17:ニ・アケリアにて。


 ミラさんがニ・アケリアを目指したのは、四大精霊を再召喚するためらしい。その儀式が出来るのがここ、ニ・アケリアだったんだけど儀式は残念ながら失敗に終わった。流石のミラさんもこれには落ち込むと思ったけど、儀式が失敗した直後のミラさんの目は、諦めた人の目じゃなかった。
 一人になりたいと言ってたけど、それもこれからの作戦を考えるためなんだろうな、と私はミラさんのいる社をちらりと見た。

「やっぱり、ミラさんはすごいね」

「うん、そうだね」

思ったままの事を呟けば、ジュード君も頷いた。この村はミラさんをマクスウェルとして信仰している。ミラさんが歩けば誰もが膝をついて崇め、言葉を交わすのも恐れ多いとミラさんに話しかけないくらいだった。そんなミラさんと一緒に歩いて思い知らされたのは、やっぱりミラさんは特別だってこと。

「これからどうするのかな?だって四大召喚が出来ないってことは、ミラさんはマクスウェルとしての力がないってことでしょ?それなのに、黒匣っていうものを破壊しに行くのかな」

私が不安を口にすれば、ジュード君は黙り込んだ。四大を召喚出来ないのは、あの研究所にあった黒匣――クルスニクの槍に四大が捕えられてしまったから。精霊は死んだら化石になるけど、力は次の大精霊に受け継がれるから絶対に死なない。……と、さっきイバルっていう恐そうな人が教えてくれた。四大を捕らえることなんて出来ないってイバルさんは言ってたけど、何もない空間で卵が勝手に割れた時、その原因は卵の中にある――ハオの卵理論っていうやつらしい。なんだかよく分らないけど。
 私はため息をついて、社を見つめた。あの中にミラさんはいる。ここは瞑想すると神経が研ぎ澄まされるって言ってたから、瞑想でもしてるんだろう。
 クルスニクの槍は、一国の兵器。つまり、ミラさんはたった一人で国と戦おうとしている。今のミラさんは精霊のマクスウェルじゃない。一般の人よりは強いけど、それでも人間の女の人。そんな人がたった一人で国と渡りあえるわけがない。そう思うと不安になって、私はそっと口を開いた。

 「ジュード君はどうするの?」

私の問いかけに、ジュード君は不安な表情のままゆっくりと顔を上げた。キジル海爆ではなんとなく道を見つけたみたいだったけど、やっぱりまだ迷ってるんだろう。当然だと思う。国と戦うなんて簡単には出来ない。少なくとも、私には絶対に出来ない。

「ユウカこそどうするの?」

ジュード君の問いに、私はそっと息を吐いた。どうするのかと聞かれても、私にできることはたった一つしかない。不安げな、蜂蜜みたいな綺麗な目を見つめて、私は口を開いた。

「出来ることなら、ミラさんの力になりたいよ。ミラさん、色々と無茶しそうだし……」

ミラさんはすごく強いけど時々無茶するし、私が言うのもなんだけど……この世界の常識にも疎い。というより、精霊として生きてきたから知らないだけなんだろう。
 でもそんなミラさんに何度も助けられてきた。私に出来ることがあるなら何だってしたい。だけど、私には何も出来ない。私には何の力もないから。

「でも、私がついていったら足でまといになるだけだし。私に出来るのはミラさんに迷惑かけないように、大人しくしてることだけだから」

自分が情けなくて、思わず苦笑する。どうして私には力がないんだろう。どうして私はここにいるんだろう。ここにいても、みんなに迷惑をかけるだけなのに。

 「ま、賢明な判断だな。国相手に喧嘩するなんて、死にに行くようなもんだぜ」

そう言って、アルヴィンさんは肩をすくめた。アルヴィンさんは間違ってない。正しいことを言ってる。そして正しい判断をした私を褒めてくれてる。……はずなのに、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。

「……私も、ジュード君達みたいに強かったら……そしたら、ミラさんの役に立てたかもしれないのにね」

「僕は強くなんかないよ」

「ううん。ジュード君は強いよ」

苦笑するジュード君に、私は首を横に振った。ジュード君は謙虚だと思う。こんな状況でこんなに頑張ってるのに、ジュード君は威張ったりすることも弱音を吐いたりすることもない。だから、ジュード君は強い。勿論、魔物と戦う力も、誰かの傷を癒すのもすごいけど。
 やっぱり、ジュード君は主人公だから特別なんだ。私とは次元の違う人なんだ。そう思うとやっぱり少し寂しくて、でもそれ以上にそんなジュード君達と出会えてよかったと思う。物語の主人公に会うなんて経験は滅多に出来ない。そっと息を吐いて、私はジュード君に微笑んだ。

