8-7:Growth.―嬉しくて、寂しくて―

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 レアバードを使って、イセリアを目指す。
見下ろせば青い木々や細く流れる川、正面には柔らかな弧を描く水平線が見える。
空を飛ぶなんて、こんな貴重な経験をすることが出来るなんて、地下に居た頃は考えもしなかった。
空を飛ぶのは三回目。
一度目はミトスに背負われてアスカードの街を飛んだが、あの時はマルタ達を助けるためで、景色を楽しむ余裕などなかった。
二度目は先ほど、世界樹の元へ向かう為。
それも考え事で頭がいっぱいで、景色なんて見ているようで見なかったようなもの。
 けれど、今ならこの世界と真正面から向き合える気がする。
地平線を描く大地も、風を切る音も、澄み渡る空も、穏やかに流れる雲も、素直に綺麗だと感じられる。

「ロイドはすごいよね」

「何がだ?」

景色を眺めていると、ふいにエミルが口を開いた。
不思議そうに目を瞬かせるロイドは今までよりも幼く見える。
そんなロイドに安堵したように息を零し、エミルは頷いた。

「だって、僕は世界を滅ぼす存在かもしれないのに、友達だって言ってくれて、信じてくれて……」

「それは俺が凄いんじゃない。エミルが凄いんだぜ」

「え?」

どこか誇らしげに笑うロイドに、今度はエミルが目を瞬かせる。
言葉を待つエミルに、ロイドは言葉を続けた。

「エミルがそういう生き方をしてきたから……だから俺もエミルを信じようと思えたんだ。俺はエミルみたいな奴、結構好きだぜ」

「ロイド……!」

真っ直ぐな言葉、まっすぐな想いにエミルが息をのむ。
青臭い、なんて少し前の自分なら心の中で嘲笑っていたはずなのに、今は面白いと思ってしまうから不思議だ。
小さく笑っていると、リフィルがレアバードのスピードを上げてロイドの隣に並んだ。

「――なら、ロイド。あなたも信じてもらえるような生き方をしなくてはね」

 リフィルは満面の笑みを浮かべているが、その笑みには圧力を感じる。
怒っているのだろうか。
ただならぬ雰囲気にロイドは口元を引きつらせた。

「リフィル先生?」

「半年前に出しておいた宿題、もちろんやっているわよね」

リフィルの言葉にロイドがあからさまに動揺を見せる。
本当に分かりやすい性格をしている。
全てを話して肩の荷が下りたのか、コアを集めていたときの落ち着いた振る舞いが嘘のようだ。
こんな子供に翻弄されていたとは、自分もまだまだ甘いかもしれない。

「せ、先生……。俺、もう19だぜ?九九だって覚えたし、いいかげん勉強は……」

「黙りなさい!あなたは世界再生以来旅ばかりで、カリキュラムを終えていないのよ!やるべきことはやってもらいます!」

「そ、そんなぁ〜!」

険しい剣幕のリフィルに、ロイドが情けない声を上げる。
 これが本当に世界を救った英雄なのかと疑いたくなるほどに。
二人の会話に、アンジェラはため息をついた。

「九九を覚えたって、そんな自信満々で言う事かしら」

聞き間違いでなければ、ロイドは確かに九九を覚えたと誇らしげに言っていた。
だが九九などロイドの年齢であれば言えるのは当たり前。
ちらりとジーニアスを見れば、笑って頷いた。

「ロイドにとっては大きな成長なんだよ。懐かしいなー。九九を唱えながら世界統合の旅してたっけ」

「……ロ、ロイドって……」

「そんなことをしてたんだ……」

エミルとマルタが口元を引きつらせ、アンジェラも溜息をつく。
歴史に名を残す戦いの中、その当事者が九九を必死に覚えようとしていたなんて、知りたくなかったかもしれない。
だが、ロイドを仲間に加えてからみな明るくなった気がする。
これがロイドの力なのだろうか。
ただそこにいるだけで、周りを笑顔にする。
不思議なものだと仲間に囲まれているロイドを少し離れたとこから観察していると、前を飛んでいたゼロスが高度を下げ始めた。

「そろそろイセリアだ。降りるぞ」




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