67:闘技大会決勝戦。


 あと少しで決勝戦が始まる。戦うのは私じゃないのに、なんだかすごく緊張してきて、掌に嫌な汗が滲む。客席は予選とは比べものにならない熱気に包まれていた。
 司会者の声に、両端の門から選手が入場する。ミラさんの相手は、大砲のような黒い武器を構えた人。全身黒ずくめで、頭全体を覆う兜を被っているから表情どころか性別まで分からない。
 ミラさんの足はまだ完治してないから心配だけど、今は自分に出来ることをやらなくちゃ。ミラさんを狙うのは、今対峙している相手選手だけじゃないんだから。一般人に扮したアルクノアは、何人いるか分からない。今の私がやるべきことは心配することじゃなくて、ミラさんを信じてミラさんを狙う敵を見つけること。そう自分に言い聞かせて、私は盾を強く握りしめた。
 でも辺りにはそれらしい人はいない。アルヴィンさんから目印はオレンジ色の布だって聞いたけど、身に付けた人を見つけても試合に熱中するただのお客さんばかり。それとも、あれも演技なんだろうか。
 緊張しながら、私は円形の客席に散らばったみんなの姿を探した。一番近いアルヴィンさんやレイアに変わった動きはない。でもアルクノアが動くとしたら、試合終了直後のはず。
 気を引き締めなきゃ、と盾を握りしめていると大きな鐘の音が響いて試合が始まった。合図と同時にミラさんが駆け出せば、敵が大砲を構えて撃つ。炎の弾を冷静に避けたミラさんだったけど、地面に撃ち込まれた弾は土を弾き飛ばして大きな穴を開けた。まるで精霊術のようなそれにミラさんの動きが一瞬だけ止まる。あれが黒匣なんだろうか。息をのんでいると、ミラさんが弾かれたように客席を見た。

「アルヴィン!」

 その視線の先には、観客を押し退けながらエリーゼのいた方向へと向かうアルヴィンさん。アルクノアが見つかったんだろうか。

「奴らの狙いはお前じゃない、きっと初めからティポだったんだ!客席から狙ってる奴なんてのも、いなかったんだ!」

「ティポ?」

でもそれにしては会話の内容がおかしい。狙いがミラさんじゃないとか、なんとか。でもどうしてティポが狙われてるんだろう。よく分からない。

「俺は知らなかった!! 」

 遠ざかるアルヴィンさんの苦しげな声に、私も駆け出した。このまま距離が開いたら、二人の会話が聞こえなくなる。ミラさんは次々に放たれる炎の弾を避けながら敵との距離を一気につめた。

「お前に任せる!」

そして剣で大砲を斬り落とし、暴発に怯む敵を一閃。鮮やかな剣さばきに会場から喚声が沸き起こり、司会者がミラさんの勝利を告げた。
 でも戦いはまだ終わらない。客席から銃や剣を構えた人達が飛び降りてきた。あれがアルクノアだ。一人が武器を構えた所で、客席から音もなく飛び降りたジュード君が背後から一撃浴びせて気絶させる。それに続くようにレイア、ローエンさんと降りていくけど、みんなに続いていいんだろうか。アルヴィンさん達の方で、何か起こっているのに。

「お前しかいない。頼んだぞ!」

 アルクノアの剣を受け止めてミラさんが声を上げれば、アルヴィンさんが俯いた。やっぱり何かが起こってるんだ。更に距離を詰めて、やっと声が届くような場所に来たところでアルヴィンさんは瞑っていた目を開いて踵を返した。

「ッどうなっても知らないぜ!」

「な、なにがどうなって……」

 吐き捨てるように言って、アルヴィンさんが出口に向かって駆けていく。アルヴィンさんも心配だけど、敵に囲まれたミラさん達も心配だ。私は縁石に手をかけ、大きく声を上げた。

「ミラさん!何が起こってるんですか?どうしてティポが拐われたんですか!?」

私の声にミラさんは炎の弾を避け、死角から振りかざされた剣を受け流した。この状況でミラさんに声をかけるのは申し訳ないけど、アルヴィンさん達がどうなったのか知っているのはミラさんだけ。ミラさんは私の方を振り返ることなく、敵を見据えたまま声を張り上げた。

「説明している時間はない!話を聞いていたなら、お前はお前の成すべきことを成せ!」

言ってミラさんは地面を蹴って炎の弾を避け、剣を薙いだ。
 為すべきこと、と言われて私はアルクノアと戦うミラさん達を見た。数では圧倒されてるけど、みんな確実に倒していってる。舞台の上にはミラさん、ジュード君、レイア、ローエンさん。四人がいるなら、と私はアルヴィンさんが客席を飛び出していくのを見て走り出した。

