102:助けてくれた人。
今日はここで休もうという話になったけど、ここにはア・ジュールの兵士たちが沢山いる。一言、声をかけておいた方がいいかもしれない、とローエンさんに言われてみんなで手分けして辺りを探す。一人一人だと危ないから、私はジュード君とエリーゼと一緒に。ローエンさんはアルヴィンさんと、ミラさんはレイアと一緒に行動している。ア・ジュールの人達は、みんな明日の戦いに向けて準備をしているんだろう。武器や兵器などを運んでいる人と何度もすれ違った。
折角だし、話を聞くならお姉ちゃんがいい。なんとか見つけられないかな、と思ってジュード君達と辺りを探していると、教会の入口近くにお姉ちゃんを見つけた。すぐに駆け寄りたい所だけど、お姉ちゃんの傍にはプレザさんと……それに、アグリアもいる。どうしようかと迷っているとこちらに気付いたプレザさんが軽くこちらを睨んだ。
「何か用?」
それだけで怖くて、思わず身体がびくりと震えた。でもジュード君は平気らしい。怯むことなく、プレザさん達に歩み寄っていった。
「休む為にここの施設を使いたいんだけど……」
「それなら教会の二階を使って。伝令が向かったはずだけど、すれ違っちゃった?」
苦笑するお姉ちゃんに、私もつられて笑う。良かった、いつものお姉ちゃんだ。安心して息を零していると、ジュード君が言い辛そうに視線を泳がせていた。一体どうしたんだろう。首を傾げていると、ジュード君が躊躇いがちに口を開いた。
「えっと……ジャオさんは……」
そういえば、アグリアもいるのにジャオさんはいない。ジャオさんが私達を助けるために戦ってくれたらしいけど、今はどこにいるんだろう。辺りを見渡しても大きなジャオさんの姿はない。そういえば、さっきの話の時もいなかった。足止めをしてくれたらしいから、まだここに辿りついていないんだろうか。そう考えていると、お姉ちゃんが視線を逸らして俯いた。
「お姉ちゃん?」
その表情に、なんだか嫌な感じがして声をかけたけど、お姉ちゃんは何も言わない。唇を噛み締めたお姉ちゃんに、プレザさんが大きく息を吐き出した。
「死んだわよ。あの状況から生還出来ると思う?」
「!」
プレザさんの言葉に、エリーゼがティポをぎゅっと抱きしめて、私も息をのんだ。だって、さっきまでジャオさんは私達の傍にいた。エリーゼを助けてくれて、お姉ちゃんと親しげに何か話していた。そこまで思い出して、お姉ちゃんを見る。
「本当……なの?」
私の疑問にお姉ちゃんは静かに首を縦に振っただけ。お姉ちゃんが顔を背けてしまえば、髪が邪魔をして顔がよく見えないけど、握りしめた拳は静かに震えていた。その手を見れば、お姉ちゃんが苦しんでいるのが分かる。私がジュード君たちと一緒に旅をしていたように、お姉ちゃんもジャオさん達とずっと一緒にいた。私がみんなを大切だと思うように、お姉ちゃんもジャオさんが大切だったんだろう。
思えば、私は何度ジャオさんに助けられたんだろう。ハ・ミルで助けて貰って、お姉ちゃんの存在も教えてもらって、そして最後は命も救われて。じわりと浮かんだ涙を袖で拭えば、アグリアが笑った。
「聞いたぜ〜。ぬいぐるみのガキを庇って死んだんだってな〜。マヌケなオヤジに似合いの死に様だ」
「そんな……!」
「おっきいおじさんの悪口言うなー!」
目に涙を浮かべたエリーゼに、ティポが強く反論する。人一人……しかも仲間が亡くなったっていうのに、この態度はないだろう。私が反論しようと口を開いた所で、アグリアがティポ達を睨んだ。
「ああ!?マヌケをマヌケと言って何が悪い!」
「口が過ぎるわよ、アグリア」
「過ぎてねぇよ!」
プレザさんが諌めるけど、アグリアさんの怒りはまだ収まらない。息を零すプレザさんを睨んで、自分の胸を示した。
