13:ハ・ミル到着。
ふんわりと、風に乗って甘い香りがしてきた。着いたこの村は、ハ・ミルって名前の村らしい。イル・ファンは幻想的な街だと思ったけど、この村は普通の村みたいでほんのちょっと安心した。あの街も綺麗だけど、でもどちらかというとこういう雰囲気の村の方が落ち着くから。
「おいしそう……」
「果物がいっぱいだ。甘いにおいがするね」
「本当だね」
辺りを見渡すジュード君に私は頷いた。何日も歩き続けて、野宿も続いたからだろうか。漂ってくる甘い果物のにおいにお腹が鳴った。今日ぐらいは、あったかいベットで寝たい。ふかふかのベッドとまではいかなくても、せめて痛くない場所で寝たい。正直地面で寝るのはもう限界だ。
「酒の匂いもな。果樹園でもやってるんじゃないか」
ほら、とアルヴィンさんが指差した先には森のようになっていた。網がかかってたり、足場を組んであるのを見るとアルヴィンさんの言う通りなんだろう。
「結構登ってきたみたいですね」
ふと視線を向ければ、柵の向こう側には絶景が広がってた。結構坂道が続いてたと思ったけど、こんなに高くまで登ってたなんてあんまり実感がわかない。この絶景はカメラがあれば写真をとりたいけど、そんなものは持ってない。私の荷物は、この世界に来て手に入れたこの世界のものばかりで、持っていたはずのものは何もないから。
「いい景色だね。叫んだらやまびこが帰ってきそう」
「そうだね」
景色を見て目を輝かせるジュード君に私も頷く。小学生だったらきっと迷わずやっただろうけど、私はもう十五歳。ジュード君と同い年だ。さすがに中学三年生でやまびこはちょっと……できない。
「試してみたら?そういうのは若いうちにやっておいた方がいいぞ。俺ぐらいになると、恥ずかしくて出来なくなっちまうからな」
「確かにそうですね」
ほら、と促すアルヴィンさんに頷けば、ぽんと背中を押された。横を見ればアルヴィンさんがいい笑顔をしてるけど、この年でやまびこなんて恥ずかしくて出来ない。人通りは少ないけど、誰かに見られたら恥ずかしすぎる。
「そうだね。やってみようかな」
と、思っていたのにジュードくんは本当にやるらしい。大人っぽいと思ったジュード君だけど、意外と子供っぽいのかもしれない。魔物と戦ったり、私と一緒に事件に巻き込まれちゃっても全然動揺しないジュード君だけど、こういう所は普通の男の子みたいだ。なんだか親近感がわくかもしれない。じっと見ている私の隣でジュード君が大きく息をすって、そして口を開いた。
「や、やっほー!」
けど、やっぱり恥ずかしいのか、声はあんまり大きくない。こんな小さな声ではやまびこになるわけもなく、少し大きな独り言が響いただけでやまびこは帰ってこない。しーんとした空気に照れたんだろうか。ジュード君の頬が少し赤くなった。
「やっほー、やっほー、やっほー」
微妙な空気の中、声が返ってきたのは私とジュード君の間。
「……アルヴィン」
「アルヴィーン、アルヴィーン、アルヴィーン」
ひきつった笑みを浮かべてジュード君が声をかけるけど、やまびこのまねをするアルヴィンさんが一番楽しそうだ。出来なくなるとかいいながら、しっかりやってるじゃないかと思うのは絶対気のせいじゃない。アルヴィンさんは最初からこれがやりたかったんじゃないだろうか。いい年した大人のアルヴィンさんの子供っぽい行動に、ジュード君がため息をついた。
「そういうのは恥ずかしくないんだ」
「まあねー、まあねー、まあねー」
「アルヴィンさんが一番楽しんでるじゃないですか」
「人生楽しんだもんがちだからな」
溜息をつけば、アルヴィンさんが笑った。確かに一度きりの人生なら楽しい方がいいに決まってるけど、私はアルヴィンさんのようには生きられない。この世界ではみんなに付いていって、生きていくだけで精いっぱいなんだから。
「……ミラに置いてかれちゃったね」
ジュード君が呆れながらも顔を上げれば、近くにいたはずのミラさんの姿がなかった。また一人で進んじゃったんだろう。
辺りを見渡して、三人で村を散策すると小さな村だからかすぐにミラさんの姿は見つかった。何か情報収集でもしていたんだろうかミラさんは村のおばあさんと一緒にいた。
「ミラ!」
「ああ、ジュード達か。ニ・アケリアはこの村を西に進んで、キジル海瀑という大きな滝の先にあるらしい」
「らしいって?」
率先して進んでたのはミラさんなのに、どうしていまさら道を訪ねてるんだろう。首を傾げればミラさんは腕を組んで堂々とした様子で頷いた。
「私も場所を覚えていないからな。よく分からない」
「わ、分からないんですか?」
そのあまりにも堂々とした様子に思わず口元がひきつる。態度と言葉が真逆だ。こんなに堂々と分からないと言える人なんて滅多にいないだろう。やっぱりミラさんはすごい。いろんな意味で。
「ニ・アケリアってどんな所なの?ミラの住んでるところ?」
「正確には祀られている。そこに帰れば四大を再召喚できるかもしれん」
道は分からなくても自分のいた場所ははっきり分かるんだろう。ということは、ミラさんは大きな迷子みたいなものなんだろうか。考えていると、微笑みを浮かべていたミラさんが表情をひきしめた。
「そこでだ。ジュード、ユウカ。私と一緒にニ・アケリアまで行かないか?」
「え?」
突然の提案に、私の口からは間抜けな声しかでなかった。言われてみれば成り行きでここまで来てしまったけど、ずっとこのままというわけにはいかないだろう。私は完全にお荷物。みんなと一緒にいたらみんなに迷惑をかけてしまうんだから。
「今の二人の状況は身から出た錆というものだが、私の責任であるのもまた事実。君達の面倒を見てくれるよう、私が口添えしよう」
確かにミラさん達と一緒にいるのは楽しいけど、これをずっと続けていくわけにはいかない。いくら楽しくても、ゲームの世界でも、今の私にとってはここは現実世界。現実世界なら当然怪我もするし死んじゃうかもしれない。そんなのは嫌だ。
「お、お願いしてもいいですか?」
「もちろんだ」
私の言葉にミラさんは即答した。当然だ。私は今までみんなの足を散々引っ張ってきたんだから。でも、ジュードくんはどうなんだろう。ジュードくんは物語の主人公。なくてはならない存在。ニ・アケリアに行って、それで終わりだなんてそんなことはないだろう。ちらりと横のジュード君を見れば、ジュード君は少し俯いてたけど小さく頷いた。
「……うん。一緒に行くよ」
意外なことに、ジュード君も素直にうなずいた。ちょっと驚いたけど、でもジュード君の旅はこれからに決まってる。ニ・アケリアに行って、もしくはその途中でジュード君はミラさん達と一緒に旅をすることになるんだろう。ジュードくんは私と違って、この世界に必要不可欠な存在なんだから。
みんなと一緒は楽しかったけど、私はみんなと一緒にいちゃいけないと思ってた。
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