42:精霊の化石。


 足音を立てず、息をひそめて三人でミラさんのいる病室に向かう。もしジュード君のご両親に見つかれば、止められるに決まってる。だから早く終わらせなきゃ。辺りを警戒しつつ、ジュード君が扉を開けると順番に素早く病室へ入る。今日は体調も悪くないんだろう。ミラさんは読んでいた本から顔をあげると、挙動不審な私達を見て目を瞬かせた。

「お前達……?」

「「「しっ!」」」

普通に喋るミラさんに、私達は三人で口元に人差し指を立てた。見事に揃った言葉になんだか笑いそうになったけど、ジュード君達の目は真剣だ。
 笑いをこらえていると、ジュード君が持っていた医療ジンテクスのケースを床に置いた。

「父さんには見つかりたくないんだ」

ジュード君の真剣な表情に察してくれたんだろう。ミラさんが表情を引き締めれば、ジュード君はケースから医療ジンテクスを取り出した。

「これ……医療ジンテクスって言うんだ。僕がやってみようかと思って……」

「――!」

この様子だとミラさんも医療ジンテクスのことを聞いたんだろうか。ジュード君が説明を始めれば、ミラさんはすぐに首を縦に振った。その危険性やリスクを知ってもミラさんは迷うそぶりもみせない。やっぱりどんなに危険なことでも、使命のためならミラさんは即決してしまうんだろう。しっかりと頷くミラさんに、ジュード君は医療ジンテクスを手に取った。

「それじゃ、つけるね」

 万が一に備えてジュード君の傍にレイアがしゃがみこんで、私は邪魔にならないように一歩下がる。それを確認すると、ジュード君はゆっくりと医療ジンテクスをミラさんの右足に近づけていく。八秒で諦めるほどの痛みがミラさんを襲おうとしている。どうか少しでも痛みが小さくなりますように。ミラさんの脚がまた動くようになりますように、祈るような気持ちで見守っていると、静かにジュード君の手がミラさんから離れた。でもミラさんはなんの反応も示さない。それだけ痛みが小さいってことなら嬉しいけど、この様子だとそうじゃない気がする。

「だ、大丈夫ですか?」

 心配になって問いかければ、ミラさんはそっと自分の足に触れた。ジュード君も不安になったんだろう。反応の薄いミラさんに心配そうに声をかけた。

「……ミラ、どう?」

「痛みどころか何も感じないな。ぴくりともうごかせない」

軽く足を叩いて、息をこぼすミラさんにジュード君は持ってきたカルテを手に取った。何がいけなかったんだろう。やっぱりあの石が関係してるんだろうか。ジュード君がカルテをめくる音だけが響く中、ミラさんがおもむろに医療ジンテクスに触れた。

「……ディラックは施術は無理だと言っていた。精霊の化石がないからと」

「精霊の化石?」

「ああ。命を落とした精霊がこちらの世界に定着し、石になったものだ」

カルテから顔をあげるジュード君に頷いて、ミラさんが医療ジンテクスを取り外す。やっぱりなんの変化もないからだろう。ミラさんは医療ジンテクスを手の中で転がしている。

「この石だが……マナを感じない。化石に残っているマナが必要らしい。精霊の化石は採掘してすぐに使わなければ、マナを失うとも言っていたな」

こんこん、と医療ジンテクスについていた石……精霊の化石をつつきながら、ミラさんはため息をついた。今ついている石にはもう何の力も残っていないらしい。ミラさんの話にジュード君が微かに息をのんだ。

「精霊の化石って本当に存在していたの?」

「それってそんなに珍しいものなの?」

「話には聞いたことあるけど、実物が殆んど存在しないんだよ」

 首を傾げる私にそう説明して、ジュード君は考え込むように俯いてしまった。医療ジンテクスだけでも珍しいのに、精霊の化石なんて珍しいものをどうやって探せばいいんだろう。やっぱり、素材が珍しいから珍しい技術なんだろうか。折角ここまできたのに、肝心の材料がないなんて……

「すぐそこのフェルガナ鉱山で昔採れたって聞いたことがあるような」

考え込んでいると聞こえたレイアの声に、私とジュード君は弾かれるように顔を上げた。

「ほんと!?レイア!」

レイアに向き直って、ジュード君はレイアの肩を掴んだ。驚きのあまり、今がとういう状況か忘れているんだろう。その大きな声に、レイアは口元に人差し指を立てた。

「ちょ、静かに。お父さんから聞いたことがあるだけ」

レイアに注意されて、ごめんと気まずそうにジュード君が距離をおく。こんな風に叱られてるジュード君って何だか新鮮だ。
レイアの話では、ル・ロンド近くのフェルガナ鉱山では昔、精霊の化石がとれたらしい。今では廃鉱になって使われていないみたいだけど。でもこれで手がかりが見つかった。ミラさんの方を見れば、やっぱりというかまっすぐこちらを見て頷いた。

「……鉱山へ行く必要があるな」

「……行こう」

「世話をかけるな。頼めるか?」

「任せて」

とんとん拍子に話が進んでいくのについてこれないんだろう。頷き合うミラさんとジュード君に、レイアのがちょっと待って、と二人を交互に見た。

「いいの?フェルガナ鉱山って今は廃山で、魔物が出るようになったって聞いてるけど……」

「それでも行くしか方法がないなら行かなきゃ」

しっかりと、力強く頷くジュード君にレイアの目が丸くなる。危険だと分かっているのに、何の躊躇いもない二人が不思議なんだろう。私だって、正直怖い。でも、このまま諦めてしまうことの方がずっと怖くて、私は苦笑した。

「折角ここまで来たんだから、諦めたら勿体無いよ」

ミラさんは無茶する人だけど、それに付き合う私達も相当無茶してるように見えるんだろう。呆然とするレイアに、ミラさんは口を開いた。

「……ジュード達の言う通りだレイア。私はなんとしてでも歩けるようにならなければならないんだ」

ベッドの上で拳を握りしめ、まっすぐレイアを見る目は力強い。どんな状況でも使命を全うしようとするミラさんにとって、何も出来ないこの状態はかなりの苦痛なんだろう。
 ミラさんの諦めないまっすぐな姿勢にレイアは静かに背をむけると、近くにおいてあった車椅子をベッドの脇まで持ってきてくれた。

「これ、乗せてあげて。私は準備があるから。また後で町の入り口に集合ね!」

そう言ってレイアは明るく手をあげて静かに病室を出ていった。私達と一緒に来てくれるんだろう。心強く感じながらジュード君を見れば、何故かジュード君はため息をついた。





 味方が増えて、すごく嬉しかった。




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