11:秘密の共有。


 「アルヴィンさんは、どこからどうやってこの世界に来たんですか?」

泣くだけ泣いて、落ち着いたところで私はアルヴィンさんに問いかけた。今分かるのはアルヴィンさんがこの世界の人じゃないということだけ。この世界には私みたいに異世界から来た人が沢山いるんだろうか。そうだとしたら、その人たちに会えば家に帰る方法が分かるかもしれない。期待を胸に問いかけるけど、アルヴィンさんは言い辛そうに視線をそらした。

「話してやりたいのは山々なんだけどな、緘口令が出てるから詳しくは話せないんだよ」

大きくため息をついて、アルヴィンさんは俯いた。緘口令が出るなんてどういうことなんだろう。じっと答えを待っていると、アルヴィンさんの真剣な目がこちらを向いた。

「この世界じゃ人体実験なんてめずらしいことじゃない。もし異世界人だって知れたらヤバイだろ」

アルヴィンさんに言われて思い出したのは、あの不気味な研究所。謎のカプセルで男の人が消えて、それを目撃してしまった私とジュード君は赤い服の女の子に殺されそうになった。そのどれもが私の日常とは無縁のことで、でもこの世界の現実。思い出すだけで寒気がして、私はコートの裾を握りしめた。

「だから、お前も自分がこの世界の人間じゃないって事は誰にも言うなよ」

分かったか、と念を押されて私は頷く。人体実験なんて絶対に嫌だ。まだ死にたくない。でも浮かんだ疑問に私は顏を上げた。

「誰にもってことは、ジュード君達にもですか?」

「ああ。どこで誰が聞いてるか分かんねえし、念のためにな」

「でも私、すでに怪しまれてると思うんですけど……」

今日だって精霊術について尋ねると、ジュード君もミラさんも怪訝そうな顏をした。ミラさんは特に。こんなことになるならもう少しエクシリアについて調べておいた方が良かったかもしれない。今さら後悔しても遅いけど。
 仮に精霊術を知らなかったことをうまく誤魔化せても、これから先そう何度も誤魔化せる保証はない。私はこの世界のことを知らなさすぎるんだから。アルヴィンさんもそれは分かってるんだろう。考え込むように視線を走らせたけど、何かいい案を思いついたのかにやりと笑った。

「じゃ、記憶喪失ってことにしとけよ。そうすりゃ誤魔化しやすいだろ」

「記憶喪失ですか?」

自信満々に答えるアルヴィンさんに私は口を閉じて考える。この世界の知識が欠けてる以上、一般人を装うのは無理だろう。でも記憶喪失は病気。詮索を逃れる手としては最適かも知れない。

「確かに……それがいいかもしれないですね」

「だろ?この世界の事は俺が少しずつ俺が教えてやるからさ」

な?と顏を覗きこむのは優しい笑みを浮かべたアルヴィンさん。その表情はすごく安心できて、思わず頬が緩んだ。最初会った時はうさんくさい人だと思ったけど、アルヴィンさんは本当にいい人だ。こんないい人をうさんくさいなんて思ってしまって申し訳ない。

 「それじゃあお願いします。アルヴィンさん」

「任せとけって。それじゃ早速聞きたいことってあるか?」

この気遣いが嬉しくたまらないけど、でも迷惑をかけてるようで申し訳ない気持ちもある。でも私がこの世界で頼れるのはアルヴィンさんしかいない。ここはお言葉に甘えさせてもらおうと私は口を開いた。

 「ジュード君達が言ってた精霊術ってなんですか?」

聞きたいことは沢山ある。でもまずはこれだろう。現に今日の戦いでだって精霊術というものは使われてた。生き残るにはきっと精霊術というものは必要不可欠なんだろう。

「精霊術ってのは人と精霊の共存関係の一つだな。人の脳にある霊力野でマナを生み出し、そのマナを受け取った精霊が力を貸す」

「げ、ゲート?マナ?


