108:源霊匣の代償。


「かたをつけてやるぜ」

「こっちもそのつもりだ!ジランド!!」

 銃口を向けるジランドに、アルヴィンさんも同じく構える。ジュード君と共鳴したアルヴィンさんは、ジランドさんと決着をつけたいんだろう。私は、と視線を走らせた所で目配せするレイアに頷いて、私は横に駆けた。

「悲壮霊活!クイックネス!」

ふわりと足が温かくなって、軽くなる。距離をつめれば、セルシウスが拳を床に叩きつけて反射的に飛び退いた。

「わっ!」

「マスターはやらせません!」

足元から氷が槍のように鋭く突き上げて来る。術のおかげで避けられたけど、冷気が頬を刺すようで、生唾をのみ込む。傍にいるだけで凍りそうだ。着地するとセルシウスの拳が迫っていて、とっさに盾で受け止める。華奢な身体でも、繰り出される拳も脚も重い。これが、精霊の力なんだ。怖いと思う。でも、なんとかしなくちゃ。

「どけ、セルシウス!」

ミラさんが剣を薙ぎ、退くように訴えてもセルシウスは顔色ひとつ変えない。ミラさんは精霊の主なのに、話さえ聞いてくれないんだろうか。ジランドにあんなひどい扱いを受けているのに。答えないセルシウスにレイアは棍を振り上げ、

「飛燕翔旋!」

そのまま大きく棍を振り下ろせばセルシウスの足元が揺らいだ。背後ではローエンさんとミラさんが詠唱している。セルシウスの弱点は火。なんとか時間を稼がなくちゃと、私は手にぐっと力を溜めながら、スライディングした。

「残影破!」

そのまま懐に衝撃波を放ったけど、受け止められてしまった。お返しだと言わんばかりに振り下ろされた氷の拳は片手では受け止めきれず、盾を持った手首に痛みが走る。それでもなんとか転がるように距離をとったところでファーストエイド、と聞こえた。

「力を鎧え!バリアー!」

白い光がいくつもの鏡のように光って、私の身体に溶けていく。レイアにも心配かけてしまったんだろう。ごめん、と謝りながら重心を落としてしっかりとセルシウスの蹴りを受け止めた。冷気を纏った蹴りは重くて痛い。それでも今引くわけにはいかない。

「ファイアーボール!」

ミラさんの放った炎がセルシウスに当たり、苦悶の表情を浮かべる。やっぱり火に弱いんだろう。

「巻空旋!」

レイアが大きく薙いだ棍に巻き込まれ、セルシウスの身体が宙に浮く。そこで好機とみたんだろう。ミラさんが一気に距離をつめて掌から炎を叩きこんだ。

「「エアリアルファイア!」」

ミラさんとレイアの声が重なって、炎に包まれたセルシウスが床に膝をつく。このまま大人しくしてくれればと思ったのに、

「来い!セルシウス!」

ジランドさんの怒声にセルシウスが駆ける。止めなきゃ、と思ったのにジランドの銃弾が腕をかすめて足が止まる。

「バニッシュレイ!」

銃身が黒く光ると、放たれたのは銃弾ではなく光線。横に避ければ追うように光が向かってきて、とっさに頭を守りながら屈む。これは精霊術の一種なんだろうか。それとも、

「ローエン!」

考えはじめたところで、後ろからエリーゼの悲鳴が聞こえた。詠唱中でよけきれなかったのか、エリーゼの前に倒れ込むローエンさんが見えた。遠目からでも、脇腹を押さえる手から血が滲んでいるのが分かる。すぐさまエリーセが詠唱に入って、二人の前にレイアが立った。

「ローエンさんっ!」

 私は何をしてるんだろう。私は避けちゃいけなかったんだ。私の後ろには後衛のローエンさん達がいたのに。震える身体で、盾を握りしめる。しっかりしなきゃ。自分のことだけじゃなくて、周りをちゃんと見なきゃ。立ち上がって、なんとか二人とジランドさん達を引き離さなきゃとジランドさんたちの目線を追いながら駆け出した。

「ワイドショット!」

「拳底破!」

アルヴィンさんが放った衝撃弾に、ジュード君が拳を叩きこむ。

「「拒甲掌破!」」

それはさらに大きな衝撃波となってジランドさんとセルシウスさんに襲い掛かる。少し距離をとろうとしたのか、背後に回り込んでいた私は大きく盾を振り上げた。

「魔神!」

ジランドさんの気を引けたのはほんの一瞬。それでも、ジュード君が距離をつめるには十分な時間だった。

「飛燕連脚!」

「魔神爆炎斬!」

空中からの跳び蹴りに合わせ、アルヴィンさんが火球を斬りつければ爆風が舞い上がる。続けざまに空に向かって弾を撃つアルヴィンさんのがら空きの腹部に、ジランドさんが銃口を向けた。

「だめっ!」

私が放った獅子戦吼は、ジランドさんを庇ったセルシウスが防ぐ。その間に、ミラさんがバインドでジランドを拘束する。やっぱり、私の攻撃は防がれてしまう。悔しくて、歯を食いしばりながらセルシウスの放った氷の槍を盾で受け止める。今は、避けちゃ駄目だ。うまく防いで、ローエンさん達に攻撃が届かない様にしないと。