「ごめんなさい、ここをお願いします!」

 返事は聞こえなかったけど、きっとミラさんなら分かってくれてる。私はぶつかる観客に何度も何度も謝りながらも走ってなんとか会場を出ると、辺りを見渡した。エリーゼの姿は見当たらないけど、かなり遠くにアルヴィンさんの姿が見えた。このままだと置いていかれる。
 私は踵を返して駆け出した。そして地面を強く蹴って足を前へ前へと出す。腕をしっかり強く振って、視線は前へ。身体が前とは比べ物にならないくらい軽いけど、まだアルヴィンさん達には追い付けない。呼んだら足を止めてくれるかもしれないけど、それじゃあアルヴィンさんがエリーゼを見失ってしまう。
 街の外に出て、岩場のような場所まで来たところでじわじわと追い付くと、私に気付いたアルヴィンさんは目を大きく見開いた。

「伏せろ!」

その真剣な表情に、反射的に伏せる。とは言っても、勢いあまって地面を転がっただけだけど。
 銃声が止んだ所で恐る恐る顔を上げればアルヴィンさんが岩影で手招きをしていて、私は辺りを警戒しながらアルヴィンさんの傍に駆け寄った。

「何で来たんだよ」

 しかめっ面のアルヴィンさんに、私は盾を握りしめる。それはそうだろう。手伝いに来たはずなのに、余計な仕事を増やしたんだから。眉間に皺を寄せるアルヴィンさんはいつもより怖くて、視線が合わせられない。

「すみません。ミラさんとの話を聞いて……」

ミラさんにはジュード君達がいるから私はアルヴィンさんの力になろうと思ってきたのに、これじゃあ足を引っ張ってるだけだ。私は何をやってるんだろう。
 俯いているとアルヴィンさんに引き寄せられ、岩の裏側に身を潜めた。視線を上げれば、アルヴィンさんが銃を向けた先、崖の向こう側で人が倒れていくのが見えた。

「分かってるよ。信頼されてないってことだろ」

アルクノアだし、と笑うアルヴィンさんは苦しげで、でもどこか拗ねた子供のようで。私は立ち上がりかけたアルヴィンさんの袖を掴んで止めた。

「違います!信頼されてないんじゃなくて、心配されてるんです」

 ちらりとこちらを見たアルヴィンさんだけど、私の言葉を信じてないんだろう。不機嫌そうに焦げ茶色の目が細められた。その冷たい目にびくりとしたけど、ここで黙っているのは嫌だ。アルヴィンさんは、みんなに信頼されてないと思ってるんだろう。 私はアルヴィンさんの袖をぎゅっと握って言葉を続けた。

「私は、誰かに言われて来たわけじゃないです。アルヴィンさんが大切で、アルヴィンさんに何かあったら嫌だから来たんです。それはみんな同じですよ。だからみんなも来ます。何かあったらどうしようって、心配だから……」

どうしてだろう。伝えたい想いはあるのにうまく言葉にならない。何かうまい言い方はないんだろうか。考えているうちに視線が下がっていったけど、このまま俯いてちゃだめだ。私は思いきって顔を上げた。

「ほら、子供の初めてのおつかいって、『この子なら大丈夫』って思うから任せるけど、でもやっぱり『迷子になったらどうしよう』とか心配するじゃないですか」

これだ、と思って口にしたけど、段々これじゃない感がしてきた。ああ、どうしよう。もしかして変なこと言っちゃったんじゃないだろうか。目を丸くするアルヴィンさんになんだか恥ずかしくなってきて、顔が熱を持っていくのが分かってしまった。

「俺、そんな子供じゃねぇけど?」

「でも、信頼されてないって拗ねてるのは子供みたいです」

 ため息まじりのアルヴィンさんに、思わず溢してしまった。視線をそらして慌てて口を押さえるけど今のは絶対に聞かれた。ちらりとアルヴィンさんを見るとにやりと笑っていて、

「誰がいつ、拗ねたって?」

「ご、ごふぇんらはい、ごふぇんらはいっ!」

両頬をつねられてまともに喋れないまま謝る。前より痛いのは気のせいじゃない。絶対に。

「ほら、行くぞ。姫さんはこの先にいるはずだ」

 つねるだけつねって満足したのか、アルヴィンさんは笑いながら立ち上がった。思わず話し込んでしまったけど、今はエリーゼを追わなくちゃ。慌てて立ち上がると、私達は更に岩場を進んだ。
 大きなクレーターのような場所には、所々穴や扉が付けられている。何かに使われていたのか、辺りには錆びた機械が転がっていた。

「気を付けろよ。どこに潜んでるか分からないからな」

アルヴィンさんの言葉に頷いた、その時。

「きゃあ!」

近くから聞こえたエリーゼの悲鳴に私達は駆け出した。声は小さかったけど、近くにいる。
 アルヴィンさんは、一つの扉を開けると同時に銃を撃った。そして脇から出てきた男の人を私が盾で殴り倒せば、立っているのは私とアルヴィンさんだけになる。エリーゼはどこにいるんだろう。静まり返った薄暗い部屋の中、入口近くに倒れていた小さな身体を見つけて私は駆け寄った。

「エリーゼ!」

「ユウカ、後ろだ!」

アルヴィンさんの声が聞こえたと同時に背中に激痛が走る。この痛みを私は知っている。でも知った所で何もできなくて、視界が黒に染まった。





やっぱり私は足でまといなのかもって、思わずにはいられなかった。




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