24:カラハ・シャールにて。


 「わぁ……!すごい!」

連日の野宿を越えて、たどり着いたのはカラハ・シャールという大きな町。谷間に大きな風車が見えて、私は思わず声を上げた。イル・ファンも大きな街だったけど、このカラハ・シャールもすごく大きい。あそこは見る分には綺麗でいいと思うけど、幻想的過ぎて落ち着かない。住むなら絶対にこっちに住みたい。

「あれは灌漑用の大風車。この街の名物だよ」

そう言ってアルヴィンさんは教えてくれた。この街はいくつもの街道と繋がっていて、交通の要所らしい。辺りを見渡せば、旅人や商人らしき人も多い。足元も石で舗装されてて歩きやすいし、街灯だって整備されてる。ここまで栄えさせたのはラ・シュガルの中でも有名な六家の一つ、シャール家という貴族が統治しているおかげらしい。アルヴィンさんの説明に相槌を打ちながら内心ため息をつく。この世界には分からないことばかりで、アルヴィンさん達には色々教えてもらってばっかりで何だか申し訳なくなる。少しずつでもこの世界のことを覚えていかなくちゃ、これから先ずっとみんなに迷惑をかけてしまう。

 「ってなわけだが、このままじゃ置いてかれるな」

「あ、はい。すみません」

アルヴィンさんに言われて、私は足を速めた。気がつけば、ミラさんとジュード君、それにくっつくようにしてエリーゼも数メートル先を歩いてる。
 と、ミラさん達が足を止めたのは小さな露天。何か面白いものでも見つけたんだろうか。

「とても綺麗なカップね」

私たちが追いつくと、ミラさん達の隣にいた女の人が嬉しそうに声を上げていた。そのカップの模様はイフリートが描いた模様だとお店のおじさんが自慢げに言えば、女の人は目を輝かせた。この世界の精霊はカップも作るらしい。すごい精霊だ。

 「それはおかしいな。イフリートは生真面目な性格だ。こんな模様は好まない」

カップを手に取り、ミラさんが指でくるくると回せば、おじさんがミラさんを睨んだ。ミラさんは精霊と仲が良いからこんなことが言えるけど、店のおじさんはそんなことを知らない。物凄い顔でおじさんが睨んでるのに、ミラさんは全然気付かない。内心はらはらしていると、近くにいたおじいさんが屈んでソーサーを手に取った。

 「貴女は精霊を友人のように話すのですね」

にこやかに笑うおじいさんはすごく優しそうだ。どこかで見たことがある気がするけど、気のせいだろうか。

「確かに、本物のイフリート紋様はもっと幾何学的な法則性を持つものです」

穏やかな雰囲気だけど、カップを見るおじいさんの目はどこか鋭い。おじいさんは骨董品に詳しいんだろうか。黙って見ていると、おじいさんは箱に視線を落とした。

「おや?これは18年前に作られたようですね。確か大消失以降、イフリートは召喚できなくなったはずですが」

穏やかでしっかりしたおじいさんにおじさんが肩を震わせて、私は息をのんだ。どこかで見たことがあると思ったら、このおじさんもエクシリアのパッケージにいた人だ。お姉ちゃんが「すごいおじいちゃんがいた!」って騒いでたからよく覚えてる。

「そ、それは……」

おじいさんの指摘におじさんの目が泳ぐ。確か大消失っていうのは、四大がミラさんのお世話を始めたから四大精霊を呼び出せなくなった事件のことだ。もっとも、一般の人はそんなこと知らないから大混乱したらしいけど。つまり、その大消失以降に作られたってことは……

 「偽物なんですね」

「相手が悪かったな」

ぽつりと呟けば、アルヴィンさんも頷いた。でもこれであの女の人も偽物を買わずにすむ。結果的には良かったと考えていると、ミラさんは手に持っていたカップを置いた。でも女の人はまだカップが気になるんだろうか。両手でそっと包むようにカップを持って笑顔で顔を上げた。

「このカップ、頂くわ。イフリートさんのカップじゃないことは残念だけど、このカップが素敵なことは変わらないもの」

まさか偽物と分かって買うとは思わなかったんだろう。おじさんは呆然としていたけど、すぐに笑顔を作って、

「お値段の方は勉強させて頂きます」

とかなり安い値段で売ってくれた。おじいさんに見守られて、おじさんがカップを箱に詰めて丁寧に紙で包んでいく。騙そうとして失敗したからか、どう見ても焦っているのが分かる。

 「ありがとう。あなたのおかげでいい買い物が出来たわ」

包装されたカップを受け取って、こちらを見た女の人は満足げに笑った。よく見ると、歳は近いみたい。白い肌と大きな目、美人というより可愛い感じの人だった。

「そうだわ!お礼にお茶会に招待させてもらってもいいかしら?」

ね、と女の人に言われておじいさんは笑顔で頷いた。突然の申し出にジュード君は少し困ったようにミラさんをみたけど、ミラさんはにこりともしない。先を急ぐから、と言って断るつもりなんだろう。全力で喜ぶエリーゼやティポには可哀想だけど。

「すまないが、」

「そうか?じゃあ遠慮なく」

ミラさんの言葉を遮って、にっこりとアルヴィンさんが答えれば女の人は嬉しそうに笑った。エリーゼとティポもお茶会というのが嬉しいらしい。……というか、あの女の人はどうしてティポに動じないんだろう。もしかしてすごい人なのか、それとも単なる天然なんだろうか。

 「道草を食ってる余裕などないはずだが?」

「そう言うなって。この街にいる間は利用させてもらった方が色々好都合だろ」

考えていると、ミラさんがアルヴィンさんを睨んでいた。でもアルヴィンさんはミラさんの睨みにも動じずに軽くウインクしている。ちらりとアルヴィンさんが見たのは手配書を持った兵士の集団。手配書の絵は全然似てないけど、それでも見つかるのは時間の問題かもしれない。

「あの人達と話すことで有益な情報が手に入るかもしれないしね」

「そうですね。悪い人じゃなさそうですし、家の中の方が安全だと思います」

ジュード君に頷いて、私もミラさんを見る。下手に外を出歩くより、民家に匿ってもらった方が安全な気がする。ミラさんも兵士の事は気にしてたんだろう。ちらりと兵士を見た後、そっと息を吐いた。

 「それもそうか。では街の様子を見つつお茶に臨むとするか」

行くぞ、と声をかけてミラさんがお姉さんに案内されるエリーゼ達に続く。指名手配されているというのに、胸を張って歩くミラさんの足取りには迷いはない。

 「臨むって……そんなに身構えなくてもいいと思うけど」

でも、まるで戦いにでも行くかのような口ぶりにジュード君は苦笑して、私も同じように苦笑した。





この時はまさかあんなことが起こるなんて、考えもしなかった。




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