「「リフレクトボミング!」」

銃声が響く中、ジュード君が空中から炎の塊を蹴る。巻き込まれないように飛びのくと爆風で頬が熱くなった。これでもまだジランドさんたちは倒れない。再び光る銃身に身体が震えた。もう一度、あれをされたら。あの攻撃が、治療中のローエンさん達に届いたら。

「屑どもが!」

再び光る黒い銃口に、身体が震えた。怖い。でも。避ける方が、もっと怖いことになる。ローエンさんが、みんなが、倒れたら。そんなの、嫌だから。私は震える手で、盾を握りしめた。

「さ、させませんっ!」

放たれた光線に一歩踏み出して、盾で受け止める。衝撃で震える両腕に力をこめて、足腰でそれを支える。震えるのは光線による衝撃だけじゃない。だってこんなの怖い。この距離で直撃なんてうけたら、死んでしまう。音を立てる歯を食いしばって耐えれば、盾が光を纏って一回り大きくなる。ガードがうまく成功したんだろう。誰にも当たらないよう光線の軌道をずらせば、レイアがジランドに向かって棍を振り上げた。

「昇掃撃!」

「バーンスプレッド!」

レイアの動きに合わせて、ミラさんの周囲に炎が陣を描き、剣を構える。

「「フレアトーネード!」」

炎を纏ったミラさんが、ジランド達を斬りつけた。でもまだ、ジランドさんは倒れない。ここまでして戦う理由はなんなんだろう。その執念が怖い。でも、負けたくもない。炎の中、ジランドさんは再びセルシウスさんを呼んだ。

「決めるぞ!」

向けられた銃口に心臓が強く音を立てた。大丈夫、大丈夫。さっきだって防げたんだから、もう一度。息を整えながら、私はジランドさんの指の動きをしっかり見る。アルヴィンさんが教えてくれた弾の避け方、タイミングの計り方を間違えてはいけない。大丈夫と言い聞かせながら、私は一歩前に出て盾を構えた。

「「パーフェクトバニッシュ!!」」

「ぐっ!」

先ほどより強い衝撃に、押される。それでもなんとか力をこめるけど、さっきみたいに軌道をずらせそうにない。このままじゃ、と弱気になる心に気付き始めたとき、大きく跳んだジュード君が見えた。

「鳳墜拳!」

炎を纏った拳が、セルシウスに叩きつけられる。でもそれより高く、高く飛び上がったのはアルヴィンさんだった。光線が弱まる中、見えたのはジランドさんに銃口を向けるアルヴィンさんだった。

「目かっぽじってよく見てな!おたくの最期の光景だ!」

下がれ、とミラさんに言われて慌てて飛びのく。銃弾が雨のように降り注いで、炎が煌めいた。

「エクスベンダブルプライド!」

一気に急降下してくると、大剣が床に突き刺さって爆風が頬を叩いた。セルシウスは氷の精霊。いくら強いといっても、炎に包まれたら無傷ではすまないはず。そう思ったのに、セルシウスは立ってた。マスターであるジランドを庇うように。氷の壁でマスターを守ろうとしたんだろう。セルシウスの前には水たまりが出来ていた。
 でも、それが最後の力だったらしい。ゆっくりとセルシウスが倒れて、ジランドのその背後で膝をついた。

「ようやく……こっちで源霊匣を生み出せたってのに……くそ……」

地面に叩きつける拳も、力がこもっていないように見える。でも、まだ油断は出来ない。アルヴィンさんは銃を突きつけ、ミラさんは剣を手に持ったまま詰め寄った。

「クルスニクの槍を使い、リーゼ・マクシアの人と精霊からマナを搾取する。お前の計画はそういうものだろう?」

それが、アルヴィンさんから聞いた異界炉計画。そのためにクルスニクの槍を作ったはず。だけど、ジランドはミラさんの言葉に肩を揺らせて笑った。

「く……くくく……それは土産の一つに過ぎねぇ。本命はこの源霊匣よ」

「源霊匣とやらになんの意味があるっていうんだ。あんたの目的はせいぜいエレンピオスの奴らに恩を売ってのし上がることだろ」

アルヴィンさんの目は、今にも引き金を引きそうなくらいに鋭い。さすがに無抵抗の人を撃ったりはしないだろうけど。ジランドさんは口の端を上げながら、源霊匣を軽く掲げた。

「源霊匣は……黒匣とは違い、精霊を消費せずに強大な力を使用できる」

「どういうこと?」

問いかけるレイアの前で、ジランドの手の中にあった源霊匣が光にとけていく。その光を掴もうとするかのように、ジランドさんはゆっくり手を握りしめ、肩で息をしながら言葉を続けた。その手には、何か黒い靄のようなものが広がっている。