「だからね、ジュード君は私に出来ないことが沢山出来る。ジュード君にしか出来ないことが沢山あると思う」

「僕にしか、できないこと……」

静かに呟くジュード君に、私はしっかりと頷いた。ジュード君はこんな所で立ち止まる人じゃない。ジュードくんは、この物語の主人公なんだから。

「だから、ジュード君はジュード君のやりたいことをやればいいんじゃないかな。それがジュード君の為すべきことになると思うし。ミラさんもそう言ってたでしょ?」

ね、と言えばジュード君は顔を綻ばせた。言ってしまってからふと思う。こんなことを言わなくても、ジュード君の中ではもう答えは出てたんじゃないかって。もしかしたら、私は余計なことを言ってしまったんじゃないかって。でも言っちゃったんだから仕方ない。内心開き直っていると、ジュード君が口を開いた。

 「ありがとうユウカ。僕、決めたよ」

そう告げるジュード君はどこかすっきりしている。やっぱりミラさんと一緒に行くんだろう。そう思うとなんだか安心して、私もつられるように笑った。

「なんだ、いたのか」

聞えた声に私達は振り返った。もう考えがまとまったのか、ここに入った時と変わらないミラさんがいた。

「ミラ、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

同行させてほしいと頼む気なんだろう。真剣な表情のジュード君にミラさんは足を止めてジュード君の前に立った。

 「ユウカ」

二人が話し始めたのを見ていると、アルヴィンさんに手招きされた。アルヴィンさんが言うには「優等生の告白なんだから、空気読んでやれよ」ってことらしい。アルヴィンさんと一緒に長い階段を下りきると、アルヴィンさんは私の頭を撫でた。

「じゃあ、ここでお別れだな」

あっけらかんと言い放つアルヴィンさんに、私は一瞬言葉を忘れる。

「俺の仕事はここまでの護衛だからな」

わしゃわしゃと撫でてくれるアルヴィンさんに頷きそうになって、私は慌てて首を横に振った。お別れってことはつまり、もう会えないってこと。

「どうしてですか?ジュード君達と一緒に行かないんですか?」

「そりゃ依頼があればそうするけどな。まだ何も言われてねえし」

当然のことを言うアルヴィンさんに何も言えなくなって、私は俯いた。アルヴィンさんは傭兵。お金をもらって戦って生計を立てる人。すっかり忘れてたけど、アルヴィンさんはミラさんに剣術の指導と護衛の為にニ・アケリアに来てくれた。その依頼が達成された今、これ以上ミラさんと一緒にいる理由がない。ここでお別れなのも当然かもしれないけど、アルヴィンさんもこの物語ではジュード君達の仲間になる人。そして、世界を救う人。こんなこと言ってるけど、絶対に仲間になってくれる……はずだ。

 「そう落ち込むなって。手紙くらい書いてやるからさ」

ほら、とアルヴィンさんが渡してくれたのは、小さな石だった。綺麗な白い石だけど、ただの石じゃない気がする。この石はなんだろう。

「これ、なんですか?」

「シルフモドキの印だよ。やっぱ知らねえか」

苦笑するアルヴィンさんに首を傾げていると、一羽の白い鳥が飛んできた。野性の鳥かと思ったけど、鳥は迷うことなく真っすぐ飛んできて、アルヴィンさんの手に止まった。

「この世界じゃ、このシルフモドキってやつに手紙をつけて連絡をとるんだよ。その石は、こいつらが迷子にならないための目印ってわけだ」

ようは伝書鳩らしい。やっぱりこの世界は精霊術が発達してる分、こういう科学的なことは発展してないみたいだ。アナログなやり方に感心していると、アルヴィンさんが笑った。

「文字も少しなら読み書きできるだろ?」

「あ、はい。今まで教えてもらったので少しは……」

私はポケットを探ると、一枚の紙を見せた。これはここに来る途中、アルヴィンさんに教えてもらったこの世界の文字、リーゼマクシア文字の表だ。不思議なことに、この文字は五十音順に対応していて思ったよりも読みやすい。まだ自分の名前くらいしか書けないけど、この表を見れば大体の文章なら読める。私の返事に、アルヴィンさんは満足げに笑った。

 「なら、大丈夫だな。何かあったら連絡してやるから元気でな」

「また……会えますよね?」

「多分な」

不安になって問いかければ、アルヴィンさんはまた私の頭を撫でた。今まで一緒にいてくれるのが当たり前だったけど、それが当たり前じゃなくなる。私の秘密を知って、いつもさりげなくフォローしてくれたけど、そのフォローもなくなる。ここから私は、独りぼっちになる。アルヴィンさんもジュード君達と同じで物語には必要不可欠な存在。みんなと別れるということは、アルヴィンさんとも別れるということ。そう思うとどんどん寂しくなってきて、目の前が歪んだ。

「あー……。ほら、泣くなってピーちゃん」

「な、泣いてません!」

慌てて目尻に浮かんだ涙を拭うけど、涙は止まらない。恥ずかしくなって俯けば、私を撫でるアルヴィンさんの手が、さっきより優しくなったのを感じた。





私に為すべきことがあるのなら、それはみんなに迷惑をかけないことだと思っていた。







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