97:破られた空。


「魔神剣!」

 ミラさんと共鳴したジュード君が拳を振る。それを簡単に避けたけど、避けた先にはミラさん。剣を薙いだミラさんだったけど、ガイアスさんは涼しい顔で受け止めると強く弾き返した。

「獅子戦吼!」

赤く、大きな獅子に前にいたジュード君とミラさんが吹き飛ぶ。何とか体制を整えた所で、レイアと共鳴していたアルヴィンさんが前に出た。

「閃空裂破!」

回転しながら斬り上げるアルヴィンさんだけど、ガイアスさんはびくともしない。その背中目がけて、お姉ちゃんが剣を振りかざした。

「だめ!」

「っ!」

剣が盾に当たって、金属がぶつかる嫌な音に私もお姉ちゃんも顔をゆがめた。顔が歪んだ理由は、それだけじゃないけれど。

「怪我させたくない……なんて、言ってる場合じゃないかもね」

「私はっ……」

ぐっと強く押し返されれば、腕が震えた。力ではお姉ちゃんに敵わない。押し切られそうなとき、ローエンさんの声が聞こえた。

「踊れ爆岩、我が調べの元に!クラッグワルツ!」

地面から飛び出した大きな岩が、こっちに転がってくる。私はお姉ちゃんに弾かれるようにして避けると、体勢を立て直して盾を握りしめた。

「拳足刃の如く!シャープネス!」

レイアの声が響いたから、誰かの攻撃力が上がったんだろう。私達じゃないとしたら、ガイアスさんと戦っているアルヴィンさん達だろう。アルヴィンさん達は心配だけど、今はお姉ちゃんを止めなくちゃ。
 お姉ちゃんは術を詠唱しているエリーゼ達に狙いを定めたらしい。駆け出したお姉ちゃんに、私は心の中で謝りながら盾を振り上げた。

「魔神!」

地を這う衝撃波がお姉ちゃんの背に向かう。背後の気配に気づいたのか、お姉ちゃんは横に軽く飛んで避けると、身体を捻って私に向けて剣を振り上げた。

「魔神剣!」

「きゃっ!」

咄嗟に避けたけど、舞い上がった小石が軽く頬に当たって反射的に目を閉じる。速さも威力も、私のものと全然違う。やっぱり、お姉ちゃんは私より格段に強い。

「響霊の鐘、今高らかに!ブライトベル!」

上空に現れたのは金色の鐘。ローエンさんが剣をタクトのように振れば、鐘が更に大きな音を立てた。思わず足を止めたお姉ちゃんに向かって私は駆け出す。闘いたくなんてないけど、お姉ちゃんは詠唱中のエリーゼのすぐ傍にいる。このままだとエリーゼが危ない。少しでも遠ざけなきゃ、と私は盾を大きく右から左へ振り切った。

「獅子戦吼!」

獅子が大きな口を開けてお姉ちゃんに向かっていく。驚いたお姉ちゃんの顔が一瞬見えて胸が痛んだ。

「同じ技、使えるようになってるなんてね」

衝撃音に紛れて聞こえたのは、どこか嬉しそうなお姉ちゃんの声。まさか、と身体が震えたのを感じていると、お姉ちゃんが剣を構えていた。

「獅子戦吼!!」

強い衝撃に声も出ず、地面に叩きつけられる。頭がくらっとしたけど、倒れてる場合じゃない。立たなくちゃ、お姉ちゃんがみんなを傷つけてしまう前に。ふらつく身体に力を入れて立ち上がれば、エリーゼが杖を捧げた。

「降り注げ――――ハートレスサークル!」

でも足元に光は広がらない。みんな怪我してるんだろう。すぐさま次の詠唱に入るエリーゼを確認した所で、目の前で何かが煌めいた。

「腕の力だけを使っちゃ駄目でしょ。足腰、もうちょっと鍛えた方が良いんじゃない?」

「っ……!」

反射的に盾で防いだけど、さっきの痛みで体に上手く力が入らない。歯を食いしばって耐えるけど、いつまでもつんだろうか。お姉ちゃんは私のことなんて全てお見通しなんだろう。すぐ傍に眉間に皺を寄せたお姉ちゃんがいた。