「あたしら四象刃の命は陛下のものだろ!?なのに、あのオヤジ、ガキなんか庇って死にやがって!」
その語尾が少し震えていたのは、気のせいだろうか。怒ってるから、震えているように見えるんだろうか。怖いくらいに睨むアグリアに、プレザさんは静かに目を伏せた。
「そうね。でもジャオは陛下が脱出する機会も作ったわ」
だから、みんな生きている。
私が気絶している間に、こんなことがあったなんて。とうとう、ジャオさんに何一つお礼を言えないままだった。最初にハ・ミルで助けてくれたお礼も、お姉ちゃんのことを教えてくれたお礼も、そして命を救ってくれたお礼も。俯いていると、アグリアが舌打ちした。
「……ちっ、最後まで気にくわないオヤジだ。あたしを子ども扱いして、会うたびお菓子の差し入れなんかしやがって。死ねっての!」
「もう死んだわよ」
「……っ」
冷静な一言に、アグリアさんが口を噤んだ。ジャオさんはもういない。もう死んでしまったんだから。アグリアさんも口ではあんなことを言ってるけど、本当は悲しいんだろう。アグリアさんが押し黙れば辺りは静かになった。重い空気に、息が詰まりそうになる。何も言えなくて、何もできない。私は、本当に無力だ。
「ジャオが抜けた分の戦力低下が痛いわね。期待してるわよ。アイカ」
「分かってるわよ」
プレザさんが視線を向ければ、お姉ちゃんは顔を上げて頷いた。口元には笑みが浮かんでるし、目は少し赤いけどお姉ちゃんは泣いてない。やっぱり、お姉ちゃんは強い。もし私がお姉ちゃんのように、大切な仲間を失ったら何が出来るんだろう。戦うことは出来ただろうか。想像してみて、でもやっぱり戦う自分はあまり想像出来ない。私がコートの裾をぎゅっと握りしめていると、アグリアがプレザさんを指さした。
「はっ!あたしがいれば問題ねーよ。安心しな、ババァ!てめえが死んでも同じだ」
「そう。期待してるわ」
声高らかに宣言するアグリアに、プレザさんはため息まじりに頷く。プレザさんはアグリアさんを相手にしていないように見えるけど、それだけ扱いに慣れてるって事だろう。
「陛下は、あたし一人でも守り抜く!あははは〜!」
腰に手を当て、そるようにして高笑いを上げるアグリアさんはやっぱりちょっと……怖いかもしれない。というより、やっぱり最初に会った時のことが忘れられなくて、身体が勝手に反応してしまう気がする。イル・ファンの研究所で会った時は本当に死ぬかと思った。こっそりと身を引いていると、プレザさんが頭を押さえながら首を横に振った。
「頭が痛いわ。聞き上手の呑み友が一人いなくなって、ストレス発散の場がなくなっちゃったし」
「あら、私は呑み友に入れてくれないの?」
溜息をつくプレザさんに、お姉ちゃんが小さく笑う。冗談交じりの言葉に、プレザさんの表情も綻んだ。
「貴方は聞き番より、話し番でしょ」
プレザさんの表情は、私が見たことのないような優しい笑みで。お姉ちゃんとプレザさんはとても仲が良さそうに見えた。もしかしたら、歳も近いのかもしれない。二人は微笑んでいたけど、ふいにお姉ちゃんの表情が曇った。やっぱり、ジャオさんはお姉ちゃんにとって大切な人だったんだろう。
本当に、この世界に来てからお姉ちゃんに一体何があったんだろう。ガイアスさんに仕えていたり、時期四象刃だとか言われたり。少しでもいいからお姉ちゃんと話すことは出来ないんだろうか。
「じゃあ、ジャオさんにはもう……」
「会えないんだね……」
ジュード君が呟けば、エリーゼは寂しげな声のティポをぎゅっと抱きしめた。エリーゼだって、ジャオさんと話したいことはたくさんあったんだろう。大きくて怖そうに見えたけど、ジャオさんは優しそうな人だった。私だってお世話になったし、エリーゼも助けてもらってる。ありがとうって一言でもお礼を言いたかったけど、でもジャオさんにはもう会えない。もう、この世にはいないんだから。