次から次に出てくるアルヴィンさんの言葉が良く分からない。アルヴィンさんは何を言ってるんだろう。言葉の一つ一つを整理していると、アルヴィンさんは悪いな、と言って最初から全て説明してくれた。
 霊力野というのは、リーゼ・マクシア人の脳内にあるマナを作る器官だということ。マナは万物に宿るエネルギー物質だということ。精霊とは、世界の法則を司る存在だということ。
 まさにファンタジーな話だ。昔からゲームや漫画が好きでそういうのを見てきたけど、実際に触れるのと架空の存在ではわけが違う。

 「すごい術なんですね」

感想はこの一言に尽きる。すごい力。頼りになる力。敵を倒す力。仲間を守る力。でも、すごく怖い力。精霊術がこの世界に必要なんだということはアルヴィンさんの話で分かった。でも、今まで見てきた精霊術を思い出すと、手が震えていた。お姉ちゃんだったらきっと大感激したんだろうけど、私は感激できない。強い力は怖い。精霊術は私にとって異常なものだから。

「怖いか?」

私の心を見透かした声に身体が震えて、でも否定しようにもアルヴィンさんの目を見ると嘘なんてつけなくて。私は小さく頷いてコートの裾を握った。アルヴィンさんなら全て話してもいい気がする。この気持ちを全て。

「アルヴィンさんは……怖くないんですか?」

顏を上げればアルヴィンさんは少し目を見開いていて、でも私と目が合うとすぐに笑みを浮かべた。

「最初はな。今は便利なもんだとは思うけど」

アルヴィンさんの答えに、ほっとする自分がいる。怖いと思ったのは私だけじゃなかった。アルヴィンさんも一緒だった。そう思うと口が軽くなったような気がして、胸に滞っていた言葉が次から次に出てくる。

「頭じゃ分かってるんです。でもこの世界に来てはじめてジュード君が精霊術を使った時、怖かったんです。私の怪我を治すためだったんですけど、でも、人の手が光って、それが怖くて……」

俯いて、ぎゅっと強くコートの裾を握りしめる。自分勝手なことを言ってると分かってる。ジュード君は私に優しくしてくれたのに、その優しさを怖いと思うなんて自分が最悪だってことも分かってる。でも、自分が最悪だって分かっても怖いという気持ちは止められなかった。

「人を焼いたり、魔物を斬ったり……そんなことが一瞬で出来てしまう精霊術が怖いんです。それを使うミラさん達はいい人だって分かってるのに、自分達を守るためなのに、でも、怖いんです……」

怖いと思ってはいけない。むしろ戦ってくれるミラさん達に感謝するべきなのに、怖くないと思いこませようとするほど怖くなる。意識しないようにしようとすればするほど怖くなる。戦うことのできない私にそんなこと言う権利ないのに。生き残るためには手段なんて選んでられないのに。

「どうすれば、精霊術に慣れることができますか?」

必死に顏を上げて、アルヴィンさんをみつめる。アルヴィンさんなら答えをくれそうな気がしたから。じっと見つめているとアルヴィンさんはそっと目を細め、どこか遠くを見るように視線を窓の外に向けた。

「この世界にいれば、嫌でも慣れるさ」

「そう……ですか」

アルヴィンさんの横顔がどこか切なくて、何だか直視できなくなった私は俯いた。こんなにも怖いと思う精霊術に慣れる日なんて来るんだろうか。でも、慣れなくても慣れる努力をしなきゃいけない。今の私には何の力もないけど、でもこれ以上足手まといになってはいけない。絶対に。
 ぎゅっとコートの裾を強く握って、口を固く結ぶ。頑張らなくちゃ。私はまだ死にたくない。生きていたい。だから、この世界で生きなくちゃ。どんな非現実的なことでも全部受け入れなくちゃ。

 「大丈夫だ。すぐに慣れなくても、俺がユウカを守る。約束するよ」

優しくて力強い声に顏を上げると、凛々しい顔のアルヴィンさんにどきりとした。近くにある顔は整っていて、響く声は心地いい。こんなことを言われて恥ずかしくて、でも嬉しくて。私は赤くなった顏を隠すように俯いた。





 この世界に来て良かったかもって思った。何も知らなかった、この時は。







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