「あんたが、あたしに敵うわけないでしょ」

でも、それでも、引き下がるわけにはいかない。みんなを傷つけるお姉ちゃんを見たくないから。そう言いたいのに、口を開けばバランスを崩してしまいそうで何も言えない。黙って全身に力を込めていると、お姉ちゃんに押し切られて私はそのまま転んだ。

「虎牙破斬!」

地面を転がってよければ、見えたのは地面に突き刺さった剣。私は転がった勢いのままに背後に回ると、脚を出した。

「転泡!」

完全に背後に回ったはずなのに、お姉ちゃんは飛び上がるように剣を地面から抜いていた。やっぱり、敵わない。

「空破鉄槌!――エアプレッシャー!」

ローエンさんの声と共に地面が揺れたかと思うと、お姉ちゃんの頭上にオレンジと紫の陣が浮かんだ。思わず駆け寄りそうになったけど、揺れが大きくて動けない。違う、駆け寄っちゃ駄目なんだ。今のお姉ちゃんは、止めなきゃいけない人なんだから。ぐっとこらえていると、お姉ちゃんも揺れる地面の上で、剣を突き立てて立っていた。

「全然……効かない!」

揺れがおさまると、お姉ちゃんは地面に突き立てていた剣を抜いて私達を見据えた。生身でローエンさんの術を受けて、立っていられるなんて。思わず息をのんでいると、お姉ちゃんが小さく笑った。

「ジャオ様達が命懸けであんた達の体力削ったんだから!だから、あたしは負けられない!」

 その言葉はジャオさん達への信頼で満ちていた。ここに辿り着くまで、私達はラ・シュガルとア・ジュールと戦いつつ、四象刃とも戦った。みんな体力が限界まで来てることをお姉ちゃんは知ってるんだろう。肩で大きく息をしていると、お姉ちゃんは剣を構えなおした。

「あんた達の負けは決まってんのよ。私相手に三人も割くことが、間違ってるんだから」

そして聞こえてきたのは、轟音といくつかの悲鳴。まさかと思いつつ声のした方を見れば、見えたのは地面に倒れ込むレイアと、倒れたミラさんの傍で上半身を上げようともがいているジュード君。そしてかろうじて膝を立てているアルヴィンさん。その中心に立っているのは、無傷のガイアスさんだった。

「まずいですね……」

劣勢にローエンさんの表情も厳しい。今まともに戦えるのは私とローエンさんとエリーゼだけ。エリーゼがみんなを回復してくれれば勝機があるけど、それには詠唱時間を稼がなくちゃいけない。アルヴィンさん達が四人がかりで敵わなかった人を、たった一人の前衛になってしまった私に足止めなんて出来るわけがない。どうすればいいんだろう。
 震える手で盾を握りしめていると、アルヴィンさんが空を睨んだ。

「ミラ様ぁあああーーーーっ!」

「イバル!?」

突然降ってきたのは、元気なイバルさんの声。どうして、イバルさんがこんな所に来たんだろう。混乱している間にイバルさんは近くの崖に着地して、ガイアスさんを指さした。

「そこまでだ!」

突然クルスニクの槍の傍に現れたイバルさんに、ガイアスさんがイバルさんを睨んだ。お姉ちゃんはイバルさんを知ってるんだろうか。名前を口にしながら、ガイアスさんの傍に駆け寄った。

「俺は本物の巫子としてミラ様のお役に立つ!偽物!お前達よりもな!!」

高らかに宣言して、イバルさんが掲げたのは掌サイズのディスクのようなもの……あれは、クルスニクの槍。あれがあそこにある意味を、イバルさんは分かってないんだ。私は全力で声を上げた。