「みんなー!」
明るい声に振り返れば、レイア達が手を振って駆け寄ってきていた。何かいいことでも聞けたんだろうか。元気なレイアにお姉ちゃんは少しだけ笑った。
「レイア達も来たし、少しでも休んだら?部屋に案内するから」
「嘘つきのことなんか信じないからなー!」
「嘘なんかついてないでしょ」
怒りの声を上げるティポにお姉ちゃんが笑う。でも嘘つきって何のことだろう。
「どういうこと?」
問いかけても、エリーゼはティポを抱きしめたまま何も言わない。代わりにエリーゼの思いを口にしたのはティポだった。
「あのとき連れ出してって言ったのに、連れ出してくれなかったんだ」
「でも、そのおかげでジュード達に会えたでしょ?」
「知り合い……なの?」
ティポの言い方だと、エリーゼはお姉ちゃんと会ったことがあるみたいだ。そんなことがあり得るんだろうか。首を傾げてお姉ちゃんを見れば、お姉ちゃんは微笑むだけ。エリーゼの方を見れば、ティポと一緒にお姉ちゃんを睨んでいた。
「一つ、聞きたいことがあるんだ」
口を開いたのはジュード君だった。何か疑問でもあるんだろうか。ジュード君の眼は、いつもより険しい。段々と不安になってきて、真剣な表情を見つめているとお姉ちゃんもジュード君に向き直った。
「どうして、あなたは僕とミラの出会いを知ってるの?どこかで見たの?」
ジュード君の言葉に、私は首を傾げた。そういえば、ファイザバードでの戦いの前、お姉ちゃんはジュード君とミラさんの出会いを知っているようなことを言っていた。私はその時ジュード君たちの傍にいなかったけど、お姉ちゃんはあの時イル・ファンにいたんだろうか。
「見てないよ。知ってただけ」
ジュード君に微笑んで、お姉ちゃんはそっと息を零した。知ってたってどういうことだろう。やっぱり、お姉ちゃんは私の知らないエクシリアを知っているんだろうか。もしかして、これからどうなるかも知っているんだろうか。お姉ちゃんはそっと息を吐き出して、ジュード君を真っ直ぐ見つめた。
「ちょっとした予知能力の一種だと思ってくれればいいよ。だからあたしはジュード達の出会いを知ってたの」
「予知能力?」
「大まかな運命の流れ……みたいな感じかな。ジュードがミラと出会って、みんなと出会うことは知ってたよ」
もしかして、ゲームの内容のことを言ってるんだろうか。そういえば、お姉ちゃんはいつこっちの世界に来たんだろう。もしお姉ちゃんがエクシリアをプレイした後なら、お姉ちゃんはこれから何が起こるか全部分かっていることになる。
「そんなことが分かるのか?」
「分かるから、ジュードとの出会いを知ってたんでしょ。ただ、これからどうなるかは分らないけど」
何か意味深な笑みを浮かべるお姉ちゃんが分らない。お姉ちゃんは、一体何をどこまで知っているんだろう。エクシリアをどこまで知ってるんだろう。聞きたいけど、どうやって聞けばいいのか分らない。下手なことを言えば、私がこの世界の人間じゃないってばれてしまう。どうしよう、どうしよう。
「そういう力、ユウカにもあるの?」
混乱していると、レイアがこちらを見た。私は何も知らない。これからこの世界がどうなるか、みんながどうなるか。ジュード君たちが主役の物語だって知ってるけど、でもそれ以上のことは知らない。それでも何も言えなくて、口をぱくぱくと動かしているとお姉ちゃんが笑った。
「ないよ。力があるのはあたしだけ。だから、あたしとしては何でこの子がみんなと一緒にいるのか訳わかんないんだけど」
