわけがない。だったら、ミラさんの言うように戦った方が得策だろう。でも、

「抵抗意志を確認。応戦しろ!」

エデさんの声を合図に、杖を構えていた兵士が炎の塊を放つ。腰を抜かした私の上を熱風が突き抜けて背後から轟音が聞こえた。それと同時に何人かの悲鳴も。後ろで何が起きたんだろう。確かめたくて、でも確かめるのも怖い気がして身体が動かない。

 「さらばだジュード。本当に迷惑をかけた」

そんな私の隣をミラさんが走り抜けた。流石のミラさんも逃げるが勝ちと思ったんだろう。私も足をもつれさせながらも慌てて立ち上がってミラさんを追う。怖いけど、このままここに留まる方がもっと怖い。

「ま、待って下さい、ミラさん!」

「何故ついてくる!」

「だ、だってあんな人達に捕まって、無事でいられるわけないじゃないですか!」

走っても距離が広がるばかりな気がしたけど、ここで足を止めたら兵士達に捕まってしまう。それだけは嫌だ。怖い。あんな怖い術を使う人達と一緒にいるなんて怖くてたまらない。

「話も聞かずに襲いかかってきた人達ですよ?あんな人達に捕まったら殺されちゃいます!私、まだ死にたくないです!!」

お腹の底から全力で叫んだ。私はまだまだやりたいことが沢山ある。こんな所で死にたくない。

「それもそうか……では行くぞ!」

「うわっ!」

気付いたら前を走っていた筈のミラさんがすぐ隣にいて、ミラさんは私の手を引いて走り始めた。きっと私を待っててくれたんだろう。転びそうになる足を必死に動かして走る。

 「船に飛び乗るぞ!」

「へ?って、うっぎゃああああああああああああああ!」

とミラさんの掛け声に前を見れば、道が消えていた。咄嗟に走り幅跳びのように跳ぶも、船には届かない。下に広がる暗い海に背筋が凍った。

「掴まれ!」

繋いだ手を突然放されて、今度は心臓が止まった気がした。反射的にミラさんの腰を掴む。細い。けど、この状況は怖い。

「いやあああああああああ!」

「くっ!」

ミラさんが掴んだのは船から垂れていたロープだった。何とか海への落下は免れたものの、身体は宙ぶらりん。思わず生唾を飲み込んで私はミラさんに強く抱きついた。

 「お、重いな……」

「す、すみません……!」

「すまないが、自分でこのロープを掴めるか?」

苦しげなミラさんに申し訳なくなって、恐る恐る手を伸ばしてロープにぶら下がり、二人でロープを伝って船によじ登る。なんとか無事に船に乗り込めたのはいいものの、ジュード君は無事だろうか。

 「うわああああああああああああああ!」

そう思っていた所に聞こえてきたのはジュード君の悲鳴。顔を上げれば船に飛び乗るジュード君が……正確には、見知らぬ男の人の脇に抱えられたジュード君が船に落ちてきた。

「じゅ、ジュード君!?」

ものすごい勢いで飛びこんできたけど大丈夫だろうか。いや、大丈夫なわけがない。怖かったに決まってる。乙女座りでへたりこんだジュード君を見れば分かる。あれは、絶対に、怖い。

 「ちょ、ちょっとあんたち!?」

警戒心丸出しの船員がジュード君達から遠ざかる。いっそのこと他人のふりをした方が良かっただろうか。ざわめきはじめる周囲に不安がどんどん膨らんでいく。どうすればいいんだろう。どうすれば、どうすれば…………

 「まったく参ったよ。なんか軍が重罪人を追ってるようでさ」

そう言いながら、ジュード君を抱えて飛び乗ってきた男の人が笑って立ち上がった。黒地にオレンジ色のラインが入った長いスカーフを海風で揺らして。フレンドリーに船員に話しかけているものの、あんな派手な乗り方をした人を警戒しない方がおかしいだろう。

「おいおい。こんなイイ男と女、子供が重罪人に見える?」

和らがない空気に肩をすくめ、振り返った男の人は、指を二本立ててミラさんと私に向かってウインクした。あの顔はかっこいい、の部類に入る。けど、なんだろう。このうさんくさい感じは。

 「あの……」

俯きながら、ジュード君が男の人に声をかける。背の高い人だとは思ったけど、ジュード君の隣に立つとその高さが際立つ。この人の身長はいくつあるんだろう。それに茶色いコートで身体のラインは見えないけど、結構体格も良さそうだ。

「アルヴィンだ」

背の高い男の人、アルヴィンさんの言葉にジュード君の顔が上がる。向けられた視線にアルヴィンさんは笑みを浮かべた。

「名前だよ。君はジュードっつったかな?」

「う、うん。こっちはミラ。その隣がユウカ」

「ユウカです……」

紹介されたのでぺこりと頭を下げれば、よろしくな!と軽い感じで挨拶してくれた。元気というか、豪快というか、お調子者っぽいというか、うさんくさいというか。 この感じって誰かに似ているな、と思うと出てきたのは好きなゲームのキャラクター二人。ゼロスとレイヴンだ。けどこの二人に似てるということはゲーム終盤で裏切るキャラ。どうかこの人は普通にいい人であって欲しいと心から願った。

「両手に花じゃねーの少年」

にやりと笑ってアルヴィンさんはジュード君を見たけど、ジュード君は俯いたまま。不安……なんだろう。兵士に追われて、知り合いに襲われて。

 「頑張ったな」

アルヴィンさんもジュード君の不安を感じたんだろう。静かに肩に置かれた手に、ジュード君が小さく、本当に小さく頷いた。
 そんなジュード君を見て私も不安になった。今までずっと頼りがいのある男の子だったジュード君が、急に弱々しく思えたから。これからどうなるんだろう。それとも、もう夢から覚める時間だろうか。大きく息をはいて、いつからか震えていた手を握りしめる。目を瞑っても、開いてみても、まだ夢から覚める気配はなかったけれど。





十五年間生きてきて、ここまで家が恋しくなったのは初めてだった。




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