「駄目ですイバルさん!」

「黙れ、偽物!ミラ様!本来の力を取り戻し、その者を打ち倒してください!」

「イバル!それは駄目だ!」

私の声なんて聞きもせず、それどころがミラさんの声も聞こえていないのか、イバルさんは笑みを崩さず勝ち誇った笑みでクルスニクの槍のカギを掲げている。クルスニクの槍に反応したのか、カギはふわりと浮かび上がると何枚もの輪に分かれて砂時計の様な形になった。まずい。そう思って駆け出したけど、崖の上のイバルさんに届くわけもなくて。イバルさんは本来の姿をしたカギをクルスニクの槍に突き刺した。

「四大様の力が今……蘇る!」

モニターが黄色く光って文字が浮かんでゆき、低い音を響かせてクルスニクの槍が上空に向けられる。ラ・シュガルはカギを作り出したんじゃなくて、イバルさんを利用したんだ。

「陛下!」

切羽詰まったお姉ちゃんの声に、私は背後を振り返った。さっきまで堂々と立っていたはずのガイアスさんは、苦しげに身体を傾かせている。苦しそうなのはガイアスさんだけじゃない。さっきまで怪我をしていなかったはずのローエンさん達も苦しそうに膝をついていた。この光景には見覚えがある。あの時と同じだから。

「なんてことだ……槍が解放されてしまった!」

「止めなきゃ……!」

忌々しげなミラさんの声に、私は駆け出した。みんなからにじみ出ている薄紫色の光は、マナが吸い取られている証拠。この光は私には効かない。だったら、私がなんとかしなきゃ。

「優花!どういうこと!?」

走りながら後ろを見れば、お姉ちゃんが私を追ってきていた。やっぱり、霊力野がない私達には効かないんだろう。

「あのクルスニクの槍が、みんなからマナを吸い取ってるの!このままだと、みんなが死んじゃう!」

叫ぶように説明すれば、お姉ちゃんも走るスピードを上げた。坂道を駆け上がって、崖をよじ登る。連戦続きで体中痛いけど、みんなが苦しんでいる中、私だけが楽をするわけにはいかない。焦っていると、槍の先端が開いて白い光……ビームを発射した。空に向かって撃たれたなら、被害はないはず。
そう思ったのに、見上げた先で光の球はまるで見えない壁にぶつかったように弾けて消えた。そしてガラスが割れるような音と共に空に大きな亀裂が入って、何もないはずの空から破片が落ちてきた。これは何なんだろう。ぱらぱらと落ちてきた破片だったけど、まるで時間が止まったようにふわりと動きを止めると、強い風が吹いてきた。

「……?空が……割れた?」

呆然と呟いたのはジュード君。空が割れるなんて、どういうことだろう。

「そん……な……破られてしまった……槍は、兵器などではなかった!」

誰もが言葉を失う中、ミラさんだけは目の前の光景の意味を理解したかのように大きく目を見開いていた。精霊の主であるミラさんは何か心当たりがあるんだろうか。

「どういうことですか?」

「奴らが……来る!」

問いかければ返ってきたのは分らない答えで。首を傾げながらも駆け寄って一度問いかけようとしたとき、ジュード君が空を見て息をのんだ。

「穴から……空飛ぶ船が……!?」

まさか、と私も穴の開いた空を見上げる。この世界に飛行機なんてない。空を飛ぶにはワイバーンを使わなくちゃいけないはずなのに。

「うそ……」

穴からこっちに入ってくるのは、黒い飛行船。どうしてあんなものがこの世界にあるんだろう。あれが何なのかよく分らないけど、黒い飛行船を見ていると嫌な予感しかしない。呆然と見上げていると、黒い飛行船の先端が赤く光って、すぐ傍で爆発音が聞こえた。





何が起こっているのか、何も分らなかった。




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