39:レイアとの出会い。


 ル・ロンドの海停はとても穏やかだった。天気もいいし、空気もおいしい。ジュードさんがミラさんを背負い、私はみんなの荷物を背負って船を降りた。最初は荷物もジュード君が持つって言ってたけど、流石に人一人背負わせて、更に荷物を持たせるなんて良心が痛む。半ば強引に荷物を持てば、ジュード君も体力的に辛いと分かっているんだろう。ありがとうと言ってミラさんを抱え直した。

「父さんの診療所までもう少しだよ、ミラ」

「ああ」

力強く頷くミラさんに、ジュード君が安心したように息をこぼす。目の前の坂道を登ればジュード君の実家、マティス治療院があるらしい。あと少しでミラさんの脚が治る。そう思うと嬉しくて、荷物の重みなんて軽く感じるから不思議だ。

「ユウカも大丈夫?重くない?」

「大丈夫だよ」

でも、ジュード君は心配らしい。やっぱり優しいな、と私が笑って頷いた、その時。

「さあ、まだまだだよ!いっけぇー!」

聞こえてきたのは女の子の声。視線を向ければ車椅子に乗った女の子がスピードで坂を降りきた。競争でもしているのか、傍には女の子と車椅子を押す男の子の姿があった。あんなスピードで大丈夫なんだろうか。怖くないんだろうか。

「あ!人!」

「えっどいてどいて!」

こっちに気づいたのか、車椅子を押していた男の子が声をあげれば、女の子があわてて声を上げて。

「「あ」」

その女の子の声とジュード君の声が重なった。目も合ってたけど、知り合いなんだろうか。問いかけようと口を開いた所で車椅子か急ブレーキ。でも車は急には停まれないわけで……

「うっそおおおおおおおっ!!!」

慣性の法則に従って、女の子の身体は弧を描くように飛んで海に落ちた。

「人が飛んでいったぞ」

「お、落ちちゃったよ!?」

 どこか感心した様子のミラさんに、私は慌ててジュード君を見た。ジュード君ならきっとあの子を助ける方法を探してくれるはずだ。そう思ったのに、ジュード君は遠い目をして口元をひきつらせていた。

「相変わらずだな……」

「ジュ、ジュード君?」

いつもならすぐに助けに行くのに、ジュード君は大きなため息までついている。やっぱり疲れてるんだろうか。心配になって声をかければ、海に落ちた女の子が自力で這い上がってきた。

「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」

 かなりの勢いで落ちたから痛いんだろう。でも自力で這い上がってくるなんてすごい。身体を擦りながらも女の子は普通に笑っている。でもやっぱり恥ずかしいんだろう。全身ずぶ濡れの女の子のほっぺはほんのり赤い。

「私達は大丈夫ですけど、あなたこそ大丈夫ですか?」

思わず声をかければ女の子は平気だよ、と笑った。身体が丈夫なんだろうか。元気な女の子に胸を撫で下ろす私の隣で、ジュード君が苦笑した。

「レイア……ただいま」

「……ってやっぱりジュード!なにしてんの?」

「レイアこそ……」

どうやら二人は知り合いらしい。ジュード君の顔を見て目を丸くした女の子、レイアさんだけど、ジュード君の冷たい視線に目をそらした。いつでも誰にでも優しいジュード君だけど、こんな顔もするんだ。密かに感心していると、レイアさんは目を泳がせながら口を開いた

「ああああああ、あれはこの子たちがかけっこで競争したいっていうから、私を押してハンデつけないと勝負にならないって思って」

「レイアが一番楽しんで見えたけど……」

ジュード君の的確なツッコミにレイアさんの口元が引きつった。確かに坂を降りてくるレイアさんは誰よりも楽しそうだった。図星を刺されて何も言えないんだろう。レイアさんは目を泳がせまくったあと、必死に話題をそらすように頭をかいた。

「そ、それでさ……ジュードは…何してるの?」

「知り合いか?ジュード」

 そこでやっと二人の仲のよさに気づいたんだろう。声をかけたミラさんに、ジュード君は苦笑しながら頷いた。

「その……幼馴染なんだ。えっとレイア、彼女はミラといって、なんて言えばいいのかな……」

ミラさんのことは簡単には説明出来ないし、紹介出来ないだろう。言いよどむジュード君だけど、レイアさんはそれぼど気にした様子のもなく、元気に笑った。

「よろしくミラ。そっちのあなたは?」

「ユウカです」

「よろしくね、ユウカ」

差し出された手を握って挨拶をかわす、よく見れば、この子もエクシリアのパッケージにいたような気がする。まさか初登場がこんなのだなんて思いもしなかったけど。でもレイアさんは元気で明るくて、いい人だ。私はレイアさんのことを何も知らないけど、でもジュード君と仲良さそうだし、可愛いし。
 そんな風に考えていると、レイアさんがミラさんの脚を見ていきをのんだ。

「って、ちょっと彼女の足!」

レイアさんが大きく息をのんでジュード君を見たけど、ジュード君は何も言わずに微かに俯いた。それだけで大体の事情は察してくれたんだろうか。レイアさんは近くにいた男の子達に声をかけた。

「大至急大先生に連絡お願い。患者さんがくるって」

「「ラジャー!」」

レイアさんの指示に二人は声を揃えて敬礼すると、坂道を駆け上がっていった。この指示の出し方を見ると慣れているように感じる。この世界の人だからだろうか。それとも、レイアさんだからだろうか。
何はともあれ、心強いことに変わりはない。二人を見送ったレイアさんは近くに置いてあった車椅子を持ってくると、力強く頷いてジュード君に駆け寄った。

「家に帰るんでしょ?私も行く。この車椅子を使って!」

 明るいレイアさんを先頭に、緩やかな坂道を四人で登っていく。途中で何度かジュード君達は声をかけられてたけど、さりげなく世間話をしながらも歩みを止めない。町の人達も足に包帯を巻いたミラさんを見て察してくれてるんだろう。
 優しい町なんだな、と思いながら歩いていると、車椅子を押していたジュード君の足が止まった。

「ここが僕の家だよ。変わってないな……」

「帰ってくるの、久々なの?」

感慨深げなジュード君が見つめるのは「マティス治療院」と書かれた看板。首をかしげれば、ジュード君は小さく頷いた。ジュード君はここから離れたイル・ファンの学校に通ってたから、家に帰るのも久しぶりなんだろう。

「ちょっとやそっとで変わるわけないでしよ。家を出て何十年も経ってたってわけでもないんだし。ほら、早く中に入って」

でもマティス治療院を眺める私達を笑って、レイアさんは慣れた様子で扉を開けた。ここで看護師見習いをしてるらしいから、慣れてるのは当然なんだろう。なんだか頼もしい背中に、ミラさんの治療への期待はどんどん膨らんでいった。





 レイアの明るさがなんだかとっても眩しくて、羨ましかった。




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