51:海停での再会。


 もしかしたら、レイアが家の近くにいるかもしれない。そう思って家の近くを探してみたけど、レイアは見つからなかった。レイアだって、エクシリアのパッケージにいた人。このままここに残るわけがない。心当たりは全部探したけど、それでも見つからない。もうすぐジュード君達との集合時間。もしかしたらレイアもいるかもしれないと思って、私は海停に走った。もちろん、お弁当を出来るだけ揺らさないように大事に抱えて。

「お待たせしました!」

 息を切らせて駆け寄ると、ミラさんとローエンさんが何か話していた。少し離れた所にはジュード君とエリンさん、それにエリーゼもいた。きっと手紙を出したから、お見舞いに来てくれたんだろう。
 私は軽く息を整えて、ローエンさんに頭を下げた。

「お久しぶりです、ローエンさん」

「お久しぶりですユウカさん。お手紙ありがとうございました」

恭しく頭を下げるローエンさんに、私も再び頭を下げる。手紙を書いてシルフモドキで飛ばしたのか二週間……二旬小節くらい前。数日前にお見舞いに行くって返事が来ていたから、あの手紙を出してすぐにこっちに向かってたんだろう。

「お見舞いに来てくれたんですか?」

「はい。ドロッセルお嬢様から暫く休むように申し付けられました」

にこやかに頷くローエンさんは出会った時と変わらず穏やかだ。あの後色々大変だったはずなのに。
 ぼんやりと考えていると、ローエンさんがそれに、と視線を動かした。

「エリーゼさんがミラさん達に会いたいと、あまりに申されるので」

その言葉に、少し離れた所でジュード君と話していたエリーゼがこちらを振り返った。ティポの方はジュード君との再会が嬉しいみたいで、ジュード君にかぶりついている。でもこっちの話も聞いていたらしい。ローエンさんと目が合うと猛スピードで飛んできた。

「ぼくたちのせいじゃないぞー!この頃ローエン君がぼーっとしてたからじゃないか!」

ぐるぐると周囲を飛び回るティポは相変わらず元気そうだ。元気な姿に安心しているとエリーゼと目があって、私は声をかけた。

「久し振りだね、エリーゼ」

 挨拶すればお久し振りです、と可愛い声が聞こえて和んだ。やっぱりエリーゼは可愛い。頬を緩めれば、ティポが顔を覗きこんできた。

「ぼくたちがいなくて、寂しくて泣いたりしてたでしょー?」

「な、泣いてないよ!……そりゃ、少し寂しかったけど」

正直な気持ちを言えば、エリーゼとティポは嬉しそうに笑った。色々あったけど、またみんなと会えて嬉しいのは本当。これであとはアルヴィンさんだけなんだけど……アルヴィンさんはどうしてるんだろう。手紙は出したけど返事がこないし、もしかして届いてないんだろうか。
 密かに息を零せば、ミラさんが真剣な目でローエンさんを見つめていた。

「らしくないな?」

「私にも悩みはいっぱいありますよ?」

そう言って笑って髭を撫でたローエンさんだけど、ミラさんの目は鋭いまま。ミラさんは何か感付いているんだろう。その真剣な目に、ローエンさんはそっと息を零した。

「少し……考えることがありましてね」

 静かな声は、重く感じた。ドロッセルさんもお兄さんを亡くして辛いけど、ローエンさんだって慕っていた主を亡くして辛いに決まっている。しかも殺したのが自分の国の王様なら、何も思わない方がおかしいだろう。

「ふむ、ゆっくり話を聞いてやりたいところだか…」

「僕たち、これからル・ロンドを発つつもりなんだ」

 ちらりと広場の時計を見たミラさんにジュード君が頷いた。もうすぐ私達が乗る予定だった船が出航する。チケットだってまだ買ってないし、もう時間がない。
 でもローエンさんの話も気になる。どうしようかと視線を泳がせていると、息をのんだローエンさんが見開いた目でミラさんを見た。

「そんな病み上がりの身体で……まさか、またイル・ファンへ?」

「ああ」

迷いなく頷くミラさんに、ローエンさんは眉間に皺を寄せた。イル・ファンに向かうことの危険性を、ローエンさんはよく分かっている。ローエンさんは戸惑いながらも、ゆっくりと口を開いた。