「エレンピオスは精霊が減少したせいでマナが枯渇し、消えゆく運命の世界だ。だから人と技術に溢れたエレンピオスには……源霊匣が必要なんだよ」

「異界炉計画にそのような意味があったとは……」

何処か納得した表情のローエンさんが、顎に手を当てた。つまり、ジランドさんはジランドさんなりに、自分の故郷を救おうとしてたんだろう。

「それなら、」

そう話していれば。なんて言いかけて口を噤んだ。だって、これはきっとそんな簡単な話じゃない。だって、突然知らない世界に放り込まれてたら、生きるのに精いっぱいになってしまうことは私がよく知ってる。そんな状況で、エレンピオスなんて知らないリーゼ・マクシアの人に「エレンピオスを救ってください」だなんて言えるだろうか。
 ぎゅっと唇を噛み締めていると、ジランドさんが背を丸めて大きく咳き込んだ。

「源霊匣が広まれば、エレンピオス人もマナを得られる。そうすれば……」

「そんなの、黒匣を使い続けたあなたたちの自業自得じゃない」

「今更何を。二千年前、黒匣に頼る道を選んだのはお前達だ」

「俺じゃねえ!」

顔を上げたジランドさんの表情があまりにも必死で、息をのんだ。私には、レイアやミラさんのようにジランドさんを責めることはできない。確かに間違ったことをしたかもしれないけど、それだけこの人は必死だったんだから。

「ぐ、ぐああああっ!」

「お、おい、大丈夫か」

黒い靄は稲妻のように形を変え、腕を走る。一体、何が起こってるんだろう。苦し気なジランドさんにアルヴィンさんが駆け寄った。咄嗟に前に出た私の傍で、セルシウスが静かに宙に浮く。もう意識がないんだろう。小さなその体は、源霊匣と同じように光にとけていく。

「セルシウスが消えて行く……限界がきたのか」

消えるセルシウスにミラさんが目を伏せる。精霊の主として、思うことは多いだろう。セルシウスを物のように扱ったジランドを見る目は、やっぱり鋭かった。

「お、俺が死んでも……リーゼ・マクシアの運命は、変わりは……しねぇ。断界殻がある限り……エレンピオスに、マナを供給してもらうぜ」

ジランドさんの腕が、段々と黒く変色していく。人の腕とは思えないその色を反対の手で握りしめ、ジランドさんは荒い息を吐き出しながら血走った目をミラさんに向けた。

「今まで散々邪魔してくれた礼だ、マクスウェルっ、ざまあみやがれ!」

苦しそうに、でも嘲笑うような声を上げるジランドさんに、アルヴィンさんが手を伸ばした。でもその手は届くことなく、ゆっくりと倒れていく。その体に黒い稲妻がひときわ強く走って、ジランドさんはそのままぴくりとも動かなくなった。開かれた目は、まっすぐ天井に向けられている。今にも動きそうだけど、動かない。きっと、

「し、死んじゃった?」

おそるおそる、口を開いたのはレイアだった。動かないジランドさんはお世辞にも穏やかな表情とは言えなくて、直視するのが怖い。この世界に来てから、何度人が死ぬ瞬間を見たんだろう。そうですねとローエンさんが頷いて、そっと息を吐き出した。

「セルシウスを使った反動が出たのかもしれません……」

「力を得るためとはいえ、高い代償だ」

静かに零して、ミラさんは剣を仕舞った。ミラさんはそう言うけど、それだけこの人は手段を選んでいられなかったんだろう。それだけ必死だったんだから。
 私がジランドさんの立場だったらどうしたんだろう。突然異世界に放り込まれて、ジュード君たちのような優しい人に救われなかったら。故郷に帰る方法と、救う方法を見つけたとしたら、私は……。そう考えると他人事とは思えなくて、私は俯いた。

「その、なんていうか……」

「『かわいそう』なんて同情すんなよ、ユウカ」

アルヴィンさんに被さるように言われて、私は顔を上げた。その横顔は苦しそうにも怒っているようにも見えて、口を噤んでしまう。

「そんなの、嫌いだからな」

それは仇をうった晴々とした表情なんかじゃなくて、痛々しく見えてしまう。だって、私は見ていた。アルヴィンさんが、倒れそうなジランドさんに手を伸ばそうとしていたのを。届かなかった手を、握りしめていたことも。その一言一言に眉を寄せたり、歯を食いしばっているのを。アルヴィンさんにとって、やっぱりジランドさんはただ単純の仇じゃないんだろう。
 
「これは返してもらうぜ」

何も言えない私の傍で、アルヴィンさんはゆっくりと屈むと金色の銃を拾い上げた。大事なものだったんだろうか。大切に懐にしまうと、ジランドさんにそっと手を伸ばした。

「ジランドール・ユル・スヴェント叔父さん」

それが、ジランドさんの本当の名前なんだろう。アルヴィンさんは掌で優しくジランドさんの目を伏せ、口を閉じた。良い人とは言えないけど、この人のせいで沢山の人が傷ついたけど、それでも穏やかになった死に顔に安心してしまう。同情するなと言われたけど、このまま何もしないのも何か違うような気がして。私はナハティガルさんにしたように、静かに両手を合わせて目を瞑った。





許しちゃいけない人だと、思っていたのに。




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