言って溜息をつかれて、思わず苦笑する。やっぱりお姉ちゃんにはちゃんと説明した方が良いだろう。出来れば、二人だけの時に話したいけど、今ならうまく時間がとれるだろうか。
「突然いなくなったって心配してたら、突然ジュード達と一緒に現れるし、しかも逃げるし。一体何があったの?」
軽く睨まれて、思わず視線を逸らす。確かに、あの時逃げちゃったのは申し訳ないとは思うけど、あんな風に兵士に囲まれたら逃げたくなってしまう。そりゃ私だってあんな状況じゃなかったらお姉ちゃんと話したいことが沢山あった。
でも心配させてしまったのはやっぱり申し訳なくて、ごめんなさいとしか言えなくなる。
「こいつ、記憶喪失なんだよ。イル・ファンに来る前のことは何も知らないって」
困っていると、アルヴィンさんが私をちらりと見てフォローしてくれた。そういえば、前にもこんなことがあったような気がする。やっぱり、何だかんだでこういう時にアルヴィンさんは頼りになる。さすがだなと感心しながらお姉ちゃんに頷いていると、お姉ちゃんが小さく頷いた。
「知ってるよ。ジャオ様から聞いたから……」
そう悲しげに呟くお姉ちゃんに、ジャオさんのことを思いだした。そうだ、あの時もジャオさんに聞かれて、上手く答えられない私の代わりにアルヴィンさんが答えてくれた。
なんとなく気まずくなって、視線を逸らす。なんとかお姉ちゃんを励ますことは出来ないだろうか。いつも私がお姉ちゃんに励まされて、支えられたように、私もお姉ちゃんの力になりたい。でもなんて言えばいいのか分らなくて、中々言葉が見つからない。結局何も言えずに口を閉ざしていると、お姉ちゃんが顔を上げた。
「あの、一つお願いがあるんです」
私が顔を上げれば、お姉ちゃんはみんなを見渡していた。お姉ちゃんがまっすぐミラさんを見て、ミラさんもまっすぐお姉ちゃんを見る。こうして見ていると、やっぱりお姉ちゃんとミラさんってなんとなく似ている気がした。顔が似ているわけじゃないけど、意志の強そうな眼差しとか、雰囲気が。
「妹と二人で話をさせて下さい」
私としては嬉しい申し出。でも、ミラさんとしてはどうなんだろう。お姉ちゃんはガイアスさんの仲間だし……前にも色々とあった。ついさっきも戦場で戦ったばかり。なんて答えるんだろうとミラさんの横顔を見つめていると、ミラさんはそっと息を吐き出した。
「好きにすると良い」
それにびっくりしたのは、私だけじゃない。
「そんな、あっさり許可していいの?あたしはア・ジュールの人間なのに。疑ったりしないの?裏切ったり、とか」
さらりと答えたミラさんに目を丸くしたのはお姉ちゃんだ。やっぱり断られると思ってたんだろうか。ミラさんだけじゃなく、ジュード君たちの方を見て本当にいいのかと目で訴えている。
「やっぱり、ユウカのお姉さんだね。同じこと言ってる」
そんなお姉ちゃんに小さく笑ったのはレイアだった。そういえば、ガイアスさんの城から逃げたとき、私も似たようなことを言った記憶がある。レイアにつられて笑っていると、ローエンさんがにこやかに頷いた。
「あなたは、ユウカさんの家族です。貴方がユウカさんに危害を加えるような方には見えませんから」
「話されて困ることはないからな。たまには家族水入らず、というのもいいだろう」
ミラさんの言葉に、ジュード君もそうだねと頷いた。みんな気を遣ってくれてるんだろうか。でも、これでお姉ちゃんとゆっくり話を出来る。そう思うとやっぱりすごく、すごく嬉しくて。
「「ありがとうございます!」」
大きな声でお礼を言って、私もお姉ちゃんも声をそろえて頭を下げた。
話したいことが、たくさんあったから。
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