「検問が厳しくなった今、それはガンダラ要塞を通るということです。あなたをそんな目に遭わせたあの場所へ?」

静かに頷くミラさんに、ローエンさんの眉間の皺が深くなった。
 ガンダラ要塞の恐ろしさはみんなよく知っている。あそこでミラさんは大怪我を負って生死をさ迷い、お医者さんからは二度と歩けないとまで言われたんだから。一番辛い目に遭ったのは他ならぬミラさん自身なのに、ミラさんは迷うことなくイル・ファンへ向かおうとしている。
 潮風が吹き、穏やかな波の音が響く中、ローエンさんは苦しげに目を細めた。

「ミラさん、恐ろしくないんですか?」

ローエンさんの問に、ミラさんが静かに目を瞑る。それは答えを考えているのではなく、どう話そうか考えているように見えた。
 でもすぐに答えは纏まったんだろう。ゆっくりと目を開いたミラさんの目には、やっぱり迷いなんてなかった。

「そうだな……私にとって恐怖があるとすれば、それは使命を果たそうとする志の火が消えることだ」

力強いミラさんの言葉に、眼差しに、ローエンさんは微かに俯いた。さっき言ってた『色々と思うこと』が関係してるんだろう。
 ローエンさんは撫でるように、自分の胸に触れた。

「貴女は強く、気高い。しかしそれが私の古傷を抉るようです。クレイン様にこの国を救ってほしいと託されて、私は悩んでしまった。今の私に出来ることがあるのだろうかと。ナハティガルを止められるのだろうかと……」

「友と戦えるのか、それがお前の悩みか……」

 そっと零したミラさんの言葉に、思わず息をのむ。

「えー!友達とケンカしないといけないのー?」

「友達、なんですか?」

驚きの声をあげるティポに続いて、私もおそるおそる訊ねる。ナハティガルさんが友達なら、ローエンさんは友達に大切な人を殺されたということ。でもナハティガルさんみたいな人と、ローエンさんが友達ってどういうことなんだろう。

「ええ、軍学校からの付き合いですから、とても古い友人ですよ」

私の問いに、ローエンさんは悲しそうに微笑んだ。こんな顔をするってことは、二人の間に何かあったんだろうか。一体何があったんだろう。友達と戦わなきゃいけないなんて、そんなの辛すぎる。私はぎゅっとコートの裾を握りしめた。

「決断に必要なのは時間や状況ではない。お前の意志だ」

はっきりと言い放つミラさんに、顔を上げる。確かにそうだけど、友達と戦うなんて生半可な覚悟じゃ出来ない。
 でも、ローエンさんだって世界を救うのに必要な人。ローエンさんはきっと決断するんだろう。それがどんなに辛いことでも。

「私達と共に行かないか、ローエン」

「ミラさん?」

 軽く目を見開くローエンさんに、ミラさんが頷く。

「悩むのもいいが、人の一生とは短い。なら、悩みながらでも進んでみてはどうだ。人とはそういうものなのだろう?」

そう言ってジュード君と私を見て、ミラさんは微笑んだ。確かに、決断したからといって迷わないわけじゃない。私だって、みんなの力になるって決めてからも、何度も迷ったんだから。

「そうですね。迷いながらでも、なんとか進むことは出来るみたいです。みんなと一緒なら」

苦笑しながら頷けば、ミラさんもジュード君も小さく笑った。迷ってばかりで頼りないとは思うけど、性格は中々変わらないから難しい。でも私の頼りない言葉に、ローエンさんは優しく微笑んでくれた。

「確かにジジイの時間はとても貴重。立ち止まっていては勿体ないですね」

「じゃあ、」

 前向きな言葉に、ジュード君の顔が明るくなる。ローエンさんはしっかりと頷くと、左胸に手を当てて恭しく礼をした。

「是非、同行させてください」

「わ、私も一緒に行く…です!」

 ローエンさんに続いてエリーゼが声を上げる。でもジュード君は不安げだ。やっぱりエリーゼはまだ小さいから不安なんだろう。

「エリーゼは、ドロッセルさんの所に…」

「私だって、みなさんのお役に立てます。私も一緒に行きたいです!」

ジュード君の言葉を遮って、エリーゼが真っ直ぐジュード君を見つめる。困ったようにジュード君がミラさんを見れば、ミラさんはしっかりと頷いた。

「自らの意志であるなら止めはしない」

「やったー!」

 ミラさんの言葉にティポがエリーゼの周りを飛び回って抱きついた。エリーゼもみんなと一緒が一番嬉しいんだろう。ジュード君はやっぱり困ったように笑っていたけど、ミラさんが決めたことだし、こうなるって分かっていたんだろう。特に反論する事もなく、静かに微笑んだ。





 また会えて、本当に嬉しかった。




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